第119話 用水路は深い所で20cm

べるでは畑の一本杉脇にあるベンチに腰を掛けていた。

木陰にはさわやかな風が通り髪の毛をふわふわと揺らしている。


「・・・ヒマなのデス・・・」


散弾の細かい粒が小さいヒヨドリに入ると、羽を毟るときに皮が破けやすかったり食べる前に粒を抜くのが面倒臭いって事らしい。

なので、今日は散弾でヒヨを落とすのは止めることになった。

弾代が高くつくと言うのも、、、、ほんの細やかな理由ではある。多分・・・


「お茶の準備デスね」


七輪をストレージから取り出して丸めた紙くずに火を点けて底に入れた。

その上に林の中で拾った鉛筆位の小枝を一掴み入れた後、小さめの楢炭を3つ乗せた。

めらめらと紙が燃えて小枝から煙が出る。

暫くすると小枝から炎が立ち上る。七輪の空気口を閉じてゆっくりと火を回す。

小枝が燃え尽きる頃には炭の角が小さく赤く火が移っていた。


半時程すると3つ乗せた炭の内側は赤々と火が回った。

炭を火ばさみでひっくり返し、水の入ったヤカンを七輪に乗せて、、、暫くするとお湯が沸く。

蓋を開けて炒り番茶を一掴み入れると、また一煮立ちさせる。一煮立ちさせると苦みが出るとも言われるが、またそれも味である。

そしてグラグラと沸いているヤカンを火から下ろし、あぜ道の横に通っている用水路にヤカンを漬け置いて冷ます。

突然に温くなった水に驚いたヤゴがわらわらと逃げ出していく、その後ろをタニシがのそり、のそりと冷たい水を求めて移動していく。

その様子を暫し眺めた後、べるでは呟く・・・


「戻って来ませんデスね・・・お腹が空いたデス」


べるではクッキーを一枚取り出してサクっと一口、柔らかな甘みが口の中に広がって消えていく、もう一枚・・・と、つまみ食い。

手についた破片をパンパンと用水路に落とすと小魚が何処からともなく集まってきて啄み出す。

それを見たべるではクッキーを一欠片、指で潰して用水路に落とし出した。

午後の日差しに小魚がキラキラとふためき、大きめの欠片を取り合っているのかキラキラの集団が右往左往している。


「ふふっ、メダカの学校の運動会デス」


欠片が無くなるとまた一枚、ちょっと残して撒いてやる。


「おまったせっ、なに楽しそうな事やってんのっよっと?」


小走りで戻ってきたアンは一等賞とばかりに跳ねて、両足でべるでの脇に着地すると用水路を覗き込んだが、足音で既に小魚は水路脇の草陰に消えていた。

散った小魚を残念そうに見ていたべるでは一寸だけムッとした表情で言う。


「お魚サンが群れて居たのデスが、ザツな足音で逃げてしまいまシタ」


「雑って何よっ、雑って・・・・・あ~そう言う事ね、悪いことしたわっ」


水面をのぞき込んだアンは一言謝ると、べるでの手からクッキーを一枚取ると砕いて水面にぶわーっと撒いた。


「ほーら、寄っといでっ寄っといで 美味しいわよっ っとっ」


「撒き過ぎだ、撒き過ぎ」


やっと追いついた八尾が後ろから軽くチョップを入れた。


「痛っ」


「雑なのデスよ」


浅い水底にはクッキーの欠片が沈んでいくのが見える。

暫くじっと水面を眺めていると餌につられた小魚が再び顔をのぞかせる。


「お、寄ってきた寄ってきた、タナゴかな?」


と八尾はストレージから渓流竿を出すと穂先から1m位を抜いて道糸と小さな針だけのシンプルな仕掛けを用意した。

そしてマルキユーのハヤネリチューブを針先で擦るように一寸だけ付けて、そーっと群れの外れに垂らした。

水面から落ちてきた針に一端距離を取った小魚達はしばらくすると餌に寄ってきて餌を咥える。


つっ、っと軽く竿を上げると鰓元が婚姻色で赤味を帯びたタナゴがピラピラと抜き上がった。

小さな針のチモトを持って針を逆さまにしてバケツに魚を落とす。


べるではバケツの中を興味深そうに覗いていたが、八尾から竿を渡されると同じように針先に餌をつけて水面に垂らし始めた。


もう一本、竿を出そうと八尾が準備を始めようとして水面を見ると草陰に赤い物を見つけた。

たこ糸を出してスルメに結びつける。そして先ほど竿先を外した渓流竿の先に結びつけた。

スルメをそーっと落とし込もうとした所でアンに竿を奪われた。


アンがチャポンとスルメを落とし込む。赤い何かがスルメに寄ってくる、アンはそーっと竿をあげた。

かなりの大物である。 新しいバケツに入れるとザリガニはハサミを振り上げて怒り狂う。

竿を奪われた八尾は悔しそうに、それでも落ちてた篠竹で新しい仕掛けをもう一組作ると勝負だとアンに視線を送る。

アンも負けないわよと鼻息を荒く、二人は左右に散っていった。

べるでは残された事も気が付かず、ただただ黙々と小魚を釣っていた。


・・・


「でっ?コイツら、どーすんのよっ?」


「ず、随分と採れたましたデスね・・・」


べるでが少々引きつった顔をしつつ覗いたバケツの中には底が見えないほどのザリガニ、もう一つのバケツにはいつの間にか付けられたブクブクの泡に翻弄される小魚たち。


「茹でて食う」


「食べちゃうんデスか!?」


「意外と旨いんだよ?食べる所が少ないんだけどね」


「ではお魚さんたちはこのままリリースするデスか?」


「こっちは甘露煮か素焼きにしようか?」


「食べちゃうんデスか!?」


「わりと旨いんだよ?」


・・・


帰り道に小料理屋に寄り、ヒヨドリを丸のまま納品した。卸値は安くなるものの獲物が少ないから処理してから持ち込む手間を省きたかった。


「あんちゃんよぉ~、こっちのエビは買い取りで良いかい?」


ザリガニは意外と良い値が付いた。茹でたり油で炒めたり、潰してスープにしたりと料理の幅が大きいそうだ。

小魚は網を張って捕れば佃煮にするほど採れるって事で値は付かなかった。残念


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