第6話 即席パーティー(2)


《北関東採石場跡》は、かつて貴重な魔石が大量に採掘されていた場所だ。

 魔石はとっくに掘りつくされ、ダンジョン化したのちに、その欠片さえも冒険者に漁りつくされ、住み着いた危険なモンスターも冒険者に排除された。

 全部で十階層となるこのダンジョンは、地下五階くらいまでは広く、そこから先は深くなるにしたがって段々と狭くなる。それでも人工的に作られただけあって、天然の洞穴よりも通路は歩きやすく、人が通るには充分な広さだ。

 そこそこの深さがあり、いかにもダンジョンらしいダンジョンという作りをしていることと、それでいて比較的低レベルのモンスターしか出現しないので、初心者に人気がある。

 慣れた冒険者にはいまさら旨味の無い場所だが、駆け出し冒険者の訓練にはうってつけだ。

 その初心者御用達ダンジョンで、ここ数日のあいだに挑戦したパーティーがいずれも戻って来ていないと、冒険者協会から調査依頼を受けた。

 このパーティーは、たまたま体が空いていたというだけで、協会に集められた冒険者たちだった。



「さっきも言ったが、この先はもう最深部だ」

 ゼリー状の栄養補給食を口にしながら、アルマスが言った。

「それ、バナナ味?」

 とワーウルフが面白がって訊ねたが、アルマスは冷たい目を向けた。

「お前は骨でもしゃぶってろ」

 アルマスは本気でいらついていたようだったが、ゲラゲラとワーウルフは笑い、それをリザードマンが慌てて諭す。

「あのなー。いい加減にしとけよ、お前。いつもこんなのなのか?」

「いや、普段はソロだぜ。だからたまにパーティー組むと、楽しくってさ。つい喋っちまうのよ」

「分かった。後で聞いてやる」

 ふう、とリザードマンが息をつく。


 シオンは壁にもたれかかり、その様子を見ながら、キャラメルをひとかけ頬張った。口の中でころころと転がし、甘味を味わいながら、また水を少量、口に含む。

 あまり腹を膨らませると、動きが鈍くなる。


「お前たち、漫才はもういいか?」

 アルマスが口を開く。

「俺は相方じゃねえよ」

 リザードマンは心外そうだが、ワーウルフはやはり笑っていた。

 そのワーウルフも、言動こそふざけているが、戦闘時の動きは無駄がない。他の二人も同じだ。

 でなければ十階層の広大なダンジョンを、半日でくまなく探索出来るはずはない。

 彼らは間違いなく熟練の冒険者で、協会から信頼されているのだろう。

 でなければ、こんな依頼を任されることはない。

 大量の死人が出ている事件だ。何か起こるのは間違いない。


「ネズミはいいとして、最深部には何かある」

 アルマスの言葉に、リザードマンが頷く。

「くまなく見てきたしな。この先しかもうないわけだ」

「そうだ。ダンジョンでの死因は、主に二つ。トラップに引っかかったか、モンスターに殺されたか、だが」

 道中にトラップの形跡は無く、道中で見つけた死体の惨状から見て、後者であるのは間違いなかった。

 死体はいまはどうしようも無いので、置いてきた。

 あとでまた別の冒険者が回収の依頼を受けるだろう。

「ネズミに喰い殺された……わけねーよな」

 リザードマンが呟く。

 ネズミとはいえ、このダンジョンにいるのはモンスターだ。初心者冒険者ならその可能性も無いとは言い切れないが、その犠牲者が複数とは考えられない。

 しかしアルマスは呆れたように答えた。

「いくつかの死体を見ただろう。爪と牙で引き裂かれた死体を。あれがネズミの仕業か? もっと大型の何かだ」

 もっとも、リザードマンも分かっていて言ったはずだ。温厚な彼は黙って頷く。

「モンスターが、もうこのダンジョンを出ている可能性もあるが……」

 そうアルマスが言いかけたのを、シオンは遮った。

「それは無い。地上に出てれば、とっくにもっとでかい騒ぎになってる」

「もちろんだ。仮定を述べただけだ」

 ムッとしたようなアルマスに、シオンは少し肩を竦めた。自分が否定されると、怒るらしい。

「悪い。早く帰りたくて」

 シオンは壁に背を預けたまま、少し笑って言った。それが余計にアルマスをいらつかせたようだ。

「これは仕事だ。お前は、小野原おのはらだったな。不謹慎だぞ。サボりたいなら学校に行け」

「学校ならサボっていいって考えも、不謹慎だよな」

 笑いながらワーウルフが呟く。

 もちろんアルマスは余計厳しい顔つきになっただけだった。

 シオンはその強い視線を、笑ったまま見返した。

「真面目にやってないわけじゃない。ただ、このパーティーなら、もっと押していけると思っただけだ。そんなに慎重になることもないんじゃないかと思ってさ」

「お前は、冒険者になって何年目だ?」

「二年」

「俺は十年目だ」

「おお、十周年おめでとう」

 ワーウルフが手を叩いたが、アルマスは無視した。

「いいか、駆け出し。考えたことは、思うだけにしておけ。口を出すな」

「分かった」

 二年も冒険者をやっていれば、充分一人前とされるが、シオンは言い返さず、頷いた。別に口ゲンカをしたいわけではない。


 ただ、慎重なのはいいことだが、アルマスの男はこまめに休憩を取り過ぎるきらいがあった。

 もちろん、相手の姿が見えない以上、無理は禁物だ。

 けれど、この先でまだ生存者がいて、助けを求めているかもしれない。

 この男には、そういう焦りは無いように思える。

 依頼はあくまで、ダンジョンの調査。

 生存者の救出や、モンスターの討伐は、必ずやってこいと言われたわけではない。

 だからやらない。自分たちの命の危険だけは無いように、じっくり探索すればいい。

 アルマスから、そういう冷徹さを感じた。

 間違いではない。パーティーの安全確保を、一番優先すべきなのは確かだ。

 悪いとは思わないが、自分とは合わないな、とシオンは思ったので、ついアルマスを煽るような言い方をしてしまった。相手もそれを過敏に感じ取ったのだろう。

「ワーキャットは辛抱が足らん」

 と吐き捨てた。

 やたらと種族ごとに括りたがるのも、アルマスに多い。

 明らかに年少のシオンが言ったことも、癇に障ったのだろう。

 言い争う気は無かったのでシオンは何も言わなかったが、まあまあ、とワーウルフが割って入った。

「ギスギスしなさんな、おサルのだんな」

 アルマスの怒りはたちまちワーウルフに向いた。

「誰のことだ」

「いいじゃねーの、だんなはおサルさん、オレは犬ころ、間違ってはいないでしょーが」

 元々不真面目なワーウルフに腹を立てていたこともあるだろう。アルマスは、射殺すような目で彼を見たが、それ以上怒りを出すことはなかった。ダンジョン内でパーティーが争う不毛さを、分からない男ではない。性格に難はあるが、プロ意識は高い。

 ワーウルフは、シオンを庇ってくれたのかもしない。

 仕事が終わったら、ちゃんと彼らに名前を訊き直しておくべきかなとシオンは思った。しかし名前を忘れたなんて言うと、再びアルマスの怒りを買いそうなので、あとでリザードマンあたりに訊けばいいだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る