第115話 御食事処 救世主
身軽になったスタン爺さんは裏の路地をひょいと抜けて行く。
続いて八尾は担いだ荷物をぶつけつつ、ヨタヨタとついて行く。
その後ろをアンとべるでがぴょこぴょこついて行く。
3人は迷宮のような路地を提灯の灯りを頼りに右へ左へ左へ右へとスタン爺さんに続いて歩く、歩く、歩く。
「もうさっぱり何処に居るのか判らないわっ。
ねーねー どーこーまーでーいーくーのーよーっ」
「もうちょいじゃ、もうちょい」
八尾の荷物越しにスタン爺さんの声は遠い、八尾の前に出ようとも狭い路地では荷物が邪魔だ。
アンは後ろでぴょんぴょんと跳ねてたら八尾が急に立ち止まったので荷物に顔から突っ込んでしまった。
「ほれ、此処にその道具を放り込んじまっちょくれ」
と、スタン爺さんは長屋の引き戸をガラリと開けた。
小汚く埃だらけで空き家っぽい長屋の中は荷物で混然としていた。
「ほれ、とっとと放っちまえ。そうそう、その辺で構わんじゃろ。おや?アン?何しゃがみこんじょるんじゃ?立てん程に腹が減ったか? ほれ、飯屋もすぐそこじゃぞ?ヒャッヒャッヒャツ」
「ーっ痛っー い、痛いじゃないのよっ この馬鹿タケルっ、いきなり止まるんじゃ無いわよっ
・・・でご飯屋さんは何処なのっ?何処?どの辺りなのっ?」
スタン爺さんはやれやれと言った様子で先を指差し
「ほれほれ、慌てんでも直ぐそこじゃ、この先を右に曲がったとこじゃ」
と、言うが早いかアンは痛みも忘れて路地をパタパタと駆けて行った。
八尾達も急ぎ足でその後を追って行く。
「ヤレヤレ、戸ぐらい閉めていかんと駄目じゃろ?
全く最近の若けぇ奴は、、ヒャッヒャッヒャツ」
・・・
角を曲がるとアンが呆然と立って居た。
アンの視線の先を見ると灯の入ってない破れた行灯には営業中と書かれているが、破れた障子の扉は中は薄暗く開いて居るのか潰れて居るのか・・・
暖簾にはデカデカと「御食事処 救世主」と書かれて居る。
「あ、開いてるの? ホントに此処か?」
「さ、さぁっ?開いてるのかしらっ?」
「コ、コレは一見サンが入るには難易度高いデス」
「なんじゃぃ、未だ入っておらんのか?ほれほれ、とっとと入った入った」
とスタン爺さんに急かされて戸を開けると中は意外と奥行きがあった。
奥行きがあると言うか、細長いと言うか鰻の寝床と言う奴であろうか・・・
手前側は細く壁際にあるカウンターと通路だけ。奥は暗くて良く見えない。
カウンターはぎっしりと詰まり、赤ら顔で酒を呑んでいる人たちばかりである。
「ほれほれ、奥じゃもっと奥。ほれほれ、ビビっとらんで奥へ行かんか。ヒャッヒャッ」
「お、奥? 奥ってどこまで行けば良いのよっ?」
と薄暗い中、所々に置かれた行燈を頼りに進んで行く。
と言っても20メートルも無い位だが。
「おぅ、爺ぃ、遅ぇじゃねぇか、おぅ?なんでぃヤオも居るじゃねぇか?
丁度い・・・。ほら、上がれ上がれ」
と突然近さんが横の座敷から声を掛けて来た。
「あらっ?ここだけ座敷?横が広いのねっ?」
「おうよ、此処だけな。 お〜ぅ、ねぇちゃん、酒と肴追加3人前な〜」
「はいよぉ〜」
と何処からともなく返事が返って来た。
「まぁなんだ、とっとと上がれ上がれ、そこにいっと周りの邪魔にならぁな」
八尾達が座敷に上がって見ると、丁度6畳位だろうか、奥におぶ・・近さん、田之倉、それと見知らぬ女性と・・・で宴会が始まっていた。
「はーぃチョットごめんなさいね。はい追加3人前ね」
と3段に重ねられたお膳が運ばれて来る。
「では、ハンター試験の無事終了を祝いまして、お・・近殿から一言」
と、田之倉に被せて
「おぅっ、おつ。 乾杯 」
と言うが早いか、お・・近さんは手に持った酒をぐいっと一呑みにした。
八尾達もそのまま杯を干した。
喉越しにふわっと果物のような香りが漂ったあと、喉から胃からグルグル、キューっとアルコールが廻る。
「おぅーっ、良い酒だ。五臓六腑に染み渡るぜぃ」
「全く、この最初の一杯はたまりませんな、おぶ・・近殿」
「あんた達、さっきっから何杯目の最初よ」
「うるせーな、堅てぇ事言うなよ。おめぇだってさっき徳利そのまま呑んでたじゃねぇか、このウワバミおりょう」
「おぶ・・近さんの奢りですからねー、何時も面倒な仕事ばかり押し付けてるんだから、今日はとことんのトンまで呑んでやるー」
どこかで聴いたような声で思い出した。着飾ってたから気が付かなかったけど、この女性って・・
「あーっ、今気がついたっ! お蕎麦屋のお姉さんっ!!」
「あたーりー って気がついてなかったのー?やだー あたしは当たり屋のおりょう。そう言えば名乗って無かったわね」
「全くもぉー気がつかなかったのー?ウワバミのおりょうよー。総入れ歯には未だなってないわよー」
「おぶ・・近さん、それキモイ 変に真似ないでよ」
おりょうはジト目で近さんを睨む。
睨まれて居心地の悪い近さんは手元の酒をぐっと煽る。
酒が回ると陽気になって話しも弾む。
「この先付けのキンピラ美味しいデス」
べるでは幸せそうにキンピラをちみちみ食べる。
「おうおう、それでな、おめぇらの試験結果だがよ、受かってたぜぃ あ、それな里芋のキンピラな。ほれ、良かったらおいらのもやるぜ」
「えーっ、合格発表って数日後でしょっ?」
「ありがとうございマス。遠慮無く頂きマス」
「さっきまで奉行所で採点してたんだから間違いねぇって
ほれ、この通り免状も書いちまったぜぇ」
「ん、ゴホン、あー書いたのは拙者であるがな」
「で、おまえらちょっとソコに座れ」
「座れもなにも座ってるわよっ?」
「グダグダ言うねぇ、3人並んで正座だ正座」
3人は何事かと思いつつも足を正す。
「まずはアンおめぇだ、狩猟者登録をしねぇで鳥獣捕って良いか?」
「ぶーっ、ダメっ 違反よ」
「じゃ次、べるで 狩猟期間以外に狩猟したらどーよ」
「駄目デス」
「だよなぁ、つぎヤオっ 有害駆除対象外の獲物を捕ったらどーよ」
「だめ」
「おぅ、流石に判ってるじゃねぇか、でな、先日こっからゴルノへ向かう川っぺりでよぉ カモ撃った不心得者が居るって噂がへぇったんだが、おまいさん方、心当たりはねぇかなぁ」
近さんはじろりと睨みを利かせてゆっくりと言った。
ギクリとした。冷や汗がどっと出る。
そう言えばべるでに銃を渡してカモを撃った。
横を見るとべるでは青い顔をして俯いている。
アンは暫く考えていたが、思い出してはっとした表情を見せてべるでに耳打ちする。
「アレでしょっ?、良いから『ピリッ』としちゃいなさいよ」
「その事なのデスが、出来なくなっちゃいまシタ」
「何でよ?どうしてよっ?理由は?」
「原因不明デス」
「おぅ、何ゴニョゴニョ言ってるんでい、神妙にしやがれぃ。
おぅ、この近さんの桜吹雪を見忘れたとは言わせ・・・」
「ええっやだ彫り物なんかしてるのっ?って何?その紫色っ」
「あらやだ、近さんったら 今月から枝垂れ藤に描き変えたんしゃない」
「おぅ、この近さんの枝垂れ藤を・・・」
「初見よっ初見っ。と言うか彫り物じゃ無くて塗り物なのっ?
きれいに描けてるわねっ」
「あたぼうよ、親から貰ったこの体、そう簡単に墨なんぞ入れられるけぃ。
・・・そう言えば見せて無かったな、すげぇだろ」
「あたしが描いたのよ。あ・た・し・が」
「綺麗デス」
「って、この近さんをはぐらかそうったって、そうは行かねぇぞ」
「やぁねぇっ、人聞きの悪いっ しーらーなーいーわよっ わたしはっ」
アンは畳の縁に視線をずらして言った。
「等と、容疑者は意味不明な言動を繰り返し・・・ってシラぁ切るんじゃねぇぞ、この近山桜が・・・」
「いやさっき枝垂れ藤に変えたって・・・」
「五月蠅ぇ ヤオっ おめぇのやった事なんざぁすっかりお見通しよぉ」
「見たのはあたしだけどねー ごめんねーヤオ君 これも仕事だ仕方ないさねー」
と、おりょうは事も無げに手をひらひらとさせながらグビグビと酒を煽りつつ言った。
「この通り生き証人もちゃんと居るぜぇ」
「たっタケルっ あんたが勧めてべるでが撃っちゃったのバレてるっ如何するのよっ 生き証人まで居るわよっ
生き証人・・・あっ、確か、ほら死人に口なしとか言う諺がっ・・」
「おぅおぅ、物騒な事を言ってんじゃねぇぞ でな、物は相談って言うじゃねぇか
一つ頼まれ事をやって貰いてぇんだがな、そうすればこの件は水に流してやっても良いんだがな」
「あらしー水よりおひゃけが良いなー、あろ一升も呑めばー忘れちゃうわよー」
「ほらタケルっ、スピリタス、スピリタスっ まどろっこしいから静注で一気っ」
「それ死んじゃうって 点滴でも死んじゃうって」
「キンピラ美味しいデス」
「てめぇら、俺の話を聞けーっ! ほれ、べるで、八尾のキンピラも、喰っちまえ」
「女将さーん、冷で一升瓶ちょーらーい」
「ではたけるサン頂きマス」
「じゃ、じゃぁ ちょっと薄めて直腸ダイレクトっ」
「死ぬ、それも死んじゃうから あ、べるでちょっと待って、俺も一口喰いたい」
「オネェサマ、ハードプレイすぎマス せめてフォアグラガチョウのようにデスね・・
ハイ、たけるサン、あーん」
「おめぇら、俺の話を聞けって 5分だけでも良いから」
「はいよ、冷や酒おまち」
「ほりゃ、ヤオ君、イチャイチャしれないれにょめー」
後ろ髪を引っ張られて顔が上を向いた所で一升瓶を突っ込まれた。
「おりょう殿、無茶はいかん」
と、田之倉が一升瓶に手を出すと酒瓶が回って余計に流れ落ちて行く。
ガボガボ・・ブホッ・・・
「やーねー、きちゃなーい。おぶぎょーも、ほりゃにょめー」
「よせおりょうっ、髷が乱れ・・」
「おりょう殿、無茶は・・・」
ガボガボガボガボ・・・
「やらー、おしゃけがもうないー。
お・か・み・しゃーん、もう一本ちゅいかー」
「オネェサマのキンピラも頂いちゃいマス」
・・・・・
シュレッダーダストのような記憶を手繰り寄せて紡ぎ合わせると、恐らく、多分、どうやら・・・駆除隊に入らされたようだった。
どうやって宿にたどり着いたかの記憶も無いが、アンの枕元に狩猟免許と駆除隊の書類が一式置かれていた。
「でっ?もうゴルノに帰っちゃって良いのかしらっ?」
「里芋のキンピラが美味しかったデス」
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