第109話 シヤルスク南牧場

入口にはアーチがあり、看板にはでかでかとシヤルスク南牧場と書かれている。


中には牛の放牧場、豚小屋、養鶏場に卵拾い牧場等があると看板に地図が描かれている。

どうやら半分観光牧場としても経営しているようで、休憩所やら食堂やらで訪れる人も割と多そうだ。


「久しぶりー小さいころ連れて来てもらったっきりなのよねー バレッタもここ久しぶりでしょー?」


「そうね、私も小さいころだったから・・・たしかティノが牛の糞で滑ってドロドロになったのよ」


「やだーっ 足元気を付けなきゃー あ、べるちゃん、その先、大物があるー」


「危ない所でシタ。周りに気を取られては危険が危ないデス。山の中より危ないデス」


べるでは足元を見て驚愕していた。アレに足を取られて滑ったら受付を前に一日が終わってしまう・・・


「やぁねっ、べるで。浮かれているからよっ」


「オネェサマこそ、あと5センチで踏みマスよ?」


アンの足下にはまだ湯気が出てホカホカの物体が鎮座していた。


「ふ、踏んだって、す、滑らなければどうって事無いわよっ。ここはかなりドキドキのアドベンチャーランドだわねっ」


牧場で此奴らは何を言ってるんだと半ば呆れ顔で八尾は見つめる。

その視線に気がついたのかアンは八尾の足下にも無いか探したり、しきりに言い訳したり

・・・と賑やかである。


「さて、嬢ちゃん方、暫しヤオ殿をお借りしても良いかな?」

 

「良いわよっ、利子はトイチでっ、じゃぁっタケル、昼ご飯の時に食堂でねっ。

さっ、全制覇行くわよっ」


「えぇぇぇ?」


「ささ、ヤオ殿、参ろうか」


「えぇぇぇぇ~」


問答無用で貸し出された八尾は、ズルズルと田之倉に連れられて事務所に向かった。


「御免、南の田之倉と申す者じゃが、責任者は居られるかな?」


「はーいただ今、あら、田之倉様、ちょいとジャンさん。田之倉様ですよ」


と奥から小太りの中年オヤジが出てきて田之倉さんと挨拶をかわした。

名前はジャン 千一郎と言うらしい。


・・・どっちが名前だろう?さっきの女性が読んでたジャンが名前なのか?


「それでじゃな、今日はその辺りに明るい八尾と申す者と同行しあておってな、状況を見たいんじゃがよいかな?」


「はぁ、カラスにこれ以上悪戯されねば助かりますな。 では私は牛の看病をしとりますんで、マリに案内ささせますわ」


・・・


「初めまして、ヤオさんでしたっけ?マリって言います。よろしくね」


30ちょい前位だろうか?赤毛でグラマラスな女性だ。うん、グラマラスって便利な言葉だ。


「ヤオ殿、拙者は何度か来ておってな、都度何羽か仕留めとるのだが・・・暫くするとまた被害が出るんじゃ。」


「田之倉様には何度もご足労頂いてまして、本当にご迷惑をおかけし・・」


「イヤイヤ、これも拙者の不徳の致すところ、こちらこそ申し訳ない」


田之倉は言葉を遮る。周りを見ると確かにカラスは多い、短い声でカァッカァッと一羽が鳴くと数羽の群れが飛び立ち30~40m程離れていった。


彼奴きゃつらはまだ拙者の顔を覚えて居るみたいじゃな、小柄の届かん所に逃げおるわい」


なんでも小柄という小刀を投げて数羽落とした事があるらしい。


「これからの季節になるとお客様を襲ったりもするのですよ」


「あぁ繁殖期ですからね、巣の近・・」


「繁殖期・・子育て・・縄張り・・か なるほど、子育て中ならば気が荒くなって縄張り近くの人を襲う事もあるじゃろうな。

・・・と言うことは、施設のそばに巣を作らせなければ良いか・・・おぉ、流石ヤオ殿じゃ、一つ解決の目処が付きましたぞ」


「わぁ、じゃぁ来園者の方にもう文句言われなくても済むのね。やったぁ」


八尾は言い掛けた口をパクパクさせていたが、色々とあきらめた。


・・・


小径を抜けると豚舎の前に出た。

豚舎では子豚に餌をやることが出きるらしい。餌は一つ小銀貨だ。


「そーらっ、美味しく育て~っ」


柵を挟んで反対側にはアン達が餌やり体験をしている。

かけ声は兎も角、楽しそうだ。


「あらっ、やっおー そっちは順調なのっ?」


コダマでも返って来そうな感じで呼ばれた。順調も何も見回り始めたばかりだ。


「おー、そっちはカラス多いかぁ~」


「足下に何羽か来てるわよっ。餌欲しいみたいっ」


柵が有るのでよく見えないが、どうやら数羽が足下に来ているようだ。べるでが後ろ向きになって餌を投げている。

そんな光景を見ながら小屋に入った瞬間にハエ取りリボンに絡まった。

ハエ取りリボンは付け替えたばかりのもので、きれいだったのが幸いだが、粘着力は強かった。

髪の毛に巻き付いたのはガムのようにへばり付き、田之倉が小柄で髪の毛を切る。

マリは必死で笑いを堪えながら、豚小屋はハエがよく集まっちゃうのよ、たまに従業員も引っかかってるわと慰めていた。

よく見ると真新しいハエ取りリボンがあちこちから垂れ下がっている。

所々古いものもそのままに成っているが、結構な数のハエがくっついていて、片面が黒々としていた。


・・・新しいので良かった・・・


そして小屋の中で生まれたての子豚等を見せてもらった後、牛小屋に向かった。


「ウモ~」


突然、八尾の横から若牛が顔を覗かせて一鳴きし、後ろから長い舌で八尾の顔を舐めた。


「ワハハ、ヤオ殿は歓迎されておるの」


八尾の胸の高さ程度の壁越しに小屋を覗くと、中にもカラスが数羽入っている。

餌を探して居るようにも見えず、巣材の藁でも物色しているのだろうか?

カラスは八尾を見ても逃げようとしなかった。


「小屋の中にもカラスが入ってますね」


「ヤオ殿、きゃつらはどの辺りに居るかの?」


田之倉は身を屈めて言う。


「向こうの壁際に一羽、後ろに2メーター下がった所から真っ直ぐに7メートル位」


と、横目でカラスを見ながら小声で伝えた。

田之倉は小柄を抜いて数歩後ろに下がった。


ヒュッ


早業だった。

振りかぶりながら立ち上がった田之倉は、小さいモーションで小柄を投げた。

カラスは突然現れた田之倉に驚いて飛び立とうと一瞬身を低くする。その瞬間に小柄はカラスを捉えた。声も立てずにそのままへたり込み、動かなくなった。


「相変わらず凄いですわねぇ。田之倉様。」


「いやぁヤオ殿の補助が適切だったでな。いやヤオ殿は本当によくやってくれた。きゃつらの警戒ぶりは半端無いのでな」


「何時もはねぇ、田之倉様に作って頂いたこんなので追い払っているのよ」


と、竹筒に縄を巻いた物を取り出すと、何処から取り出したのか、火が着いた火縄に細い棒の様なものを着けると竹筒に放り込んだ。


ポンっ


入れたのは爆竹のようなものみたいだ。

まだ小屋の中に残ってたカラスが驚いて飛び立ち、近くの木で短く鳴いた。


「モオォ~~」


そして涎だらけの顔がまた目の前に現れた。


「最初はね、牛たちに脅かしちゃってごめんねって、オヤツを上げてたのよ。それが今じゃ慣れちゃってオヤツの合図だと思ってるみたいなのよねー」


カラコロ、カラコロと音をたてながら子牛がわらわらと出て来て顔を拭いている八尾を取り囲んだ。

つぶらな瞳で見上げて来る。可愛い・・・


「きゃーこっち子牛だわー、子牛がいっぱーい」

「あータケルっ、良いなぁーっ」


と、八尾を見つけた4人は、勝手に柵を越えて入ってきた。

足下の子牛達は八尾から離れてワラワラと入ってきた4人に群がっていく。

  

「ねぇっ、さっきの音はタケルが撃ったのっ?」


「あぁ、あれはカラス脅しの花火だって」

 

「へぇっ花火?あのパチパチはぜてシュワシュワしてポトっと落ちる?」


「いやぁ音だけパーンって鳴る奴」


「へ~花火も色んなのが有るのねっ、でも音だけって面白いの?」


八尾はひとしきり説明したが、爆竹は男の子のロマンと言うことは解って貰えなかった。

田之倉だけがしきりに頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る