第8話 即席パーティー(4)


 ガルムは侵入者を、そして新たな獲物を見つけ、まず喰い付こうとするのでは無く、大きく息を吸い込んだ。

「気をつけろ、ブレスの予備動作に入ってるぞ!」

 アルマスの声が再び、鋭く飛ぶ。

 魔犬や魔狼の類は、炎を吐く。巨大な魔狼の吐く炎は、突っ込んでくるシオンを一瞬に黒焦げにしてしまう威力がある。

 だがシオンは敵に近づく速度を緩めず、むしろいっそう速く駆けた。



 ダンジョンの途中で見かけた犠牲者の死に様を見て、おおよその見当はついていた。

 死体は全身を爪と牙で引き裂かれ、喰い千切られ、遺留品は炎で焼け焦げていた。ゴブリンやオークは小賢しく武器を使って襲ってくるし、オーガなら叩き潰す。死体を引き千切って喰うのは魔獣系のモンスターとなるが、炎を吐くとなるとかなり限られる。

 敵と遭遇したガルムは、自分が数で劣っている場合、まず炎を吐いて牽制しようとする。

 狭い通路で吐かれると厄介なブレスには、数秒の溜めがある。

 その前に懐まで到達すれば炎は浴びないし、接近したあとは体に張り付き、急所を刺し貫けばいい。

 言うほど簡単なことではない。

 それだけの素早さのあるワーキャットだから、やれる芸当だ。


 シオンは風の無い廊下を、自身が突風となり駆けた。

 他のパーティーメンバーはシオンがしくじったときに備え、後退している。

 シオンの初撃が成功すると、即席パーティーである彼らは、完全には信じていない。成功すればそれでいいし、先制攻撃が失敗しても、シオンが炎を浴びている間に攻撃を叩き込む。その瞬間を待っている。

 非情なようだが、合理的な戦い方だ。即席パーティーであるなら尚更。


「おい、無理はするなよ!」

 後ろからリザードマンの声が飛んだ。人の良い彼らしい。

 だが、シオンは止まらなかった。

「遅せぇ!」

 鋭い声に気合いを込め、シオンはガルムの前で最後の跳躍をした。

 ブレスより早く、そこに届いた。読み通り、ガルムは炎を吐くのを中断し、前肢で攻撃を加えようとしたが、もう遅い。シオンは左手に握ったダガーで、魔狼の喉笛に斬り付けた。

 勢いはあったが、利き手ではないし、浅い。間髪入れず、右手のダガーを腹に突き刺した。

 渾身の力で刺したダガーは、魔物の腹にがっちりと食い込んだ。刺さったダガーの柄に足をかけ、シオンはその巨体を駆け上がった。

 馬にまたがるようにガルムの背に乗り、左手に持っていたダガーを両手でしっかり握り直し、振りかぶる。

 今度は首に深々と刺さった。


「ガァァァァァッ!」

 ガルムは彷徨を上げ、天井に向かって炎を吐いた。背の上のシオンには当たらないが、熱気に晒される。

 首に突き刺したダガーもそのまま残し、腰に差した予備のダガーを抜く。

 片手で首の毛を掴み、頭部にもう一本打ち込みたかったが、魔獣はシオンを振り落とそうと、自身の巨体を壁にぶつけた。

 シオンは腹までずり落とされたが、そこでも胴の毛を掴んで堪えた。

 ガルムは怒りに狂って吠え、自分の足の間に顔を押し込んできた。喰いつこうと、恐ろしく大きな牙を剥いている。

 口の端から漏れ出す炎が、シオンの茶色い髪の先を焼く。その間にも魔狼の腹にしがみ付き、手にしたダガーを突き立てる。

 頑丈な毛皮に阻まれ、刃は深く通らない。亜人は人間よりも体力と力で勝るが、いかんせん若く華奢なワーキャットだ。しかも無茶苦茶に暴れるので、しがみ付いているだけで急激に体力を消耗する。

 シオンの口から、獣の吠え声のような気合いが漏れ、突き立てた刃がずぶりと滑り込む。

 ガルムが唸りを上げ、怒って手足を動かす。

 その意識は自分の身体にまとわりつく、不快な小虫のような少年にだけ向いている。

 それでいい。怒り狂えばいい。その間に、仲間たちは安全にこちらへ来られる。


「おお、やるな!」

 リザードマンが感嘆の声を上げた。パーティーもすかさず敵に殺到していた。

 それぞれが、剣で的確に急所を斬り付けていく。


 その間もガルムはシオンを喰い殺そうと顔を振り、熊のように太い手足を踏み鳴らした。

 先ほどまで冒険者の遺骸を喰っていた体は、動きがやや鈍いとシオンは感じた。

 さらに、亜人らの重く的確な一撃が、その体に刻まれていく。

 何度も顔に喰いつかれそうになりながら、それをシオンはぎりぎりの危ういところで躱す。もう少しで喰い殺せそうな敵を前にガルムは余計にいきりたち、シオンに執着した。巨大な牙を剥き出にして突き出されるガルムの顔面に、アルマスが鋼の盾を巧みに叩きつけ、防いでくれた。


 ガルムの口内は熱く、血でぬめっていた。

 そこから人の血肉の臭いがしたようで、シオンは一瞬顔をしかめた。

 小柄で他のメンバーより力で劣るシオンは、出来る限り敵を引き付け、パーティーを助けるつもりだった。

 しかし、この臭いには、これ以上耐えられそうにない。

 装備していた六振りのダガーを五本まで惜しげもなく使い、最後に腰から抜いた一本を、右手にしっかりと掴む。

 リザードマンがガルムの頭を狙い、大鉈を振りかぶっている。

 その重く力強い一撃は、額を捉えれば、ガルムの脳天をかち割る威力がある。

 だがシオンを狙うガルムは、頭を大きく振って暴れている。

 このままでは、狙いすますのは難しいだろう。

 ダガーの刃すらも喰いこまない、分厚い毛皮に覆われた首は、その力も凄まじい。気を抜いて喰いつかかれば、シオンは一撃で首をへし折られてしまう。

 アルマスもガルムの動きを止めようと、頭に盾で攻撃を加えてるが、喰いつきを防ぐのがせいぜいで、その動きが止まるほどではない。

 だったら。


「もう、死ね!」

 シオンは吠え声を上げ、襲いかかるガルムの眼前にダガーを向けた。自分に喰いつこうと開かれた獣の口の中に、握ったダガーごと腕を押し込んだ。

 瞬間に感じた熱は、炎の中に腕を突き入れたのかと錯覚するほどだった。皮膚が焼ける臭いがした。しかし構わず、シオンはダガーをガルムの分厚い舌の上に突き立てた。

 さすがに虚をつかれたのか、喉を開いたままガルムがひるむ。しかしその血走った瞳は、すぐに憤怒に染まった。シオンの腕を噛み砕く前に、パーティーは素早く必殺の一撃を加えていた。

 ワーウルフの長剣がガルムの横腹に深々と刺さり、アルマスの盾が鼻面に叩き付けられた。

「腕を抜け!」

 アルマスの叫びと共に、シオンはダガーを残して腕を抜いた。

 直後、リザードマンの渾身の一撃が、ガルムの額を砕き割った。

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