第11話


静まり返った店内に、ハッと少女の小さな息づかいが響いた。


「・・・・に、逃げるんですか?わたしと、貴方で・・・・?どこに・・・・」



汗ばむ手をぎゅっと握りしめ、絞るように出された声音が、それでもなお美しく静寂を切り裂く。


じとりと額を伝う汗を感じながら、グッドナイトも続けて口を開いた。



「ユキの言う通りだ。政府から逃げるなんて、そう容易いことではない。ここまで来るのだって、どれだけ苦労したか!」


それでは、とメロウは人差し指をカウンターに強く置いた。

トン!と木の音が響く。


「このままここで、政府の軍が来るのをおとなしく待つのですか?今までの苦労を水の泡にし、彼女は政府の道具にされる。西の大地の軍備は強化され、他の大地へ侵攻。その戦禍により、民は明日をも生きられぬ脅威に晒される!」



あまりの剣幕に、ユキもグッドナイトも背筋が強張る。


メロウの表情は、二人の様子にとても焦りを感じているようだった。



「・・・・それならば、どうやってここから逃げると言うんだ?」


彼の気迫に圧倒されないよう、グッドナイトは語気を強める。




「これでもわたしは探偵です。ひとまずの首尾は整えてあります」




彼がそう言い終えるのとほぼ同時に、店の戸が開いた。

カランコロン、と扉から下がったベルが鳴る。



「店ん中が辛気臭いじゃないの、まったく。表の看板、クローズにしてきてやったわよ」


そう話しながら入ってきたのは、少し背の高い中年の女性だ。

頬で切り揃えられた焦げ茶色の髪に、煌びやかに赤く光るタイトなワンピースドレス。

手にした派手な扇子を口元に当てている。


「エイミー!」


グッドナイトは声を荒げた。


エイミー、と呼ばれた彼女はメロウをちらりと横目に見ると、ふんと鼻を鳴らす。



「ちょっと、まだ何にも話してないわけ?サイモンってばホロも解いたままだし。危機感全然無いのねぇ?」


クスクスと笑いながら、グッドナイトの前に立つと閉じた扇子の先で彼の額を小突いた。



グッドナイトは慌てて腕時計に手をかけるが、はたとエイミーを見上げた。その目は、絵に描いたように丸くなっている。


「ど、どういう事だ?エイミー、君はこの青年を知ってるのか?」


その言葉に、エイミーとメロウは目を合わせる。


「ちょっともう!」


メロウの顔が気に食わないといった様子で大きく溜息をつきながら、つかつかと高いヒールを鳴らしつつカウンターへ入っていく。



エイミーは呆気に取られているユキの両肩に手を置き、くるりと彼女の体を捻った。



「ひとまず、奥で話すわよ」


そう言うと、ユキを軽く押しながら細い木の戸を開け、中へと進んでいく。

スーツケースを持ち、そんなエイミーの後をメロウもゆっくりと追った。

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