第12話 家族・2

どれくらい眠っていたのだろう、俺の携帯が鳴り目を覚ます。

携帯を見てから手を伸ばして噴水の写真を撮りメールに添付して送信する。

ウトウトと眠りに引き戻され携帯が俺の手から落ちた。


「やっ君? 起きたの? あれ? 携帯が開きぱなしだよ。何々、ここはどこでしょう? 公園の噴水じゃん」



それからしばらくすると家族連れの賑やかな声が聞こえてきて俺は目を覚ました。

目を開けると美緒が俯いてトロンとして眠たそうにしていた。


「美緒、大丈夫か? 疲れているんじゃないだろうな」


「大丈夫だよ。やっ君の寝顔を見てたら眠くなっちゃたの」


男の子の声が大噴水の広場に響いた。


「来たのかな?」


「えっ、誰が?」


「名探偵コ○ン達だよ」


「ぶぅ~ 意味判らない」


「良いんだ」


美緒の頭に手を当てて美緒を引き寄せてキスをする。

少しすると男の子の声がはっきり聞こえた。



「ママ。隆志、居たよ!」


緑色のキャップをかぶりハーフパンツに紺のTシャツを着た、誰から見ても腕白そうな男の子が俺と美緒の前に腰に手を当てて立っている。

起き上がり両手をあげて伸びをして男の子に声を掛ける。


「よう! 来たか」


「探したんだぞ! 隆志」


「や、やっ君? 誰なの?」


「甥っ子の隆也(たかや)だよ」


「甥っ子ってそれじゃ……」


隆也の後ろに美緒より少し年上の女の人と少し年配の夫婦が立っていた。


「はじめましてかな? 妹の朋美です」


「はじめまして、美緒です。宜しくお願いします。もしかして後ろに居るのがやっ君のお父さんとお母さん?」


「紹介しろって言っていただろ」


「先に教えてよ、心の準備が……あれ」


親父とお袋の後ろから天然パーマのクリンクリンの髪の毛でお揃いの花柄のワンピースを着た、チビ2人が顔をだした。


「可愛い! 双子だ」


「こっちが七海(なみ)でこいつが美空(みそら)だよ」


チビ2人が照れくさそうにはにかんでいるとお袋が話し始めた。


「美緒さん、隆志のこと宜しくね。フラフラしてるからちゃんと捕まえておいてね」


「私のほうこそ宜しくお願いします。こんな体で何も出来ないけれど」


「大丈夫。隆志が選んだ女の子だもの、間違いないわ。ほらお父さんも何か言う事無いの? もう、しょうがないわね。気にしないでねこの人は不器用って言うか口下手だから」


「不束者ですが、宜しくお願いします」


美緒が親父に深々と頭を下げると親父が照れくさそうに言った。


「宜しく、可愛らしい娘が出来て嬉しいよ」


「あ、ありがとう」


「珍しいな、親父にしては気の利くこと言うじゃんか」


「親をからかうな」


「悪い悪い。美緒、こんな家族だけど宜しくな」


「嬉しいな、弟や妹がいっぱい出来たみたいで。みんな宜しくね」


美緒がちびっ子3人組に手を振ると隆也が寄って来て、俺の耳元で美緒の事をなんて呼んで良いか聞いてきた。

俺が隆也に小さな声で教えると直ぐに隆也は美緒に話しかけた。


「美緒姉ちゃん、この車椅子は美緒姉ちゃんのか?」


「うん、そうだよ。お姉ちゃん体が弱いから歩くと直ぐに疲れちゃうんだ」


「そうなのか、それじゃ俺が守ってやるよ」


「ありがとう、うふふ。やっ君がいっぱい居るみたい」


チビ2人は恥ずかしそうに朋美とお袋の後ろからこちらを見ていた。


「ねぇ、七海ちゃんと美空ちゃんこっちにおいで」


美緒がチビに優しく声を掛けるが直ぐに隠れてしまった。


「う~ 嫌われちゃったかなぁ」


「美緒、違うよ。小さな子どもと仲良くなりたい時は何もせずに向こうから近づいてくるのを待つんだ。そうすれば自然に仲良くなれるよ」


「だって、可愛いから構いたいんだもん」


美緒が少し拗ねたように口をとがらせて言った。


「しょうがない奴だな。七海、美空、こっちにおいで」


胡坐をかいている膝を叩きながら言うと2人が満面の笑顔になり飛んできて俺の足の上にちょこんと座った。


「本当に七海と美空は兄貴の事がお気に入りだからね」


「可愛らしい名前ですね、美空ちゃんと七海ちゃん」


「兄貴が名付け親だからね」


「俺は別に何もしてないぞ」


「写真送ってきたでしょ海と空の」


「えっ? 写真ですか?」


「そう、双子の女の子だって判った時にね、名前をどうするか悩んでたの。そうしたら兄貴から写真が送られてきてね。島の抜けるような青空の写真には心の澄んだでっかい子になるぞ、そして島の七色の海の写真には心の優しい何でも包み込むような子になるぞって。それで美しい空と書いて美空、七色の海と書いて七海。本当はナナミって読むんだけど波に掛けてナミにしたの」


「素敵ですね」


「長男の隆也は兄貴から一文字、旦那から一文字で隆也なの」


「そうなんだ。3人とも優しい良い子ですね」


「この子たちは、もろに兄貴の影響を受けているからね。でも感謝してるんだ、いけない事はいけないってちゃんと教えてくれるし。決して弱い者苛めもしない、バスや電車じゃ必ず席を譲るしね」


「優しいんだね。そう言えば朋美さんの旦那さんは?」


「あいつは兄貴以上に仕事馬鹿だからね。今日は空けておけってあれ程言ったのに急に仕事が入ったから遅れるって。ゴメンね」


「そんな事、無いですよ。家族の為に仕事してるんだから」


「そうだね」


「七海ちゃん、美空ちゃん宜しくね」


美緒が俺の足の上に座っているチビ2人に手をそっとさし出した。


「七海、美空。いいか? このお姉ちゃんは俺の一番大切な人なんだ。だから七海と美空も仲良くしてくれないかなぁ?」


「タカの大切な人ぉ?」


「そうだよ」


「「うん、わかった!」」


2人がハモる様に答えて美緒の指を小さな手で掴んだ。


「可愛い。それに柔らかい」


美緒が嬉しそうにもう片方の手で優しく2人の手を包み込んだ。


「なぁ、隆志。遊ぼうぜ、約束したのに全然遊んでくれないじゃないか」


隆也が俺の手を引っ張って立ち上がらせようとしていた。


「もう、隆志じゃなくて隆志伯父さんでしょ」


「良いんだよ、隆志は隆志で。なぁ、隆志」


「そうだな」


「遊ぶのは、お弁当を食べてからにしなさい」


妹の朋美が隆也に釘を刺す。


「はーい。食べたら遊べよ」


「判ったよ。その代わり好き嫌いしないで食べるんだぞ、もし好き嫌いしたら遊ばないからな」


「えぇ、ずるい」


「ずるくない。ほら、いただきますだぞ。七海と美空もママの所でご飯だ」


「「はーい」」


チビ2人が立ち上がり朋美の側に座った。


「いただきまーす」


3人がお袋と親父が広げたシートの上で弁当を食べ始めた。


「しかし、相変わらず凄い量だな」


シートの真ん中には色とりどりの料理がこれでもかと言うくらい並べられていた。


「子どもが多いと質より量なの」


「でも、凄く美味しそう。これは朋美さんが作ったの?」


「私は手伝いかな。母さんと兄貴には料理の腕は敵わないからね、美緒さんも良ければ食べてね」


「それじゃ、いただきまーす」


美緒が料理に箸を運んで美味しそうに食べ始める。



親父とお袋も嬉しそうに食べ始めワイワイガヤガヤとしていると男の人が声を掛けてきた。


「おお、やってるな。御一緒して構わないかな?」


「ええ、高柳先生? どうして?」


「今日はOFFなんだ。結婚したんだっておめでとう、これはお祝いだ」


普段着姿のラフな格好の高柳先生が発砲スチロールのクーラーBOXを美緒に渡した。

美緒が中を開けて見るとシャンパンが氷で冷やされていた。


「やっ君」


美緒が俺の顔をうかがった。


「遠慮なく頂こう。シャンパンで乾杯だ」


「ちょっと待ったぁ! 私等を差し置いて乾杯らぁ? 酷くないかぁ? 恋のキューピット様の到着らぁ!!」


ろれつが回ってないが聞き覚えのある声がした。

声というより叫び声に近かった。

見ると数人の女の子たちの先頭に島中さんが通勤に使っているBMXを押しながら向ってきた。


「もう、島たら。夜勤明けにビールなんか飲みながら歩くから」


「飲むぞ! そこら辺に置いて宴会の始まりらぁ」


よく見ると皆、病院で見覚えのある看護婦さんだった。

大きなクーラーBOXを置いて大きなシートを広げ出した。


「まるでお花見かなんかみたいだな」


「本当だね、でも何で南病棟以外の看護婦さん達が来てくれるの?」


「さぁな」


「やっ君。まだ、何か隠してるでしょ」


俺が惚けると美緒が俺の顔を怪訝そうな顔をして見ていた。


「いつも、八雲さんには美味しいケーキやサーターアンダギーを頂いてるから、そのお礼に伺ったんです」


看護婦の1人が申し訳なさそうに答えた。


「美緒が怖い顔するから困ってるだろ。それにあれは試作品だからね、気にしないで良いのに」


「もしかして、商店街の?」


「そうだよ。看護婦さんは舌が肥えてるからな、試食してもらうのにちょうど良いかなって思ってな」


「もう、何も言えないじゃん。でもずるい、美緒も食べたかったのに」


美緒が頬を膨らませて拗ねていた。


「そんなに拗ねてると、機嫌が治る注射でも先生にしてもらうぞ」


「そんな注射無いもん」


「隆志、この人。病院の先生なのか? 俺、注射は嫌いだ」


隆也が高柳先生の顔を伺いながら聞いてくる。

注射と聞いて美空と七海は朋美の後ろに隠れてしまった。


「ははは、注射は嫌いか。でも先生よりそこの看護婦さん達の方が注射は上手だぞ」


「ええ、この酔っ払いが看護婦さんなのか?」


「子どもは正直だな。ね、島中さん」


「もう、島の所為でイメージがた落ちだよ」


「高柳先生まで。私の所為なのかぁ? 看護婦が酔っ払ってないが悪い!」


「少し静かにしようよ。島、恥ずかしいよ」



あまりにも島中さんのテンションが上がりすぎて周りの看護婦さんが困り果てていた。

島中さんと目が合うと座りかけた目で俺に何かを言いたげだった。

俺から先制攻撃をかける。


「島中さん、どうしたの?」


「うらぁ、電光石火で結婚&入籍までなんてずるいぞ。私なんてまだ……手も……」


島中さんが俺を指差しながら悔しげに言ってきた。

彼女の様子を伺いながら見えないように携帯をかける。


「おい、ヤスケ! あれ?……」


しばらくするとあいつの声が聞こえてきて間一髪入れずに島中さんに声を掛ける。


「島中さんは、誰と結婚したいの?」


「わ、私は、私は水沢明人さんと結婚したい!」


島中さんが叫んだ瞬間、携帯を島中さんの前に突き出した。

すると島中さんが不思議そうに携帯を覗き込むと携帯から声がする。


「そ、その声は? し、島中さんなの? お、俺、島中さんとならOKです」


ほんの一瞬、静寂が訪れ携帯の水沢の声を皆が認識するのに時間が掛からなかった。


「えっ? み、水沢さん? ご、ゴメンなさい変な事言っちゃって」


慌てて島中さんが俺の手から携帯を奪い取って立ち上がり、懸命に取り繕っていた。


「勝った!」


小さくガッツポーズをすると美緒が呆れて声を掛けてきた。


「本当に、やっ君って悪戯っ子だよね。子どもみたい」


「酷いなサプライズ好きと言ってくれよ」


「あんな事して大丈夫なの?」


「大丈夫、あの2人ならね」


「本当に不思議。何で判るの?」


「まぁ、あの2人はネットで仲良くしてたからな。そんな時期が長いと友達関係と一緒でリアルで会っても中々発展しないんだよ。良いタイミングじゃないのかな」


「自分の事はニブチンのくせに」


「自分の事が判れば苦労なんてしないよ。それに苦労した分、相手の事をいっぱい理解できるだろ」


そこに、すっかり酔いが醒めて素面になった島中さんが気の抜けたビールみたいになって戻ってきて。

俺に携帯を返してシートに座り込んだ。


「八雲さん、今のって……」


「もちろん! 逆プロポーズですよ。ね、島中さん」


看護婦さんの質問に即答すると皆が盛り上がる。

島中さんが慌てて否定する。


「八雲さんも皆も。違うって、あれは言葉の彩って言うか勢いでつい」


「そう? それじゃ、水沢に聞いてみようかな」


俺が冗談で携帯に手を掛けると島中さんが白状した。


「本当に、ゴメンなさい。嘘をつきました。今度ちゃんと話そうって約束しました」


「島中さんって本当に正直だよね」


「もう、島ったら。誰もそこまで聞いてないでしょ」


島中さんが真っ赤になって俯くと皆が大笑いした。



今度は反対側から声がして皆の視線が集まった。


「遅れてすまないって……俺、何かしたか?」


「本当に、あんたは間が悪いんだから」


妹の旦那の純也が仕事着の作業服のままケーキの箱を持ってうろたえていた。


「それじゃ、揃ったみたいなので始めましょう」


朋美が仕切り始める。

この場を仕切れるのは朋美くらいしか居ないだろう。

先生に頂いたシャンパンを開けて美緒と自分のコップに注ぐ。

各々が飲みたい物をコップに満たすと朋美が声を掛けた。


「それでは、我が兄と美緒ちゃんの結婚と島中さんの逆プロポーズを祝して乾杯!」


「乾杯!」


全員でグラスを掲げる、ちびっ子3人組は訳も判らないままはしゃぎまわっていた。


「それじゃ、お2人さん。これを持って」


朋美からぺティナイフを渡される。

お袋がケーキを箱から出して俺と美緒の目の前に置き嫌な予感が的中した。


「それではケーキ入刀です!」


朋美が高らかに言う。

気付くと知らない間に俺のバックからカメラが取り出されていて、妹の旦那の純也がカメラを構えてVサインをしている。

仕方なく、美緒の手をとりケーキに入刀して切り分ける。


「美味しそうなケーキだね」


「時間が無いのに作らされたんだよ。朋美に」


「えっ、このケーキってやっ君の手作りなの?」


「そうだ」


いきなり俺の前にプラスチックのフォークが突き出された。

取り分けられたケーキは、綺麗な桜色のラズベリーのクリームでデコレーションされていて中にはブルーベリーやイチゴなどの数種類のベリーがサンドされていた。


「兄貴は何をボヤボヤしているかな。兄貴が作ったんだから愛妻弁当のお返しに、逆あーんしてあげなきゃ」


完全に朋美に踊らされていた。

俺と美緒に皆の視線が突き刺さる。

なぜ弁当の事など知っているのだろうと考えながら、堪らずにフォークでケーキをすくい美緒の前に差し出した。


「ほら、兄貴。ちゃんとする」


「わ、判ったよ。美緒、あーん」


俺がそう言うと美緒が口をあけるフォークを少し前にすると美緒が美味しそうにケーキを食べた。


「美味しい。やっ君、ありがとう」


そう言って美緒が俺の頬にキスをした。

皆のボルテージが最高潮に盛り上がっていく。

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