第110話 南牧場特製凸型鉄板焼


「きゃー田之倉さん、ごちそうさまですぅ」


「遠慮することはないわよっ、タケルの貸出代レンタル料よっ」


食堂に入るとみんな好き勝手に集りだした。


「アン殿、ここは一つお手柔らかに頼むぞ。

やれやれ、ヤオ殿のトイチは高くついたのぉ」


しかし、若い娘にせがまれた田之倉もまんざらではない。


食堂は牛小屋から放牧場を挟んで鶏小屋側にある。

目の前には羊が群れていてのんびりと草を食んでいる。

鶏も気ままに虫か何かついばんでいる。


「これよねっ、牧場で羊を見ながらジンギスカンっ もうホント、テッパンな選択ねっ」


アンは熱くなった鉄板に脂身を置き、野菜を乗せた後、上に被せるように肉を乗せて行く。

溶け出した油に野菜の水気が触れてジュウジユウと音を立てる。


「じんぎすかん?って?この羊の凸型鉄板焼きの事?」


「そ、そうそう、バレッタ。これは南牧場特製凸型鉄板焼セットだったわねっ。」


 新鮮な肉は厚切りで、いろいろな部位が盛りだくさんに盛られていた。野菜も牧場の側で取れたものが皿に山盛りだ。


「これ・・・あそこで歩いていた羊デスよね?、あのモフモフを食べちゃうんデスか? ここで?」


べるでは、外のモコモコな群れと肉の山を横目で見比べながら居心地が悪そうに言う。


「そうよっ?

確かにこれだけ山盛り肉だとイメージしちゃうわよねっ・・・

でもタケルが食べてる親子丼だってそこにいる鶏じゃないっ。

あんたの剥いているゆで卵だって、ぴよぴよの素よっ?

河原で釣った魚焼いたり、稲刈りでおにぎり食べるのとなにが違うのよっ?

ほらっ、グダグダ言ってないでっ、あーん」


アンはジンギスカンにあるまじきラムチャップをべるでの口に突っ込んだ。


「もがっ、ううっ、羊さん・・・美味しいデス」


「美味しく食べるのが肉になった羊さんへの一番の供養よっ

ほらっタケルは野菜も食べなさいよっ、残すんじゃないわよっ?」


「むう、アンどのはその年で拙者のババ様と同じ事を言いおるのだな。意外と年寄りくさ・・・」


「たーのーくーらーさーまっ? ニンジンを避けられてる様ではありませぬかっ?」


「ややっ、いやいやいや、アン殿、これは失言じゃった失言、勘弁じゃ勘弁」


「えぇ~?田之倉様、ニンジンお嫌いなんですかぁ~」


「ニンジンを食べるとな、拙者の愛馬がおやつを食べられたと機嫌が悪くなるのでな、いやいや、嫌いな訳では無いぞ」


「アハハ、母さんの好きそうな話題ね。あ、ここのプリン、高いけど美味しいらしいのよね。」


「そう言えば・・、スタンのおじい様も最近西門によく来るわよね~」


「全く口は災いのもとじゃな、おーい、おねぇさん、プリン追加じゃ」


・・・


これでもかと頼んだ食材をすっかりと平らげた一行は、会計待ちをしていた。


「田之倉様ぁ、ご馳走様でしたぁ。美味しかったですぅ」


「いやいや、なんのなんの、今回は色々と知恵を出して貰ったのでな」


田之倉は伝票の長さを横目で見つつ、気付かれ無いように懐の財布の重さを確認しつつ言った。


「プリン・・・美味しかったーっ、あれ作れないかしら?」


アンは八尾とべるでを見ながら言う。


「確か・・・卵をよく溶いて裏漉しして・・・」


「ほう?知っとるのか?博識じゃのう」


「ふんふん?、で卵を溶いて?」


「出汁で薄めて具を入れて湯煎?」


「おぉ、それじゃ、百合根は譲れないとこじゃな」


「誰が茶碗蒸しの作り方を訊いてるのよっ、馬鹿じゃ無いのっ?」


ドンっとアンは八尾に体当たりをした。

よろけた八尾はまた吊してあったハエとりリボンにくっ付いてしまった。


「まぁまぁオネェサマ、材料はともかく作り方は一緒じゃ無いデスか?

後は甘味と堅さの調整でなんとかなりそうデス」


と、べるでは八尾の頭にくっ付いた粘着物を取りながら事もなげに言った。

後でレシピの迷宮に迷い込む事になるとは思いもせず・・・


「痛たた、このハエとりリボン、粘着力有りすぎなんじゃない?」


「ホントに強力デス。

・・・ここ、取れませんから切りマスね」


ハエとりリボンと切られた八尾の黒髪を見ながらアンは


「下らない冗談言うからよっ。

・・・それにしても本当に強力ねぇ~?、これ、カラスも捕れそうじゃないっ?」


突然、田之倉はアンの肩を両手で掴んだ。


「あ、アン殿、今なんと申された?カラスも・・じゃと?、うん、そうじゃ、牛小屋にはリボンは吊るされておらん。

豚小屋にカラスが居ないのもリボンがあるからじゃと言いたいのじゃな? それじゃ、それじゃそれじゃ、流石アン殿じゃ では拙者これ にて御免」


とアンを散々揺さぶって一頻り喋ると田之倉は颯爽と外に駆けて行った。


「なによっ、もうっ、あたしまで髪の毛がボサボサじゃないのよっ・・・

・・・で?・・・田之倉さんが行っちゃって、お会計は誰が払うのっ?」


残された5人は呆然と顔を見合わせていたが、ふと我に返ったユーリーが満面の笑みで食堂のおねぇさんに言った。


「すみませーん、南町の田之倉様にツケて頂けます~ぅ?」


・・・結局

・・・八尾が建て替えるハメになった。

・・・


「さぁっ、気を取り直してピヨピヨを満喫するわよっ」


と卵拾い牧場へと向かうのであった。

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