第100話 ミラ、初の町巡り
夜明け前、八尾は水が飲みたくて目が覚めたが、体を動かすことが出来なかった。
暖かいものにくるまれているような心地よい感じだ。
手を誰かに握られている・・・べるでの手だ。
頬がフニフニと柔らかい物の上に乗っているのが判った。
「うーん」
と八尾は更に心地よいポジションを取るために寝返りをうった。
あれ?手の向きと頬を預けている場所の方向がなにやらおかしい。
八尾は恐る恐る目を開けた・・・・
・・・理解できなかった。
なぜ俺はべるでの手を握っている?爺さんの腹を枕にして・・・
がばっっと起きた。目は完全に覚めた。
そのまま茂みに行って用を足すと戻ってきて水筒の水を飲む。
水を飲んだら胃の中に残っているアルコールが腸に廻り、頭がぐらんぐらんしてきたので
毛布をもう一枚出すとそれに包まって寝なおした。
出来ればもう一杯呑んで記憶を消したい位であった・・・
・・・
・・・
・・・
「タケルっ、朝よっ朝っ 朝朝朝っ」
アンはけたたましく八尾を起こす。
「ほらっ開門するわよっ、起きなさいっ、起きろっ お~き~ろ~っ」
ぼーっと起きた八尾の顔に熱いタオルを投げた。
「あちゃっ、熱っ熱っ熱っ」
「べるで直伝の蒸しタオル起こしよっ これで起きられなかった事は無いわっ」
べるでがアンを起こす時の最終兵器である。
ホコホコと顔から湯気を立てながら八尾が起きる。
夕べは嫌な夢を見たなぁ・・・と全て夢だったことにしてしまいたい八尾である。
「タケルっ起きたっ?夕べはぐっすり眠れたようねっ
スタンおじいちゃんと仲良く寝てたわねっ」
八尾は思い出してげんなりとした。夢じゃなかったのか・・・うぇぇぇ・・・
吐き気が込み上げてきて、慌てて藪に入っていく。
・・・
げっそりとした顔で受付を済ませると、スタン爺さんは後宜しく、と軽々とした足取りで町の中に消えていった。
「さてっ、腹ごしらえの前にひとっ風呂浴びましょっ」
アンはシヤルスクの町で銭湯が一番のお気に入りだった。
「ミラっお風呂に浸かるのは体洗ってからよっ」
先輩風を吹かせながらアンは風呂のマナーを語る。
ミラも初めてなので、真剣に聞いているようである。
湯船に浸かるとどこかで見たような老婆が目の前にいた。
「あらっおばぁちゃんっ、ひさしぶりねっ」
前に来た時に、熱い湯への入り方を教えてくれたお婆さんである。
「なんじゃお前さん方、そうかハンター試験じゃなっ?
もうそんな季節か、年取ると時間が経つのが早いもんじゃなぁ、道理で町のジジぃどもが浮かれておったわけじゃ
それにしても、風呂への入りっぷりがようなったな。もう一人前じゃ。ひょっひょっひょ」
「そうよっ、講習も受けるから早めに来たのっ。今回は試験受けるまで長逗留よっ」
「ほぅ、そりゃ殊勝じゃな。昨今、勉強すらせんで来て試験で弓を人に向けて落ちる輩もおるでな
去年もそんな馬鹿が落ちて文句を言いに来よったって話じゃ ひょっひょっひょ」
話し込んでいるとミラの顔がどんどんと赤くなって来たので上がることにした。
「じゃぁおばあちゃんっ、そろそろ上がるわっ。またねっ」
老婆はニカっと笑って手を振った。
風呂から上がり、冷たいミルクを腰に手を当ててグイッっと飲む。
それを真似してミラも腰に手をあててミルクを飲んだ。
「ぷはぁ~っ、もうこの一杯の為に生きてるって気がするわっ」
・・・
・・・
・・・
風呂に入って小奇麗な服に着替えた一行は、ブフェドコミダに向かった。
「おじさーん、元気っ?、特製肉野菜パン4つねーっ」
「おぅっ、ゴルノの娘じゃねぇか。
おやっ?べっぴんさんが一人増えたな、ヤオ、コレか?」
コミロンは小指を立てて言った。
「違う違うっ、こっちはゴルノ村の長の娘でミラ。町に働きに来たんだ」
一瞬、コミロンは何とも困ったような顔になったが、直ぐに営業スマイルを取り戻すと
「おぉこりゃ勘違いか、失敬失敬。そうか、働きに来たか。
よしっ、じゃぁサービスでおっちゃん大盛作っちゃうぞ」
と何時もに増してどっさりと薄切り肉を入れてい行く。
「おら、ミランダ。ミラって言うだ。働きに来たで宜しくおねげぇするだ。」
「そ、そうかっ、俺はコミロン。何時でもここに来なっ、旨い物喰えば働いて辛かったりしても直ぐに治るからなっ」
そう言って特製肉野菜パンを紙に包んで渡す。
4クオタ、大銀貨1枚を払って受け取ると、その場で食べる。
「うわぁ、こりゃ旨めぇなぁ。こげに旨めぇもん喰ったのおら初めてだぁ」
ミラは目を輝かせて言う。
「そうだろう?人間何があっても旨いもん喰えばなんとかなるぜ。」
コミロンの妙な励ましを聞くたび、明日の事を考えて胃が痛くなる八尾ではあるが、確かに喰えば元気が出てくる。
明日もなんとかなりそうな気になっていくのであった。
「ごちそうさまっ。美味しかったわっ。」
店先で皆が旨そうに食べていたので、気が付くと周りでも立ち寄って食べていく人が増えていた。
コミロンは忙しそうに特製肉野菜パンを作っていたが、手を止めて「またよろしくなっ」と答えた。
「さぁオネェサマ、次は服デスわね」
べるでとアンの目が合うとキラッと光った・・・ように見えた八尾であった。
なんとか逃げたい・・・と思う八尾は雑貨屋に・・・
「じゃ俺はざ・・」
「駄目よっ、雑貨屋ならあたしも行くからっ。後ね後っ。見立てる人が居ないと困るでしょっ」
どうやら見透かされていたらしい・・・
八尾はげんなりとしながら皆の後に続いた。
「きゃぁーコレ可愛いだ」
「こっちも可愛いデス」
「ミラ、ちょっと試着させて貰いなさいよっ」
「どうだべ?ヤオにぃちゃ、これ着たら与作も可愛いて言うだかな?」
「あー、はいはい、可愛い可愛い」
なるほど、着くなり風呂屋に行ってサッパリしたかったのは、こーゆー訳だったのか・・・
八尾は棒読み調で答えながら思った。
「むぅ、タケルっ、もっと真面目に反応しなさいよっ。次行くわよ次っ」
「あ、オネェサマっ、あっちの店が春物大処分とか書いてありマスっ」
ウキウキとしたアン達とは裏腹に。八尾は既にゾンビ化して足取りも重い。
実際に購入している品数は少ないものの、徐々に増えていく荷物は八尾が全部抱えている。
ぶつくさ文句を言いながらも、八尾もジーンズや襟付きシャツ等を購入していた。
「疲れた・・・」
昼前には八尾が音を上げ始めた。
ちょこちょこっとアンが八尾に寄って来ると、荷物のチェックをするふりをして
ストレージに突っ込み始めた。
「ちょ、ちょっと、ミラが居るのに」
「大丈夫よっ、半分ぐらいに減っても袋まとめたって言えば判らないわよっ」
おかげでずいぶんと軽くなった。
身軽になった八尾達はそのまま海鮮焼き屋へと向かった。
「おっちゃーんっ、三種焼き4つーっ」
「嬢ちゃん久しぶりだな。丁度、炭が熾きた所だ。今焼くから待ってな」
おっちゃんは貝剥きをクルっと回してハマグリを開けていく。
そして、串を打っていく。エビとハマグリが落ちにくいようにイカを挟む。
炭の上に並べるとジューーっと音を立てて湯気が上がる。
潮の良い匂いが辺りに漂うと道行く人も立ち止まって次から次へと注文が入る。
「ほら焼けたよ。4つで8クオタだ。」
「うわぁ、おらこんな新鮮なエビを食べるの初めてだぁ」
「そうだろう?朝採れたてのエビだからな。イカだって夜の船で釣った奴だからな、甘いだろ?」
おっちゃんは得意気に言った。
串に刺すまでビチビチと跳ねていたエビだ。イカも茶色の皮を剥ぐと半透明である。
海鮮焼きを堪能すると気力が復活した。
そしてまた服屋巡りは続いた・・・
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