第111話 その鶏、凶暴につき

早めの昼ご飯を食べた一行は一路卵拾い牧場へと向かった。

と言っても目と鼻の先である。


アンは出店で焼き鳥やら団子やら色々と買っているので中々前に進まない。

八尾たちは、たびたび振り返ってはアンを急かす。


「全く良く喰うなぁ・・・太るぞ?」


と、八尾はアンの脇腹を指で突つく。


「何よっ失礼ねっ、これはストレージに入れて後のお楽しみ用よっ。

あっ、おばちゃん、味噌おでん頂戴っ」


アンは手慣れた手つきで、鞄に仕舞うようにストレージに落とし込んで行く。


「コンニャクならカロリー無いから平気よねっ?」


辺りをキョロキョロと見回した後、味噌おでんを左手に持ってホクホクとしていると殺気を感じた。


「あげないわよっ、この泥棒っ」


後ろからの鋭い爪を左手を下げて避けながら、右手で尾羽を掴んで地面に投げつけた。

皆が”泥棒”との大声に振り返ると猛禽類がアンの足元で目を回していた。


べるではすっと横にしゃがみこんで鳥を介抱する。


「かわいそうデス・・・あら?この尾羽・・・」

掴まれて抜けた尾羽を指でクルクルと回して何かボーッと考え事をしているようだ・・・


「ちょ、ちょっと、べるで、何抜いてんの!?」


「つ、つい、矢羽根に良いなと・・・気がついたら間引いていまシタ」

尾羽を触っているうちに具合の良さそうな羽を何本も抜いてしまっていた。

手には10本近くの羽が握られている


「構うこと無いわよっ、じゃんじゃん引っこ抜いて懲らしめればいいのよっ、でタケルっ、こいつは何よ?」


「えー? 鷹だか鷲だか、トンビだか・・・尾羽で判るらしいんだけどさぁ」

と八尾は疎らになった尾羽を見ながら言う。


「そう言えば、トビに注意って看板が有ったわねっ、

雀荘でも有るのかと思ったら、トじゃ無くて、鳥のビの方だったのねっ」


トンビは尾羽を毟られた痛みで正気になったのか、二三歩助走をつけると大きく羽ばたき、ピャーと一鳴きすると空に帰って行った。

尾羽が間引かれて微妙に旋回しにくそうな感じであった。


・・・


「あんた達大丈夫?怪我無かった?・・・そう、良かったわねぇ。

見てたわよ〜、全部。これであのピーヒョロも懲りて悪さしないでしょう。いい気味よね〜

ほら、ピーヒョロ消えたからウチの鶏も安心して餌をつついてるわ」

「ほいよ、お前さん方、入場券、半券が卵の引換券になってるから失くさないようにな。

良い物見せてもらったからな、全員サービス券つけてやろう。

後でお茶でも飲んで行くが良いや。」


卵拾い牧場の受付に行くと、アンは受付の夫婦に熱烈な歓迎を受けた。


「わーっありがとうございますぅ〜。きゃ〜、卵5割増しだってぇ〜 おじいさんありがとう〜」


「さー、卵狩りよー、新鮮な卵でプリンよー」


と、黄色い声と共に牧場に散って行った。


・・・


「ほっほっほ、お前さん達はハンターの卵だったのか。

そうだな、こっちじゃカラスもトビも飛び抜けた悪さはしてないな。

縄張り争いだかで、カラスもトビを追い回してるようだしね。

そりゃ、たまにトビが鶏襲ったり、カラスがヒヨコを喰っちまったりする位かな、でもね、やつらはそれ以上に鼠やらを喰うからな

もちろん、ウチの鶏も簡単には喰われんよ、雄鶏は凶暴だからな。

今ここじゃ一番の心配はイタチだよ、奴等が小屋に入っちまうと皆殺しにされちまうからな

うっかりしてると喰うわけでもないのに、手当たり次第10、20羽と殺されちまうんだよな。

この間も戸板に血がべったり付いていてさ、イタチが出たって大騒ぎだったよ・・・」


八尾は受付でお茶を貰っておじさんから話しを聞いていた。

時折、何故か照れ臭そうに喋っていた。

外からは何やら叫び声や悲鳴まで聞こえて来るが、そっちも楽しそうな感じである。


・・・


「きゃーこっち来たー」


「ケーーーッ」


「なんのっ、マジックシールドーっ」


カカカカカッ


鋭い爪で強烈な蹴りが繰り出され、アンの構えた板越しに伝わってきた。

白い羽に赤いトサカ、眼光鋭い雄鶏である。


「なるほどデス、この鍋蓋のような物はこの為にあったんデスね。」


「今のウチに卵を狩るわよー」


「バレッタが・・・何で・・・狩りって言ってたのか・・・判った・・わよっ、うりゃっ」


「ケーーーッ」


「オネェサマがぴよぴよを追いかけ回すからじゃ無いデスか?」


「ぴよぴよとか・・・モフモフはっ・・・触れ合うことが正義なのよっ・・・えいっ」


「コケーーーッ」


「あ〜、アン〜、二羽目も行ったわよぉ〜」


「連携プレーとはやるわねっ。でも私に隙は無いわよっ おりゃっ」


「塚原卜伝のようデス・・・」


・・・


漬物をボリボリと齧っていると、受付のおじさんは話を突然止めて目を見開いた。

その様子に何事かと八尾も振り向くと傷だらけのアンが居た。


「なんだ?アン・・・ボロボロじゃないか?」


「あらあら、盾で防げなかったの?こっちいらっしゃい、そのままじゃばい菌が入っちゃうわよ。そこの井戸でよく洗ってらっしゃい。

洗い終わったらこっちで消毒するからね。」


「まさか、3羽目に雌鳥まで参戦して来るとは思わなかったわよっ」


アンの肘や手は血まみれでみみず腫れだらけだった。

なるほど、これならカラスとかとも渡り合える・・・のか?と八尾は思う。


「でもおかげで大漁よー、ほらほらー」


バレッタ達はカゴを持ち上げて山盛りの卵を見せあっている。

裏の井戸端でアンが傷が沁みると叫んでいるが、一緒に付いて行ったおばさんにゴシゴシと洗われているようだ。


「破傷風にでもなったら大事だからな、実は昔な、近所の子供がザリガニに挟まれた所から破傷風になってなぁ・・・」


「えぇぇ大丈夫だったんですか?」


「そん時は・・な、翌週位にブルブルと慄えて始めてなぁ、そっからあっさりポックリだ

高々ひっかき傷と舐めてると大事になるからな。気ぃつけないとな」


そんな話をしているうちに水を滴らせたアンが戻ってきた。


「う〜っ、沁みたっ、タケルっタオルっ、あとオキシドールだして、オキシドール

おばさんったら焼酎を吹きかけようとするんだものっ。断ったらそのまま呑んじゃって浸みるって言ってたけど大丈夫かしらっ

うおっ、これっ余計に沁みるわっ いたたたたっ」


「おぃっ、真っ昼間っから一人だけズルいじゃないか」

おじさんは奥に向かって叫ぶ。


「ねぇっ、おじさんっ、表にふん縛って転がしてある二羽、飼いたいんだけど買い取り出来るかしらっ?」


「なに?おぉお前さん何か?アレを捕まえたか?、買いたいって?値段は重さになるが?

おぉそうか、おーい、そこの軒に置いてる二羽、お持ち帰りするってよ」


ふふっ、ゴルノ村ぴよぴよ増強計画も完璧だわっ・・・

あの鶏、連携もバッチリだったから良い番になるわっ・・・


「じゃぁね、此処に吊るっとくから、帰りがけに忘れずにね~」


・・・


「・・・・っ」


「・・・・」


八尾たちが籾殻を詰めた箱に卵を入れて外に出ると、すっかり羽を毟られた2羽分の丸鶏が軒先に吊るしてあった。

それをみな呆然と見つめていた。


・・・


「アン・・・生きたままって言ってもう2羽買うか?」


背負子の外側に吊るされてブラブラとする鶏肉を見ながら、アンはまだ呆けた顔でとぼとぼと歩いている。


「オネェサマ・・・・」

べるでが重い口をやっと開いて、牧場と鶏肉を指差して言った。


「生簀と活造り・・・デス」


「うっ、うっ・・うるさいわねっ! 判ってるわよっ、そんな事っ

タケルっ、今日は水炊きと唐揚げよっ これは譲れないわよっ決定事項よっ」

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