第13話 決意

「やっ君、何でこんなに大騒ぎになっちゃったんだろう」


「朋美の所為だよ。あいつは俺の超強力なサポーターだからな、サポーターと言うよりここまできたらフーリガンに近いかもな」


「でも、朋美さんもお兄さんの事が大好きなんだね」


「あいつには感謝しているんだ。長男の俺がこんなだからな、両親の事は任せぱなしだしな。それに哲也さんと島中さんは朋美とタッグを組んでいるんじゃないのかな」


「えっ、連絡を取り合ってるって事?」


「ああ、そうじゃなきゃあんな結婚式できないだろ」


「あっ……信じられない。本当に私設応援団なんだ」


「そう、俺達2人のな。少しでも恩返ししないとな」


「ああ、それで商店街や島中さんの事を……」


「さぁ、どうだかな」


「もう、直ぐに誤魔化す」


美緒とそんな事を話していると、俺の名前を呼ぶ声がした。





「隆志、遊ぼうぜ。約束したろ」


「よし、遊ぶか」


立ち上がり噴水前の広場に歩き出すと七海と美空が走って来た。


「隆也、何をして遊ぶんだ?」


「うんと、馬飛び」


「よし、来い」


俺が自分の足首を掴み少しかがんで馬を作ると七海と美空も真似をして横に並んで馬を作った。

すると隆也が順番に馬を飛び越える。

次は七海が美空の馬を飛び越えて俺に向って走ってきた。

両手で抱き上げて高い高いをして飛んだ事にすると声を上げて喜んでいる。

そして美空にも同じようにしてやると美空も喜んではしゃいでいた。

それを嬉しそうに美緒が見ている。


「何だかいいなぁ、やっ君って本当に子どもの扱い上手いんですね」


「子どもの頃に住んでいたアパートには色んな年齢の子がいて皆で遊んでたからね。それに中学になっても親戚の子どもと兄貴は良く遊んでたからかなぁ。でも不思議と小さな子は兄貴の周りに集まってくるんだよね」


「優しいのが判るのかなぁ」


「そうだね、子どもって不思議と見抜くからね」


「ママ! 来て」


「はい、はい。今、行くよ」


隆也に呼ばれて朋美が腰を上げて歩いてきた。


「隆志、あれやってよ」


「ママでか?」


「うん、隆志なら出来るだろう」


「しょうがねえなぁ」


「兄貴、何をするの?」


「後ろを向いてそこに立ってくれないか? 足は肩幅に腰に手を当てて頭を下げて」


「こうで良いの?」


「OK!」


朋美が俺の指示通りに広場の真ん中に立った。

周りに人が居ないのを確かめてから朋美に向かい走り出し。

跳び箱を飛ぶように朋美の肩に手を当てて頭の上を飛び越した。


「凄い!」


「へぇ、格好良い」


「さすが、八雲君だ」


美緒や看護婦さん、そして高柳先生までもが声を上げた。

休日と言う事もあって広場の向こうでは大道芸人だろうかクラウンが数人楽器を鳴らしながら曲芸をしている。

それを見ていた1人の厳つい外人が声を掛けてきた。


「Hey! Hey! Boy Come on!」


大道芸か何かと勘違いしたのだろう妹の朋美と同じ格好をして笑顔で親指を立てている。

しかし、厳つい外人の身の丈は2メートルくらいだろうか、はるかに俺より背が高かった。


「隆志、大丈夫か?」


「はぁ? 隆也、あれを飛べと?」


「タカ、タカ」


「飛ぶ、飛ぶ」


美空と七海までもが嬉しそうに俺の顔を見て飛び跳ねている。


「ああ、もう判ったから」


「OK! GO!」


そう声を上げて外人の背中目掛けて走り出す。

手を伸ばし肩を掴み腕の力で体を持ち上げて一気に飛び越える。


「危ない!」


美緒が目を瞑った。


「Great! Fantastic!」


何とかバランスを崩しながら着地すると外人がそんな言葉を言って抱きついてきた。

突然抱きつかれて、面食らっていると隆也が走りよってきた。


「凄え! 隆志は、やっぱり凄えや」


そんなちっこい隆也を見て外人が自分のかぶっていたキャップにポケットから小銭をあるったけ入れて隆也に渡した。


「くれるのか?」


「Yeah! Boy.」


そう言い残して満面の笑顔で手を振りながら立ち去っていった。


「まいったな、まぁいいか」


七海と美空が足元に駆け寄ってきたので照れ隠しに2人を両腕にぶら下げながら皆の所に戻ると、美緒が怒った様な顔をして俺を見ていた。





「また、そんな顔するな」


「危ない事ばっかりして」


「大丈夫だよ」


「知らない、ふん」


美緒が怒ってそっぽを向いてしまった。


「隆志、今度はあれ、あれ」


隆也を見ると島中さんのBMXを指差していた。


「なぁ隆也、これ以上何かしたら俺が美緒お姉ちゃんに怒られるんだぞ」


「意気地なしだな、大丈夫だよ。美緒お姉ちゃんに格好良いところ見せてやれよ」


「俺は格好悪くて良いんだよ」


「隆志のバァカ!」


今度は隆也が怒り出して俺の足を蹴り飛ばした。


「あのな……」


「兄貴、隆也達にとって兄貴は自慢なんだよ。やってあげなよ、ほら美緒ちゃんも機嫌を直して」


「知らないからな。島中さん、ちょっと自転車借りるよ」


「うん、良いけど……凄い……」


島中さんのBMXに乗って感覚を確かめる。

足を着かずに止まってバランスをとったり、前輪や後輪を持ち上げてブレーキやハンドルのフィーリングを確認する。


「で、何をすれば良いんだ?」


「ジャンプだよ、ジャンプ」


「あのな、ああもう、知らないからな」


隆也に押し切られてバニーホップと言われている基本のジャンプをしてみせる。


「今度は回るやつ」


ロックウォークと言うブレーキを使わないで1回転する基本の技を見せた。

それからもジャンプして回転したりしながら遊んでいると段々感覚が戻ってきて自分自身が楽しんでいる事に気付いた。

ペグに足をかけてゆっくりBMXを流れるように走らせる。


「相変わらずだな、兄貴は」


「でも、やっ君って何で何でも出来るんだろう」


「兄貴は昔から何でも直ぐにこなしちゃうんだよね」


「へぇ、凄いんですね」


「でもね、飽きぽいって言うか次から次に興味を持った事に首を突っ込むから1つの事が長続きしないの」


「そうなんだ」


「それと仕事も同じ感覚なんだろうな。曲がった事が嫌いで不器用なくらい真っ直ぐだから仕事も転々として。でも、あの島だけは違てった。未だに飽きずに住み続けてるからね」


「時間がゆっくり流れていてありのままで居られるって言ってました」


「美緒ちゃんも島で知り合ったんでしょ。また行きたいんじゃないの?」


「でも、この体じゃ」


「頼んでみたら、兄貴に。連れて行ってって」


「出来ないです、そんな事。また、やっ君に負担かけちゃうもん」


「夫婦なんでしょ、遠慮なんかしていたら駄目だよ。兄貴に怒られるぞ、そんな事言ったら。お互い対等に真っ直ぐに向かい合わないとね」


朋美の言葉に美緒は何も答えなかった。





どこからとも無く音楽と手拍子が聞こえてくて。

軽快な音楽が聞こえる方を見ると人だかりが出来ているのが見えた。


「何をしてるんだろう?」


「美緒ちゃん、見に行ってみよう」


「えっ、うん」


看護婦さん達に車椅子に乗せてもらい皆で人だかりの中に入っていく。

そこには少し離れていたところに居たはずのクラウン達が玉乗りをしながら色々な楽器で曲を奏でていた。

その前では踊るようにBMXを操る八雲の姿とその周りで一緒に踊る美空と七海の姿。

そして横では隆也がリズムに合わせて手拍子しながら飛び跳ねている姿が目に飛び込んできた。


「えっ? 何で? でも凄く楽しそう。でも美空ちゃんと七海ちゃん危なくないのかなぁ」


「美緒ちゃん、大丈夫だよ。兄貴はちゃんと2人を見てるから」


「八雲君は、皆を楽しませる天才なのかもしれないな」


「先生、買いかぶりすぎだよ。やっ君はニブチンで無茶ばっかりするんだから」


「そんな彼が大好きなんだろ、美緒ちゃんは」


「それは、その……」


美緒が高柳先生の言葉に真っ赤になった。


「ああ、もう少し八雲さんと出会うのが早ければ私がゲットしたのに」


「島、無理だよ。美緒ちゃんとは昔から赤い糸で結ばれてたんだから」


「でも、島は良いよね。素敵な結婚相手まで紹介してもらってさ」


今度は島中さんが真っ赤になって俯いていた。

曲が終わり大きな拍手が沸きあがるとクラウン達はお辞儀をして場所変えの為に移動し始める。

隆也と美空と七海の3人が手を振ると笑顔で手を振って答えてくれた。


「終わった、疲れたな。隆也の奴がクラウンなんか呼んでくるから偉い目に合ったよ」


「でも、やっ君、素敵だった」


「あ、美緒ちゃんのお惚気だ」


「朋美もからかうなよ」


「なぁ、隆志。このお金どうするんだ?」


「お金?」


隆也を見るとあの外人がくれたキャップには沢山の小銭やお札が入っていた。


「隆也、これどうしたんだ?」


「俺が、あそこに置いてたら皆がお金を入れてくれて、ピエロの人に渡そうとしたら君達のだよって」


「そうだな、隆也達がもらえば良いだろ」


「ええ、いいのか?」


「良いんじゃないのか」


周りの連中もお喋りをし始め、隆也達の方を見ると美空と七海と3人があのお金の入ったキャップを真ん中においてなにやら内緒話をしているようだった。





木陰に戻り飲み物を飲んで喉の渇きを潤しながら体を休めていると、美緒が何かを決意したように俺に話しかけてきた。


「あのね、やっ君」


「なんだ、美緒」


「お願いがあるの」


「美緒のお願いなら何でも聞いてやるって言ったはずだぞ」


「あ、あのね。私ね。私を島……」


「なぁ、美緒姉ちゃん」


「えっ? な、何? 隆也君」


美緒がいきなり隆也に呼ばれて慌ててキョロキョロと小動物みたいに辺りを見渡して返事をした。


「変な奴だな、まったく」


「もうせっかく勇気を出したのに……」


美緒がボソボソと何かを呟いた。


「美緒姉ちゃんてば」


「うん? どうしたの?」


「美緒姉ちゃんの居る病院には小さい子も居るのか?」


「そうだなぁ、入院している子は居るよ。沢山ではないけどね」


「そうなのか……それじゃ、先生これ」


突然、隆也が高柳先生の目の前にお金が入ったキャップを突き出した。


「隆也君。これをどうするんだい?」


「俺達は元気だから良いけど、病院に居る子に早く元気になってもらいたいんだ。だからその子達にあげたいんだ」


「良いのかい? 寄付といえば良いのかな。そう募金みたいな形になるけど」


「うん、でも足りるかなぁ」


「お金の多さじゃないんだよ。君達のその優しさが大切なんだ。確かに先生が預かろう。病院に行ったら直ぐに手続きをするからね」


「ありがとう。おねがいします」


高柳先生がお金を受け取り、隆也が先生に頭を下げると優しく高柳先生が隆也の頭を撫でた。


「凄いんだね、隆也君。自分で考えたの?」


「美緒姉ちゃん。隆志に教えてもらったんだ。病気で外で遊べない子が居るって」


「そうなんだ。偉いぞ」


「やったー、美緒姉ちゃんに褒められた」


隆也と美空と七海が嬉しそうに手を繋ぎ輪になって飛び跳ねている。





日が傾き出して少し涼しくなってきた。


「そろそろ、お開きにしょうか」


「誰に断りも無く閉めようとしているかな、兄貴は」


「いや、日も傾いてきた事だしな」


俺がこれ以上いじられるのが嫌で立ち上がり閉めようとすると朋美にはすっかり見抜かれていた。

気付くと俺の足にはツインズがしがみ付いている。


「でも、もうそろそろ良い時間かもね。はい、美緒ちゃん。私達からのお祝いだよ」


「えっ、ありがとうございます」


朋美が可愛らしい祝儀袋を美緒に渡した。


「中を見て良いですか?」


「どうぞ」


美緒が中を確認するとそこには2人分の島まで直行の飛行機のチケットが入っていた。


「朋美さんこれって?」


「着いて行きなさい。新婚なんだし行きたいんでしょ」


「でも、私……」


「兄貴がなんで帰りのチケットを取ってないと思う?」


「え、そんなはずは……」


「10日くらいこっちに居るって言ってなかった?」


「はい、凄く曖昧に」


「最初から島に連れて帰るつもりだったのよ、たぶんね。でも兄貴も心配なんでしょ美緒ちゃんの体の事が。だから言い出せなかったんだと思うの」


その時、俺は美空と七海と遊んでいて2人の会話には気付かなかった。


「兄貴! 兄貴は本当に駄目駄目だね」


「はぁ? 何がだよ」


「ほら、美緒ちゃん。さっきの続きをちゃんと自分の口で伝えなさい」


俺が朋美と美緒の方を見ると美緒が真っ直ぐな瞳で俺に言った。


「やっ君。私を島に連れて行ってください。お願いします」


「で、でもな。美緒」


そんな俺を見て朋美が畳み掛けた。


「煮え切らないなもう。先生、どうなの? 今の美緒ちゃんには無理なの?」


「無理さえしなければ大丈夫だよ。あの島には大きな病院もあるし、なにより八雲君が側に居れば無敵だよ」


高柳先生が決断を下した。


「主治医の先生がそう言うなら大丈夫だろ。美緒、大変だぞ」


「うん」


「それじゃ島に一緒に帰ろう。そして2人で頑張ろうな」


「うん、あぃがゃとぅ」


美緒の返事が言葉になってなかったクシャクシャの顔をしてボロボロと大粒の涙が目から溢れていた。

美緒の前にしゃがみ込んで涙を拭うが拭いきらなかった。


「そんなに泣くなよな。美緒」


「やっ君!」


俺の名前を叫んで俺に抱き付き大泣した。

俺には優しく抱きしめるしか出来なかった。


「やったー、有給とって私も島に遊びに行こう!」


「島、それは逆プロポの彼と?」


「もちろん一緒に!」


「それは婚前旅行? それとも新婚旅行?」


「関係ないじゃん、愛があれば無敵んぐ!」


そんな島中さんの叫び声が後ろの方から聞こえてきた。

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