第11話 家族
朝食後に島中さんに言われたとおり兄の哲也が迎えに来て車で店舗兼実家がある商店街に向う。
商店街の裏にある駐車場に車を止めて店に向う、美緒の実家は店で惣菜や揚げ物を作って売っていた。
商店街に入ると今までとは全く違う雰囲気になっている事に直ぐに気が付く。
朝早い時間だと言うのにお客さんがかなり歩いている。
そして聴いた事がある沖縄の音楽がBGMで流れていた。
「お兄ちゃん、これってどう言うこと?」
「店に行けば判るよ」
店は商店街の中ほどにあった。
通りを車椅子で進んでいると馴染みのお店から声を掛けられた。
「美緒ちゃんじゃないか、久しぶりだね。元気かい? しかしあんたの彼氏には驚かされたわ、大したもんだよ」
「えっ? あ、ありがとう」
戸惑いながらも美緒はお礼を言うが意味がさっぱり判らなかった。
兄に車椅子を押してもらいながら実家のお店に近づくと甘い匂いが漂ってきた。
「甘い良い匂いがする」
「ほら、着いたぞ」
父親の姿を見て美緒は驚いた。
いつもの調理の白衣ではなく頭にはサージを巻いてエイサーの衣装を着けていたからだ。
「お、お父さん、何でそんな格好をしているの?」
「変か? 美緒」
父親が表に出てきて美緒の前でくるりと一回りした。
「可笑しくはないけど、やっぱり変だよ。それに甘い匂いがする」
「午前中のサーターアンダギーを揚げてたんだよ」
「へぇ? サーターアンダギーって沖縄のドーナッツみたいなの?」
「そうだよ、島天ぷらもあるぞ、魚に烏賊に紅芋や四角豆。食べるか?」
「訳わかんないよ」
美緒が戸惑っていると通りを歩いていた地元民じゃない女の子のグループが声を掛けてきた。
「おじぃのサーターアンダギーのおじぃさんですよね。写真良いですか?」
「OKだよ、それじゃ皆で撮ろうね。哲也シャッターを頼む」
「しょうがねえなぁ」
哲也さんが女の子からデジカメを受け取りシャッターを押すと女の子が嬉しそうにショーケースの中のサーターアンダギーを指差した。
「おじぃ、これ頂戴」
「あいよ、かーちゃん。宜しく」
父親に呼ばれて裏から美緒の母親がはいつもの割烹着姿で現れた。
美緒の姿を見て母親が手際よく紙袋にサーターアンダギーを詰めて女の子に渡した。
「あら、花嫁さん。お帰り。ありがとうね」
「もう、誰か判るように説明して!」
美緒が髪の毛を手で揉みくちゃにしながら叫んだ。
すると後ろから声がした。
「八雲さんのお陰なんだよ。美緒ちゃん」
「会長さん?」
美緒が後ろを振り向くと恰幅の良いおじさんが立っていて、声の主は商店街の会長だった。
「彼がこの商店街を立て直してくれたんだ。1店1品運動って言えば良いのかな。まだ沖縄の人気は根強いでも東京で沖縄の物を手に入れようとすればあちらこちらに出向わなければならない。それなら商店街で1店舗に数品の沖縄の商品を取り扱えばどうなかな?」
「ここに来れば色んな物が手に入る」
「その通りだね。酒屋では泡盛を八百屋では沖縄特産の野菜や果物を洋品店では沖縄の衣装やかりゆしウェアーを。1つの店じゃ無理でもここは商店街だ少しずつでも揃えられればどこにも負けない品揃えが出来るよね。今は便利な時代だ、インターネットと言うものがあるパソコンさえあればいつでも好きなだけ発注が出来る。そして宣伝にも利用できる」
「でも、何でやっ君が?」
美緒の疑問に兄の哲也が会長に代わり答える。
「美緒、新しい仕事のプロジェクトの中にあったとしか聞いてないんだよ」
「お兄ちゃん、商品は直ぐに揃えられるけど、お父さんのお店は手作りだよ」
「八雲君が付きっ切りで教えてくれたんだよ。島で覚えたレシピをな。店に泊り込みまでしてくれて」
「お父さん。そんな事してるから、やっ君が倒れたんじゃ。本当に無茶ばかりして」
「彼には本当に感謝しきれないくらい感謝しているよ。この不景気で大変だったこの商店街が息を吹き返すきっかけを作ってくれたんだから」
「会長さん……」
「美緒にも心配をかけてすまなかったな。忙しくって見舞いにも行けないで」
「お父さんまで、何で教えてくれなかったの?」
「八雲さんに口止めされてたんだよ。もし美緒に言えばこのプロジェクトは無かった事にって言われてね」
「お兄ちゃん。それじゃ、やっ君は……」
「いつも、どんな時も美緒を最優先に考えて動いてた。自分の実家にもあまり帰らずね」
「私、どうしたら良いの? うぅぅ……」
美緒がボロボロと涙を流し始めると母親が店から出てきた。
「なんだい、なんだい。花嫁が泣き出して、そんなんじゃ婿さんに笑われるよ」
「お、お母さん! 私! 私……」
美緒の涙を拭きに来た母親に美緒が抱きついて大泣きした。
「しょうのない子だね。ほら涙を拭いて、泣いてばかりいると八雲さんに嫌われちゃうよ」
「うん。でも、やっ君なら嫌いにならないもん」
「あらあら、たいした自信だこと。それじゃ始めようか時間も無い事だし」
「えっ、何を始めるの?」
美緒が不思議そうな顔をしていると商店街の入り口の方から勇壮な音楽が流れだす。
音楽に合わせて太鼓の音が響き渡り20人ほどが一糸乱れず舞いだした。
「エイサーだ」
「あれは青年会の連中だよ。八雲さんとこのスタッフがエイサーの東京支部に掛け合ってくれてうちの青年会に教えてもらったんだ。今日がそのお披露目なんだよ」
商店街が沖縄一色になっていくのを感じる。
「美緒、時間は大丈夫なのか?」
「えっ?」
「初めて八雲さんに誘われているんじゃないのか?」
「うん、動物園か公園に行こうって。あっ、やっ君は今まで……」
「美緒の行きたい所には行ってくれたよな。その八雲さんから誘ってくれたんだぞ」
「ほら、哲也もグズグズしないで美緒を店の中に運びな」
「俺がグズグズしてる訳じゃないだろ」
「グダグダ言わない。婿さんに愛妻弁当でも作って持って行かないと罰が当たるだろ」
「お母さん。私、料理なんか出来ないよ」
「料理は愛情だよ。サンドイッチなら作れるだろ」
「うん! お兄ちゃん早く」
「なんだか俺の扱い酷くねぇか?」
「気にしない気にしない」
午後、俺と美緒は病院の近くの大きな公園にある噴水の近くの木陰にシートを広げて2人で噴水を見ていた。
「美緒、本当にここで良いのか?」
「うん、ここが良い。やっ君とゆっくりしたいの」
「そうなのか、やっさん」
「ぶぅ~ やっさんって何?」
美緒が頬を膨らませて俺を睨んだ。
「何で俺の事をやっ君って呼ぶんだ?」
「八雲君を詰めてやっ君じゃん」
「美緒も八雲じゃないのか? 八雲さんを詰めてやっさんだろ」
「まだ、届け出してないから美月だもん」
「これでもか?」
美緒にポケットから紙を出して渡した。
「なあにこれ? 婚姻届受理証明書って……」
「出したら不味かったかな? 早い方が良いかなと思ったんだけれど」
「良いよ、全然悪くない」
「微妙な返事だな」
「お弁当食べようよ」
美緒が恥ずかしそうにバスケットを目の前に突き出してきた。
「美緒が作ったのか?」
「うん、お母さんに手伝ってもらったけどね」
「そうかそれじゃ、頂きます」
バスケットを開けて中からサンドイッチやサラダをだして食べ始める。
美緒が心配そうな顔で俺の顔を見ていた。
「ん? どうしたんだ? 美味しいぞ、このサンドイッチ」
「何でもっと早くに言わないかなぁ」
「美緒が作ってくれたんだ味わって食べないともったいないだろ」
「えへへ、嬉しいな。あれ? これなんだろう」
バスケットの中に小さな茶色い紙袋が入っていた。
「どれ。おお、島天ぷらだ。キングフィレかな」
紙袋からフリッターみたいな魚の天ぷらを取り出して口に放り込んだ。
「ん、美味い。流石、美緒の親父さんだ」
「もう、自分で教えたくせに」
「なんだ、知っていたのか。黙っていてゴメンな」
「もう、隠し事は無いよね。その、た、隆志君」
「やっ君で良いよ」
「嫌だ、ちゃんと名前で呼ぶもん」
「美緒の好きな方で呼べばいいさ。ふぁ~」
心地よい風と木漏れ日の下でお腹もいっぱいになり眠くなり伸びをしながらあくびをした。
「やっ君、少し横になったら」
「そうだな、それじゃ少しだけ」
バスケットの中に容器を入れてシートの上を片付けて横になろうとすると美緒が自分の膝を叩いた。
「ほら、膝枕してあげるから」
「悪いな」
美緒の膝に頭をおいて横になると美緒が顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「何で商店街やお店の事、黙っていたの?」
「こんな言い方は変かもしれないけれど、ついでだったからだよ」
「ついで?」
「東京に来たのは美緒に会うためだからな」
「嘘つき、本当は来月の予定だったんでしょ」
「何でもお見通しだな」
「凄いサポーターが私には付いてるからね」
「でも、美緒に会いに来たのは本当だろ」
「ありがとう。でも仕事もなんでしょ」
「急に決まったって言ったじゃないか」
「それじゃ、東京に来てから仕事始めたの? まだ1週間くらいしか経ってないのに、何でそんな無茶をするの?」
「仕事先が前例となるモデルケースを探していたんだよ。ネットを使って沖縄を宣伝をし東京の商店街と沖縄を繋いで商店街も沖縄も盛り上げるという企画でね」
「どうしてうちの商店街を選んだの?」
「まだ、出来たての新しい会社で失敗する訳には行かない一大企画だったんだよ。それでかな、規模や場所柄を考えると最適だったんだ。俺もフルで動けるからな」
「お父さんのお店があるからじゃないんだ」
「そう言ったほうが良かったか?」
「そうじゃないけれど、今はどこの商店街でも大変でしょ」
「縁だよ、出会いは奇跡なんだよ」
「ありがとう。ちゃんとやっ君の家族も紹介してね」
「そうだな」
美緒が顔を近づけて優しくキスをしてきた。
心地よい風が頬をすり抜け俺は直ぐに眠りに落ちた。
「こんなに疲れているのに、馬鹿。本当に大馬鹿だよ、でも大好きだよ。ありがとう」
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