第108話 その男、田之倉六十郎

「いやぁ、全く参ったね、ははは」


「笑い事じゃないわよっ、壁に変なもの張るなとか散々怒られたじゃないのよっ」


「ブルーシートを壁から張れって・・オネェサマじゃ?」


「そーゆー事じゃないのよっ、締め出しといてさっ あの言い方は無いじゃないのよっ」


「あ~っ朝日が暖かいなぁ、お腹も減ったしホテルに帰ってご飯食べてお風呂行こう」


「えぇぇっ、朝は付箋の4番目~っ」


「だ~め~ ホテルの朝食が勿体ないでしょ ほら、行くよ」


と、一行はホテルに向かう。


「あらっ?何時もの強面のおっちゃんは居ないのっ?」


卵を調理している強面のオジサンでは無く、代わりに若いアンちゃんが鉄板の前に立っていた。


「あぁ、暫く休むんだってさ」


と素っ気なく言いながら鉄板の上に盛られた大量のスクランブルエッグを皿にぺしっと盛ると先に待ってたお客に差し出した。


「はいお待ち。特製スクランブル山盛りっ」


なんか動きが雑ねっ・・・

スクランブルエッグは良く焼けてるわねぇっ・・・物凄く・・・


「今日は茹で卵にしようかしらっ」

「あ、私も茹で卵が良いデス」

「じゃ俺はご飯と生たゴフッ・・・」


八尾はアンから肘鉄を喰らった。


「はいっ。タケルも茹で卵ねっ」


強引に茹で卵を皿に置かれた。


「茹で卵は中の黄身がモソモソで嫌なんだよなぁ・・・」


「煩いわねっ、あの卵見たでしょっ?あんなの生で食べたらお腹壊すわよっ

ほら、ミルクでも飲んだらパンと茹で卵をストレージに入れて他に食べに行くわよっ」


と、奥の席に行くとパンと茹で卵をストレージに入れていった。


・・・


八尾は部屋で何か食べてと提案したのだが即座に却下された。

そして外に出る前にアンは暫くフロントで何やら話し込んでいた。

八尾とべるでは外で待つことにした。 奥の席とミルクで冷えた体に陽の光が暖かい。


「すっかり暖かくなりまシタね」

「あぁ、こんな日は縁側で昼寝でもしていたいねぇ」

「それは良いデスね。村に帰ったら是非しましょう」


「お待たせっ。明日から素泊まりにしたわよっ で、今日の朝食代も返してもらったわっ

じゃ朝ごはん食べに行くわよっ」


とアンは意気揚々と歩き出す。

そしてやって来たのは町役場近くの広場だ。朝から結構な数の屋台が出ている。


「こっちこっちっ、ここよココっ! あたしねっハムと目玉焼きでっ」


なに?マフィン?へぇ 最近の流行りなの?

ほー真っ白だ トウモロコシが無いからかな?


「ワタシは目玉焼きとチーズでお願いしマス」

「じゃ俺は・・・ソーセージと目玉焼きで」


店主は紙袋からマフィンを取り出すと半分に割って七輪で焼き始める。

同時に脇の鉄板に平たくしたイタリアンソーセージっぽいもの、ハムと卵を乗せた。

そして、マフィンを一つ裏返すと薄く切ったチーズを乗せる。


「はいお待ちどう。ピランさんちのマフィンサンドだ」


炭火で焼かれたマフィンは表面がカリッと香ばしい。

そこにイタリアンなソーセージから滴る脂が浸みる。

食べ進めると半熟の黄身がトロっと広がりチョットだけ塩味が強いソーセージの味がまろやかになる。


「美味しいわねぇっ。このハムも厚切りでボリューム満点ねっ

オジサン、これ3組持ち帰り出来るっ?」


「おうよ、都合9つか ちょっと待っててな。 あ、でもオジサンって言ったからおまけは無しだ」


「あらっ?よく見ればイナセなお兄さんじゃないのっ」


「よしっ、よく言った。じゃおまけに芋揚げをつけてやろう。さっきのと合わせて12個だから3銀な」


芋揚げはフレンチフライだった。細切りのジャガイモをラードで揚げて塩が振られていた。

熱々のままをこっそりとストレージに仕舞いこむ。

そしてそのまま別な店に行って何やら買い込んで・・・を繰り返した。


・・・

「い~じゃないのよっ、また野宿する羽目になるかもしれないでしょっ」


「誰に言ってるんですか?オネェサマ?」


べるではチャポンとお風呂に浸かりながら未だ洗い場に居るアンを見た。

一方その頃、10m程離れた男湯では八尾が風呂の中で体を伸ばしていた。


「ふうぅぅ やっぱり体が冷えていたなぁ・・・」


「おぅ、なんでぃ ヤオじゃねぇか おめぇ夕んべ締め出されたんだってな ハハハハ」


「お、おぶ・・近さん なんでこんな所に?」


「そりゃおめぇ何よ、出勤前に朝風呂あさっぷろ浴びて行かなきゃ酒臭せぇのが抜けねぇじゃねぇか

それよりもよぉ?おめぇに一つ頼みてぇ事があるんだが、試験が終わったら役場に面ぁ出してくんねぇか?

宜しく頼むぜ じゃぁまたな」


近さんは頭に乗せていた手ぬぐいで体を拭くとさっと出て行った。

遅番なのか?重役出勤なのか?頼み事って何だろう?鹿ジャーキか?それとも熊脂か?・・まぁいいか

さて、俺も上がるか・・・


番台横でミルクを飲んでいるとパーンと音がして何やら女湯から囁き声が聞こえた。

声の主はアンとべるでだ。何やってんだかなぁ・・


表に出ると日差しが眩しかった。思わず軒下の日陰に入ってアン達を待つ。


「おまたせーっ。さぁっ今日は買い物ねっ」


「オネェサマ、今日は天気も良い事デスし、牧場も見てみたいデス」


また買い物か?とうんざりした八尾には渡りの船だった。


「牧場かぁ、南側のだよね?それも良いなぁ」


「仕方ないわねっ、じゃ牧場に行きますかっ」


と、西門に向かう3人。

後ろで二人が、二択にすると両方ダメとは言わないでしょっ、流石オネェサマ、と喋っていたのは聞こえないふりをする八尾だった。


「おじさーん、特製肉野菜パン6つね。お弁当にするから持ち帰りでっ」


「まいど、そう言えばミラちゃんだっけ?夕べ来たよ。頬張りながらお作法の勉強がキツイってこぼしてたよ、ははは

町で一番うるせぇババァんとこだからなぁ、慣れるまでは大変みてぇだぜ」


三人は顔を見合わせた。


「どうするっ?様子見に行く?」


「そうだなぁ、でも奉公始まって直ぐに行くのも邪魔になるかもしれないなぁ」


「こっそり遠くから見マスか?」


「はい、特製パン6つ、お待ちっ。 いやあそこのババァの事だから暫く放っとく方が良いぜ。里心でも付くと厄介だからな

なぁに小煩くって、がめつくって、怖ぇえババァだけどな、悪い奴じゃねぇからでぇじょうぶ大丈夫だ」


「おっちゃんがそう言うなら行かない方がいいかなぁ」


「はい丁度6クオタ。おつりは要らないわっ。あらっ?1クオタ足りない・・・じゃ2銀でおつり頂戴っ」


「ほい、じゃお釣り。2万両 毎度ありがとなー」


・・・


西門に到着し外出手続きをしているとバレッタが出て来た。


「アンー、牧場行くんだって~?いいなぁ~」


「バレッタも行くっ?」


「行きたいっ、でも・・・ちょっと待って、今月は・・・うん今日なら大丈夫。ユーリー、あんたも行く~?」


「ちょっと待ってぇ~ ね~主任~」


なんでも月々決まった時間を働けば大丈夫との事で、おまけに今日は朝の待ち行列も少なく余裕があって暇だったらしい。

そんなこんなで人数が増えてピクニック気分・・・いやピクニックか?

アンとバレッタは浮かれてスキップでも始めそうな雰囲気。べるでとユリは何か楽しそうに話し込んでいる。

・・・なんか疎外感があるなぁ・・・と後ろから一人歩いている八尾であった。


「ヤオ殿、どちらへ行かれるんじゃな?」


突然肩を叩かれた。ぎょっとして振り返ると何処かで見た人だ。ええと・・・


「田之倉さんっ?」 

・・・だったっけ?うん確か田之倉さんで良いはずだ。砂利道なのに全く気が付かなかった。只者じゃないよなぁ・・・


「ほう、牧場へ観光とな、それは奇遇じゃな。いや、儂は仕事じゃがな、これも何かの縁、ささ参ろうか」


話を聞くと、牧場でカラスの被害が出ており、役場への苦情が多いので状況を見分するとの事だった。


「へぇっ牧場でカラスの被害って・・餌食べちゃうとかっ?」


「いや・・な、それだけならばな良いんじゃが、子牛の目玉を突いたり、母牛の乳房を突いてしまってな。

感染症で随分と被害が出ているとな・・」


田之倉は苦虫を噛みつぶしたような顔をして言った。


「えぇ~、カァ助ってそんなに悪さするんだ~」


脇で聞いていたユリも驚いて口をはさむ。


「本当に困りもんじゃの 一羽二羽なら可愛いもんなんじゃがな

牧場でも釣り針掛けたりしてるんじゃが、なにせ頭が良いからのう・・・直ぐに覚えてしまってな」


「釣り針って禁止猟法じゃないのっ?」


「アン嬢ちゃん・・だったかの? よく勉強しとるな。感心、感心。じゃがこれは有害駆除じゃから狩猟法の対象外じゃな」


「へぇっ、じゃぁ近さ・・・お奉行様が許可出せばなんでも出来るのっ?」


「まぁ何でも・・と言う訳では無いがな。責任取れる範囲でならば・・な」


と話しているうちに牧場に着いたのである。

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