第12話 冒険者志願の少女(2)

 ポーン。

 短い電子音に、居並ぶ者が一斉に顔を上げる。

 ずらりと並んだ受付カウンターの上で、『25』の数字のランプが光った。


「番号札、二十五番でお待ちの方。お待たせしました」

 ブルーのベストに首元のスカーフが特徴的な制服を着た受付嬢が、機械的な声で告げる。

 顔を上げた者達は、手の中の番号札の数字を確認し、小さく息をついた。

 長い順番待ちに、あからさまな苛立ちを浮かべている者も居る。

「二十五番の方ー、いらっしゃいませんか?」

 いなくていい、とその場の者たちは思う。いなければ、一つ番号が飛ぶ。

 二十六番以降の番号札を手にしている者たちはそう期待したのだが、すぐに可憐な声が上がった。

「あ、私です」

 屈強な男達の間からひょっこりと、セーラー服の少女が顔を出した。

 少女であることも珍しいが、もっと目を引くのが、彼女が人間の少女である、ということだった。


 ここは、新宿冒険者センター。

 居合わせるのは当然、センターに登録している冒険者たちである。


 ダンジョン探索を生業とする冒険者には、危険がつきものだ。

 種族ごとに特性を持ち、体力も身体能力も人間に比べて格段に高い亜人とは違い、人間は体力も攻撃力も低く、打たれ弱い。せめて魔力が高ければ良いが、魔力保有量も乏しい者が多い。

 か弱い人間は、冒険者に向いていない。

 実際、死亡率の高さで人間の冒険者は群を抜いている。

 人間自体の数が多いので、人間の冒険者が極端に少ないというわけでもない。

 ただ、何年もやっているベテラン冒険者となると、かなり減ってくる。

 全国で登録された冒険者数は、人間と亜人の割合は大雑把に言って半々とだ言われているが、年間生存者数は八割以上が亜人の冒険者だという。


 そもそも、冒険者なんて危険な職業に就かずとも、人間には働き口がある。

 亜人の中には、その人口の多さ、知能の高さで世界を掌握している人間が、興味本位で冒険者になり、数少ない亜人の仕事を奪うなと、人間の冒険者を嫌う者も居る。

 もちろん実力があれば、相応に認められるのだが。

 駆け出し冒険者は、ただでさえ肩身が狭いというのに、人間であればなおさらだった。

 しかし最近は、人間の若者の間で、冒険者を目指す者が急激に増えているらしい。


「すみません、すみませーん。通ります」

 長いまっすぐな黒髪を肩下まで伸ばした少女は、奇異の目を向けられながら、カウンターに向かった。

 少女の容姿をひとことで言うと、可愛らしい。

 色白で、くりっとした大きな瞳が特徴的だ。

 テレビの企画か? と何人かは思った。この少女がアイドルで、一日冒険者体験、なんてバラエティ番組を撮っているんじゃないかと、つい隠しカメラを探してしまう者もいた。


「大変お待たせしました。本日は、どのようなご用件で?」

 カウンターに並ぶ受付嬢は、すべて人間である。

 お決まりのセリフを口にする受付嬢に、少女は緊張した面持ちで答えた。

「ええと、新規登録を。それから、パーティーの募集をしたいんです」

「冒険者志願の方ですね」

「はい!」

 少女の強張った声が響く。自分でも大きな声に驚いたのか、少女ははっと周囲を見回し、恥ずかしげに顔を伏せた。

 受付嬢は特に気にするふうもなく、淡々と告げる。

「かしこまりました。人間の方の登録は十五歳以上から認められますが、成人以下の場合、保護者の承認が必要となりますが」

「あ、はい!」

 少女が学生鞄を胸に抱える。

「申込書、書いてきました。保護者の同意書もあります」

「それから、なにか身分を証明出来るものを」

「あ、じゃあ。学生証と、保険証で」

 学生鞄の中から、あらかじめ用意していたのだろう書類と、身分証を出す。

 受付嬢はそれを受け取った。

「身分証の情報を記憶させていただきます」

 淡々と事務作業を勧めていく。少女が提出した申込書に目を通し、身分証のコピーを取る。

「クラスは、魔道士ソーサラーでよろしいですか?」

「あ、はい。……あの、ダメですか? 資格とか、証明が要るとか……?」

「いえ、登録申請に資格は必要ありません。パーティー募集の際に、得意な魔法などご記入されてください」

「あ、はいっ」

 事務的なやり取りに、少女はいちいち真剣に頷く。


 一般的に、人間は魔力保有量が低いとされている。

 そんな人間の中にも、そこそこの魔力を持つ者はいる。

 彼らは人間魔道士とも呼ばれる。

 数は少ないものの、人間魔道士には高い能力を持つ者が多い。

 人間の勤勉さ、探究心の高さ、集中力の高さ、魔力制御の精緻さなど、その性質がむしろ魔道士に向くのである。


 人間の、ましてや初心者の冒険者と組みたがる亜人冒険者は少ない。

 体力が低く、か弱い。身体能力も生命力も、亜人に見劣りする。はっきり言って、足手まといになりやすい。亜人の冒険者がわざわざ人間とパーティーを組むメリットは少ない。

 だが、ソーサラーであれば話は違ってくる。

 先人の人間魔道士たちが残した功績のたまものといえるだろう。

 ただでさえ需要に対して供給の少ないソーサラーが、パーティーであぶれることは無い。


 と言ってもそれは本当にソーサラーであった場合だ。〈ファイター〉〈ソーサラー〉といったクラスに、資格や制度はない。あくまで自己申告制で、登録時の審査も存在しない。

 冒険者登録申請書の〈クラス〉の項目に、自分がやりたいクラスを書き込めばよいというだけである。

 つまり、名乗るだけならいくらでもソーサラーを名乗れるのだ。

 実際、ライターで点けるよりも小さな火しか出せないのに、自分はソーサラーだと思い込んでいる者もいる。

 微々たる魔力があったところで、その技術や威力が実践的でなければ、冒険者のクラスとしてのソーサラーにはなりえないのだ。


 それでも冒険者協会に登録されたソーサラーの数は、最多数であるファイターに比べて格段に少ない。

 攻撃にしろ治癒にしろ、魔法の威力は絶大なもので、パーティーに一人は欲しい人材ではあるが、その需要と供給がつり合っていないのだ。

 ソーサラーからパーティー募集をすれば、多くのパーティーから申し出がある。

 結果、それが勘違いソーサラーで、受け入れたパーティーと揉めるというケースが後を絶たない。


 そんな勘違いソーサラーが堂々と登録申請してこようが、それで揉めるパーティーがいくらあろうが、冒険者協会は冒険者同士の揉め事にはいっさい関知しない。

 冒険者になるための許可は出すが、その後は自分達で勝手にやっていろ、ということである。


 そういうこともあり、初心者を見る熟練者の目は厳しい。ソーサラーを名乗る者には、特にだ。

 世間知らずそうな人間の若者であればなおさらだ。


 冒険者志願の少女を、周囲で面白がって眺めている冒険者たちも、彼女が自分で言うとおりの、本物の人間魔道士だなどと思ってはいない。

 どうせ、ちょっと魔力があるていどの娘だ。

 そう思っている。

 きっと冒険小説の読み過ぎだろう。

 ダンジョンはちょっと入ってみたいと思って入るような場所ではない。

 だというのに、テーマパークにでも行くような感覚で、冒険者を目指す人間の若者が訪れることも、そう珍しくはない。

 だが、本当にソーサラーの資質を持っているなら。

 パーティーに誘っておいて、使えるなら掘り出し物だし、使えないと判断すれば放り出せばいい、と考える者もいるだろう。


 相手が将来の大魔道士であろうと、ミーハーな若者であろうと、わけへだてなく、冒険者になるための案内を懇切丁寧な説明するのは、窓口の役目である。

 才能の有無はさておき、はやる若者の気持ちを抑えるように、受付嬢は淡々とした口調で続ける。

「人間で未成年の方の場合ですと、申請後、登録までの審査に少々お時間かかりますので、ご了承ください。審査にも少々お時間がかかります」

「あの、どのくらい……」

「早くても二、三週間ですね。特に、いまは登録者が多い時期なので、場合によってはひと月はかかりますので、ご了承ください」

「そんなにかかるんですね」

 少女は残念そうだ。形の良い眉が困ったように下がる。

「ご在学中でしたら、冒険者訓練専門コースのある学校への編入も勧めておりますよ」

「そんなの、あるんですか」

 大きな瞳がさらに大きく見開かれる。

「ええ。人間の冒険者志望の方は、そういった学校を卒業されてから、冒険者になられることが多いですね」

「そうなんだぁ」

 少女は知らなかったようで、感心したように頷いた。


 彼女の無知さに周囲の冒険者達が苦笑を漏らした。

 ミーハーな人間の子供かと思ったら、それ以下だというように。

「んな学校行ったって、人間なんか死ぬもんは死ぬぜ」

「ガキに甘い人間のバカ親が、坊ちゃん嬢ちゃんにねだられて、何年もかけて高い授業料をふんだくられてるだけだろ。やっと卒業して最初のダンジョンで死んじまって、訴えるだなんだって騒ぐから、パーティー組みたがる奴なんていねーけどな」

 冒険者たちは声をひそめることもなく、好き勝手言い合っている。

 耳にしているかもしれないが、そんな声を少女は意に介した様子もない。

「あの、パーティーの募集もいま出来るんですか?」

「登録完了後にされることをお勧めいたします。審査に通れば、案内が来ますので、それから登録という形になります。登録の際には、再度当センターへお越しいただく必要がありますので、その際に募集されてはいかがでしょうか」

 変わらない無表情で、受付嬢が諭す。

「どちらにせよ、パーティー募集を急がれても、登録が完了しなければ、ダンジョン探索の許可は下りませんよ」

「そうですか……。登録出来たら、すぐにダンジョンに行きたいんです。あの、先に募集だけというのは、難しいですか?」

「というより、不可能です。当センターでは、パーティー募集は原則的に登録後のみ、となっております。そういった手順をわずらわしいと感じ、インターネット掲示板などを利用し、個人でパーティー募集される方もおられます。ですが、センターを通すよりもトラブルが多く、犯罪に巻き込まれるケースが多発しておりますので、絶対におやめください。特に、初心者の方は慎重に、保護者様とじっくりご相談なさってください」 

「あ、はい……そうですね」

 少女の顔にはっきりと落胆の色が浮かんだ。

「ありがとうございます。あの、じゃあ、もう一つだけ」

「どうぞ」

「冒険者登録って、人間の未成年者の場合だと、やっぱり審査に通りにくいんでしょうか?」

「いまの段階ではなんとも言えません。審査係が、保護者様と面談をさせていただきます。そのときのお話次第ですね」

「分かりました。よろしくお願いします」

 少女が丁寧に頭を下げる。

 受付嬢は、やはり機械的に答える。

「またのお越しをお待ちしております」


 彼女達にとっては冒険者志望の夢見る少年少女など、珍しくもない。

 これは危険な仕事なのだと優しく諭すつもりもないし、面白がって眺めている冒険者たちのように、愚かしいと嘲るつもりもない。まだまだ後に並ぶ冒険者を、事務的にさばいていかなければならないのだ。ここもある意味、戦いの場である。

 少女がカウンターを離れると、受付嬢は次の番号を案内した。

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