第2話 ワーキャットの少年(2)
亜人種は、人間とそれ以外の動物の特徴を合わせ持った種である。
その誕生は人間より遅いという。真実は分からない。大昔に発見された人間の骨よりも古い亜人の骨が発見されていないから、というだけだ。
シオン自身、亜人の歴史にそれほど詳しくはない。
人間の子供だって、自分たちの先祖がどのように生まれたかなんて、積極的に興味を持つ者は少ないだろう。
シオンも、養父から聞いた話を断片的に憶えているだけだ。
少なくとも、一万年前にはすでに、人間と一緒に文明を築いていたとされている。
そのころの人間はすでに高度な文明を築いていたが、中でもいにしえの魔道士の魔力と権力は、今よりも絶対的なものだったらしい。
亜人の身分は低く、人間の奴隷のような扱いだったとか、元は人間の魔道士が生み出した使い魔だったが、なんらかのきっかけで自由を得て、亜人同士が子をなしていったなどとも言われている。
これらは人間の学者が唱えた説であり、これには否定的な亜人も多い。
神が遣わした存在とするいかにも宗教的な説もあるが、いくらなんでも抽象的すぎる。
(ひとつ言えることは、いつの時代でも、人間と亜人は、それなりに巧く社会の中で共存していた、ということだね。しかしそれは、あくまで『人間社会』を中心としてだけれど)
シオンを育ててくれた人間の父は、そんなふうに言っていた。
亜人の数は、人間に比べればずっと少ない。
彼らはいずれも優れた能力を持ちながらも、人間を中心とした社会の中で生きてきた。
しかし、人間にとっては生きやすい世界でも、亜人にとっては生き難いことも多い。
まず、就職が困難である。
もちろん、まったく無理なわけではない。人間にはない身体能力を駆使し、社会で優れた力を発揮している亜人も多く居る。
しかしいくら身体能力が高くても、やはりここは人間中心の社会。成長の過程で、自分たちというマイノリティがおかれている境遇に負けてしてまう。
そこで、始めるのが冒険者稼業である。といっても、南極を横断するとか、エベレストを登頂するとか、そういうことではない。
もっぱらダンジョン探索である。
さいわい日本は、その国土の狭さのわりに、全国に多種多様なダンジョンがひしめきあう、世界有数のダンジョン大国である。
潜るダンジョンには困らない。
シオンはというと、中学の途中までは、やはり人間の中で生きたいと強く願っていた。だが結局は境遇に負け、亜人の子らしく、冒険者の道を進んだ。
強靭な肉体を持つ亜人も、ダンジョンでは命を落とすことはしばしばある。
過労死などの問題はあるとはいっても、実際に命をかけるよりは安全な場所で生きている人間たちに比べ、多くが冒険者となる過酷な生き方を要求される亜人では、亜人のほうがやはり死にやすい。
数の上での人間優位は、揺るぐことは無かった。
とはいえ、冒険者は過酷なだけではない。報酬は高いし、亜人であれば門戸は広い。巧くすれば、相当な富と名声を得ることの出来る仕事である。だから亜人は人間と同じ仕事が出来なくても、おおむね不満は無いのだ。戦いに優れた亜人の中には、戦うことを好む者も多い。戦うことで金を得られるだけでなく、その闘争欲求を満たすにうってつけの職業でもある。
亜人を生かさず、殺さず。
まったく、巧く出来た社会である。人間というのは、本当に賢い。
それに亜人の多くは、さして将来を見据えず、その日暮らしで生きる傾向がある。大きな達成感、その一瞬の強い高揚感を得るのに、ダンジョン探索はそう悪くない。
少数ゆえに人間から虐げられることもあった亜人だが、それを守ろうと立ち上がる人間たちも、歴史上に多く存在した。
迫害され、保護され――亜人たちはまるで人間の弟のように、人間の近くで生きてきた。
亜人もどこかで、人間と自分たちを切り離せないのかもしれない。
亜人という呼び名自体、差別的だという者もいるので、そのうち違う呼び名になるかもしれない。
そう父から聞いたことがある。
そういった声はいつも、亜人でなく人間たちのほうから起こるのだから不思議だ。
(シオンは、どう思う?)
と父から尋ねられたとき、幼いシオンは、よく分からず首を傾げた。それより、幼児向けの絵本を読んでほしかった。せっかく本棚から引っ張り出してきたのに、父はそんなものをそっちのけで、いつも自分のしたい話ばかりするのだ。
(うーん、ごめんね。君と色々話すにはまだ早いか)
と父は笑いながら呟き、シオンを抱き上げた。
血の繋がらない父は、人間の冒険者だった。そのせいか、亜人には特別思い入れがあったようだ。
でなければ、ワーキャットの子供を育てたりはしないだろう。
それから何年経っても、亜人の呼び名は亜人のままだ。
そのことをどう思うかと、いま尋ねられれば、そんなことはどうでもいいと、いまのシオンは答える。
呼び名も、種の成り立ちも。
自分たちも人間だ、などと思っていない。
亜人でも亜獣でも何でもいい。
どうせ生きて、死ぬまでの間の話だ。
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