第4話 ワーキャットの少年(4)

 亜人性格占いというものがある。根拠はまったく無いのだが、よく言われるものにリザードマンは『温厚』というものがある。

 これがワーウルフなら『人懐こい』、ワーキャットは『個人主義』、アルマスなら『生真面目』など、血液型占いと同じで、使い古されているが何故か人気のある話題のひとつである。

 女の亜人が三種族以上集まると、高確率でこの話になるらしい。

 関連の本を買うと、『結婚するなら?』の項目に、必ず上位ランクインするのが男リザードマンである。

 つまりそのくらい面倒見がよく、温厚な種族と一般的には言われている。

 リザードマンというくらいなので、トカゲの脚を太く長くして、立ち上がらせたような姿をしている。

 浅黒い皮膚はごつごつと分厚く、硬い。

 リザードマンの体は、それ自体が鱗の鎧のようなものだ。重厚なアーマーを身に着けることが、かえって動きを鈍くさせることもある。

 そのためか、彼もワーウルフの男と同じく、胸当てを着けている他は、Tシャツとゆったりとしたズボンを履いている。

 その見た目はほとんどトカゲだが、もちろん二足歩行をするし、流暢に喋る。

 トカゲと違うのは、頭にたてがみのような毛が生えていることだ。


 竜にも似ている。

 そうシオンは思っている。

 リザードマンを見るたびに思う。

 大きな翼を広げる西洋の竜ではなく、年賀状によく描かれているような、東洋の竜だ。

 そうシオンが感じるのは、理由がある。

 これも幼い頃、父親が辰年の年賀状に、袴を履いた可愛らしいリザードマンの絵を描いていた。

 なんでリザードマン? と、当時のシオンは当然、思った。


(上手だろう? シオン)

 下手だった。

 言わなかったが、顔に出ていたかもしれない。

 しかし父は、得意げに、にこりと笑った。

(もちろん技術的に、父さんの絵は小学生、いや幼稚園レベルなのは自覚しているさ。さっきお姉ちゃんにも指摘されたしね……)

 得意げな顔に、少し翳りがさした。

 シオンの姉は、シオンと違って正直な感想を言ったのだろう。

(でもね。技術的なことを僕は気にしていないよ。この、発想が素晴らしいと思わないかい? 辰年に、リザードマンを描くという発想!)

 たしかに、意表はついている。

 絵心があるとは言えなかったが、遊び心に満ちた人だった。

 あのときシオンは、リザードマンは竜じゃなくてトカゲじゃないのかと、父に尋ねた。

 すると、逆に尋ねられた。

(リザードマンが元々はトカゲだなんて誰が決めたんだい?)

 黒縁眼鏡の下の瞳は、子供のように輝いていた。

(ワーウルフだって、犬の原種である狼から、ワーウルフという名前で呼ばれているけどね。狼のような外見の人もいれば、とても狼には見えない犬っぽい人もいるだろう? シオンみたいにとても人間に近い人もいるよね。だからね、彼らや君が絶対に犬だとか猫だとか言えないのに、そんな名前が付いてるってだけさ)

 もはや言ってることの意味は半分も分かっていないシオンの、小さな頭に生えた耳の付け根をくすぐるように撫でながら、父は楽しげに語り続けた。

(トカゲから進化したとか、魔法で産み出されたとか、すべて仮説に過ぎない。人間として産まれてきて、だんだんと今の姿に進化していったのかもしれないし、最初からリザードマンの姿だったのかもしれない。父さんは彼らは竜に似てると思うけど、シオンは違うと思う。でもシオンもいつか彼らを竜に似てると思うかもしれないよ?)


 多分、思わないだろう、とそのときは思ったが、その会話はシオンの中にいやに印象深く残り続け、リザードマンを見るたびに思い出してしまう。

 冒険者の友人がたくさん居た父には、リザードマンの知り合いも多かったようだ。

 最近になって、確かにちょっと竜に似てるかもしれない、とシオンも思うようになった。


 無遠慮なワーウルフが、リザードマンのことを「トカゲのおっさん」と何度も呼ぶのを、リザードマンはさして嫌がるふうでもなくあしらっていたが、ふとシオンが「トカゲより竜に似てる」と言うと、何故か異様に照れ、嬉しげだった。

 ワーウルフは爆笑していたが。


「そういやこないだよ。便所あるダンジョン行ったわ」

 ワーウルフはまだ話していた。

「もういいよ、便所の話は」

 返事をするのは、うんざりした表情のリザードマンだけだ。

 ダンジョンに入ってからというもの、ワーウルフは喋りっぱなしだ。人の良さそうなリザードマンだけがそれに付き合っている。

 気難しげなアルマスはいっさい会話に加わらず、シオンも先頭を歩くことに集中していたので、ほとんど喋ってはいない。

「んなもん、廃病院とか廃学校なら珍しくねーだろ」

「いやいや、普通の地下ダンジョンだぜ。小部屋ん中に、地面に穴掘って作ってあんの。これぜったい便所だろっていうさ。誰かが作ったんだろーな。ただ、むちゃくちゃ臭かったけどな。流れないから。すげえハエがたかってるから、最初見つけたとき絶対そこに死体があると思ったぜ。あったのはクソだったんだけどよ」

「キモチワリー話すんなよ……」

 リザードマンが顔をしかめる。爬虫類に似た顔でもそれは分かった。

「あ、そう? この話、笑えねえ?」

「キモチワリーよ。俺、下ネタ嫌いなんだよな」

「え、これ下ネタ?」

 ワーウルフは悪びれもせず、「ワリいワリい」と言って、頭を掻いている。

 便所のあるダンジョンなんて、それまで考えもしなかったが、父なら面白がって聞き入りそうな話だ。


 冒険者だった養父は、普段よく喋る人なのに、ダンジョンの話ばかりはあまりしなかった。

 子供に話して楽しい話は、それほど無かったのかもしれない。

 理由は分かる。シオンにとっても、どのダンジョンも暗くてじめじめしているとしか感じない。

 感受性が豊かで優しかった父には、どう映っていたのだろう。

 リザードマンを竜かもしれないと言った父には。


 シオンはダンジョンに潜ることを、ただ仕事場としてとらえている。さっさと入って、仕事を済ませて、一刻も早く出たい。

 ダンジョンに便所なんてあったとしても、気付きもしないだろう。

 だからこそ、自分と違う者に会うと、単純に感心する。

 亜人にも、人間にも、冒険者にも、色々な奴がいる。


(出会いというのは、どんなささやかなものであっても、きっとシオンの財産になるからね)

 最後に別れたとき、父はそんなふうに言っていた。


 妙に明るいワーウルフも、人の良さそうなリザードマンも、やたらと他人に厳しいアルマスも、若いシオンの知らないことを、よく知っている。

 一緒にダンジョンに潜ることで、感心することも多いし、学ぶことは確かにある。

 こういうのが、財産というのだろうか。

 きっとそうだったのだろうと、振り返って思う日がくるのだろうか。

 これまでも仕事上で、色々な人間や亜人に会った。

 だが、ただ会った、というだけにも思える。

 父の言葉を噛み締めるには、シオンはまだ若過ぎるのだろう。



 ふとアルマスを見ると、どうみても不快げに顔をしかめていた。

「これだから犬ころは煩い」

 そう小声で毒づくのを、シオンは聞かなかったふりをした。

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