第5話 即席パーティー(1)
彼らとは、以前からパーティーを組んでいたわけではない。
冒険者協会からある調査依頼を受け、このダンジョンを攻略する為に組まれた、即席のパーティーである。
それぞれが協会から別々に依頼を受け、早朝六時、ダンジョン前に集合したのが初対面だった。
そのときに自己紹介をしたが、シオンはもう三人の名を忘れてしまっていた。
名前で呼び合うこともなく、黙々とダンジョンを進むだけだからだ。
お喋りのワーウルフだけは、黙々とは言えなかったが。
全員が亜人の冒険者というのは、まったく珍しくはない。
亜人は身体も力も生命力も、人間より強く、そして、職は少ない。
人口の八割が人間の社会では、仕方が無いといえる。
ダンジョン探索は、夢でもロマンでもない。
冒険者にとっては大事な仕事の場であると同時に、永遠の墓場となるかもしれない危険な場所である。
良い面は、依頼内容にもよるが、報酬が比較的高めであることだ。
他にも、心の底からダンジョンが好きだったり、魔物との戦いを楽しみたいという者もいるだろう。
しかし亜人の中には、職が無くてやむなく冒険者になった者も珍しくはない。なにしろ命がかかっているのだ。他に仕事があればやってはいないという者も多いだろう。
ダンジョンは、不思議な場所である。
特に、日本のダンジョン数は世界一といわれる。
狭い国土の中に、千を超えるダンジョンが存在する。
しかも、天然のものよりも、人工のものが多い。
古いもので、縄文時代以前より存在しているという。
古代より日本人の魔道士は、ダンジョン作りに並々ならぬ魅力を感じていたようだ。
民族性だろう。
ダンジョンに関する様々な法律を定めた《ダンジョン法》が成立するまでに、日本各地に無節操なほど作られた数々の迷宮。
ダンジョンの瘴気と、侵入者である冒険者の血肉を好み、住み着いた
独自に成長した植物や、稀少な鉱物。
冒険者も、それらに惹かれ、求めて、ダンジョンに挑む。
稀少な魔物の皮や肉や爪や牙を手に入れようとする冒険者も、彼らの側からすれば醜悪な魔物に見えることだろう。
古代には、ほとんどの魔物は地上に生息し、人間の脅威となっていた。古代の王族が魔道士に命じて多くのダンジョンを建設させたのは、魔物をそこに追い込むためだったという説もある。
後世の魔道士が、そのダンジョンに魅せられ、新しくダンジョンを建築していった。時の権力者に命じられて作られたものもあれば、単に趣味で作ったものもあっただろう。また、最初はダンジョンでなかった場所がのちにダンジョン化することも少なくない。
日本のダンジョン数は世界一だと、ギネスにも認定されている。
おかげでというのか、日本ではダンジョン産業が成り立っている。
亜人にとっては、危険であると同時に、貴重な仕事でもある。
いまシオンたちが歩いているダンジョン、《北関東採石場跡》は、名前から推測出来るとおり、元はダンジョンではなかった。
天然でも人工でもない、こういったダンジョンは後発性ダンジョンという。
オオネズミの声を遠くに聴きながら、パーティーはそのまま通路で小休止を取った。
通路といっても、幅は三メートル以上ある。切り出した石を運んでいたから、これほどの広さは必要だったのだろう。
察知能力の高い亜人種がいれば、比較的気楽に休憩が取れる。中でもワーキャットはかなり遠くの足音を、他の雑音の中でも聴き取れる。これも人間の冒険者には無い利点である。
シオンはウエストポーチからペットボトルを取り出し、僅かに残った水で口の中を湿らせた。半日程度の探索を予定していたので、全員荷物は少ない。
これが最後の休憩になるだろう。
「ここから先は、ネズミとは違うぞ」
気を引き締めろ、とアルマスが告げる。
この男はこのダンジョンに入ってから、やたらとリーダーシップを発揮している。パーティーにアルマスがいると、大抵そうなる。集団行動や上下関係に厳しい種族なのだ。
他にリーダーをかって出る者もいないので、ちょうど良かった。
シオンもだが、残りの二人も、そういうタイプではないらしい。
「気を抜くなよ」
お喋りなワーウルフと、その相手をしているリザードマンに、終始いらついたような態度を見せていたアルマスが、二人に冷たい視線を飛ばした。
リザードマンは完全にとばっちりだが。
「いや、気は抜いてないぜー。あんまり緊張すると、手に汗掻くんだよな、オレ」
ワーウルフがまったく反省のないそぶりで返す。
「拭きゃいいだろ。……あ、またコイツに付き合っちまった」
とリザードマンは、しまったという顔をした。
「なんだそれ。オレがなんか寂しいじゃねーか」
ワーウルフがつまらなさげに言った。
確かに、むやみに大きな音を立てることは、迂闊といえば迂闊な行為だ。
潜んでいる敵に、こちらの居場所を教えているようなものだからだ。
それでもここまで、喋るのを止めろとは、アルマスも言わなかった。
自分たちはなにも、姿の見えない敵に怯えて歩いてきたわけではないからだ。
むしろ、こちらに引き寄せられるなら、そのほうが良かった。
ワーウルフも分かっていて、無防備なお喋りを続けていたのだ。他の連中も咎めなかった。
このパーティーの目的は、ある魔物の討伐である。
即席パーティーではあるが、経験もレベルも申し分無い。
ただ、ファイターばかりなので、ここまで力押しでやって来たぶん、疲労は確実に溜まっている。
それでも《北関東採石場跡》の最深部に近いところまで、半日で降りてきたのだから、全員がまずまずの腕前と言えた。
腕利きのパーティーを編成して、たかがネズミ退治に来たわけではない。
「確かに、そろそろ何かいてもいいはずだな」
リザードマンが言う。
「死体以外のな。まったく。くせーし、たまんねえよ」
ワーウルフは鼻をひくつかせ、珍しく表情に不快感を表した。
鼻の良いワーウルフほどではないが、シオンも異臭を感じている。
ダンジョンに入ったときから、立ち込める臭い。
大量の、真新しい血の臭いだった。
中に、最近死んだ冒険者が大勢居る。
そう全員が確信した通り、ここにいたるまでに幾つかの死体を発見している。
当初の目的は、ダンジョン内で起こっていることを探ることだった。
生存者はいない、と察したとき、パーティーの目的は、モンスターの討伐となった。
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