第7話 即席パーティー(3)
全員が、手早く休憩を済ませた。
誰も喋らないと、ダンジョン内はやはり静かだ。
ワーウルフが、急にぽつりと言った。
「行方不明ってさ、若い奴ばっかだったんだよな」
たしか、ワーウルフも大学生だと言っていた。なら自分も若いだろうに、とシオンは内心で思った。
「特に、人間のな」
リザードマンが答える。
ここまで見た死体のほとんどは、若い人間が多かった。
「最近、人間の冒険者も多いらしいからな。そういう学校もあるんだろ? 冒険者向けのさ」
リザードマンの言葉を、アルマスは「くだらん」と吐き捨てた。
シオンは黙って、首許のスカーフが戦闘中に緩まないよう、しっかりと巻き直した。
スカーフの下に硬い石の感触があるのを確かめる。
そこには小さな石が付いているだけのチョーカーがある。
淡い色に光る魔石の欠片は、身につけているだけで、精神を落ち着かせ、疲労が和らぐらしい。
おまじない程度のものだと、くれた相手が言っていた。
(シオンは、怖がりなんだから)
初心者の頃から身につけていて、無意識に触れる癖がついていた。
(ダンジョンなんてね、怖いこと何もないのよ)
頭の中で響く懐かしい声に、頷く代わりに、浅い息を吐き出す。
「……たまんねえな。初心者冒険者が、気軽に腕試しにやって来るようなダンジョンなのによ。レベル1の初ダンジョンで、いきなりバグって格上のボスに当たっちまって死んじまうなんてよ。ついてねえな」
ワーウルフが、気の毒げに言う。
根は優しい男なのだろう。
「仕方が無い。ゲームじゃないんだ。本物のダンジョンではそういうこともある。リセットも無いし、痛みも、死もある。道楽で冒険者を始めた人間には、それが分からんようだがな」
とアルマスが冷たく言った。
「……そうかな。事情がある奴も、いると思う」
シオンの言葉に、アルマスはまた苛ついたようだった。
けれど、これ以上の言い合いをする気はないのか、何も言ってはこなかった。
音がした。
ピンと立った猫の耳が、遠くの音を捉えていた。
「――来るぞ」
シオンは両手にダガーを持ち、姿勢を低くした。
「何が来る?」
リザードマンが剣を構えながら尋ねる。緊張感の無い声だが、その動作に油断は無い。
音がする。鼠が騒いでいるより、もっと奥から。
近づいてくる。異質な音が。
「分からねえけど、いる。ネズミだけじゃない。でかいやつが、一体だ」
「ああ、オレにも聴こえるくらい、もう近いな。それにプンプン臭うぜ」
シオンの言葉に頷く、ワーウルフの大きな耳も立っている。ふざけた雰囲気はない。その顔つきはすでに人懐こい犬ではなく、眼光の鋭い狼だった。
「死体の臭いだ」
ズルリ、ズルリ、と何かが床を這うような音がする。
音は、オオネズミたちを追い立てるようにゆっくりと、向かってくる。
オオネズミ達は四散し、逃げて行った。
アルマスが言ったように、分岐があるようだ。
引き摺る音がするのとは逆側に、オオネズミは逃げていく。
不気味な音を立てている主は、ネズミを追いかけるつもりは無いらしく、ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
足音は、四つ足の何かだ。その何かが、何かを引きずって歩いている。
引きずる音と、四つの軽い足音が、静寂の中に響く。
オオネズミの鳴き声も散り散りになり、やがてしなくなった。
「ラスボスだな」
そう言ったアルマスはすでに、剣と盾を構えている。
「やっぱり居たか」
今度はリザードマンが言い、興奮を抑えるように大きく鼻息を吐いた。手にした鉈のような大剣をぶんと振る。
「一番奥に居やがるなんて、分かってやがるな。手間取らせやがって。あっちも、多分もう気付いてるな」
ワーウルフは腰からロングソードを抜いた。嫌でもきつく臭うのか、ひっきりなしに、狼の鼻をひくつかせている。
シオンは頷き、呟いた。
「でかいのは、四つ足だ。何か引きずってる」
「見たくねえなー」
ワーウルフが剣を構えながらも、ゆっくり後退していく。
他の者たちも、同じように下がっていた。
シオンだけはそこに留まったまま、両手のダガーを握り直す。
こちらの鼻の形は人間と同じだが、嗅覚は人間よりずっと良い。
血と獣の臭い。
おめおめとダンジョンに足を踏み入れた冒険者を、骨まで食い散らかそうとする奴らの、独特の臭気。
相手は一体。
こちらの数が四人でも、まるで臆する様子も無い。
パーティーに気付いていながら、まるで警戒していない。それまでの侵入者を散々嬲りつくしてきたからだろう。
こちらのことをすっかり舐めている。
敵の足音が変わる。
分岐に差し掛かったようだ。それを合図にするように、シオンは身を低くした。
「先に行く」
そう言い放つと同時に、誰の返事も待たずに駆け出した。
瞬間の、凄まじい瞬発力は、人間に真似出来るものではない。
足腰の強さ。そして姿勢を低くしたまま素早く移動出来る、驚異的なバランス感覚。それは、無意識に動く長い尾が、シオンの体を不安定な体勢でも支える役割を果たしている。
ワーキャット特有の、柔軟な敏捷性を生かし、シオンは一気に一本道を終わりまで駆けた。
グルッ、と短く太い唸り声が上がる。
来る、と予測し、更に身を低くし、速度を上げた。
躍り出る、黒く巨大な影。
「やっぱり、ガルムか!」
アルマスが盾を構えながら、通路の奥に素早く後退した。
「下がれ! ブレスが来るぞ!」
他の二人も同じようにブレスの範囲外まで身を退くが、飛び出したシオンだけは魔物の懐を目指した。
通路の角から飛び出してきた陰は、大型の魔狼――ガルムだ。
北欧神話に登場する、冥界の番犬である巨狼から名を取ったとされる。
その由来にふさわしく、熊ほどの巨体である。それが狼の俊敏さで動き回る、獰猛なモンスターだ。
こんなダンジョンに出るモンスターではない。
初心者パーティーなど、逃げる間も無くたちまち惨殺されたに違いない。
さっきまで引き摺られていたのは、喰い殺された冒険者の亡骸だった。というか、胴体しか無かった。首から上も両腕も腰から下も食い千切られ、その体は殆ど原型を留めていないのにも関わらず、生前の装備であろう千切れた
このダンジョンに入って戻って来なかった冒険者は、この悪魔に食い殺されたのだ。
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