第98話 見分けにくい毒草


「アンねーちゃ、そりゃニリンソウじゃのうてトリカブトだで、喰ったらおっ死んじまうだよ。」


「えぇっ、これって附子のトリカブトっ?」


「んだ、ほれ、葉っぱの先が尖ってるべ。それに根っこも太い」


ミラはアンが積んだ芽の根っこを掘り出してアンに見せた。


「もうちょっと経てば花ば咲くけ、見分けさ付くんだけんどな

ニリンソウは白い花、毒のあるトリカブトは綺麗な紫色の花さ咲くだよ」


どうやらこの場所は混生しているようで、気を付けていたつもりだったのだが、指摘されるまで気が付かなかった。

アンは既に摘んだ分も見たが、どれがどれだか判断が付かない。

諦めてパサっと全部手放した。


横でそれを見ていた八尾とべるでは、尖ってる葉っぱを見つけては根っこごと掘り出して行く。


「えぇっ、あんた達、何トリカブトを選って取ってるのよっ?」


「熊に効くと伺いまシタので・・・」

「町で売れないかと・・・」


「町さ行ったらこげな物も買うてくれるのけ?」


とミラもトリカブトを摘みだす。

アンは夕飯用の山菜を探し出したが、先ほどの件でどれも毒草に見えてしまう。

ついにこの場所での山菜を諦めると、まだトリカブトに夢中の三人を見て呆れたように言った。


「あんた達、いい加減にしないとスタンのおじいちゃんに置いてかれるわよっ」


爺さんはミラが歩くと言うので、ちゃっかりロバに跨って山道をトコトコと歩んでいる。

手綱を引かない分、早いのである。

みんな小走りで後を追いかける。そして追い付くとまた道草を喰う。


そんな繰り返しをしていたら随分と早く二日目の中継小屋に到着した。


「今回はやけに早く着いたわい、飯までちょいと自由時間じゃな。」


八尾とアンは崖を下って川で釣りをしようと話していると、ミラは歩きすぎて疲れたらしく飯を作って待ってると言った。

珍しい話もある物だ、と八尾が思ってるとべるでも残ると言う。何で?と思ったら食事を任せるのが怖いみたいだ。

べるで頑張れ~と心の中で思いながら、八尾とアンはザイルを取り出して立木にアンカーを取りスルスルと急斜面を降りて行った。


「ねぇっ、あれカモじゃないっ?

ええと、クチバシの先が黄色だからカルガモねっ 

カルガモ よしっ」


見ると番だろうか?カルガモが二羽だけ岸辺で何かを啄んでいるようだ。


「よし?・・・何が?」


「タケルっ、あんたハンター試験の筆記、勉強してないのっ?

鳥獣判別の回答方法に書いてあったでしょっ?」


「えぇ?アンは勉強してるの?」


「当たり前でしょっ」


「読本をピリッとして貰えば良いんじゃないの?」


「ほうっ?タ・ケ・ルさんは、この量を喰らいたいって訳ねっ

試しに後でべるでに1ページやって貰うと良いわっ」


コツコツと暇を見つけてはこまめに勉強をしていたアンは、悪い顔で微笑んだ。


まぁ試験までは時間が有るから大丈夫でしょっ・・・

「さぁっ、釣るわよっ」


アンはフライロッドを取り出すと、後側に空間が取れないのでロールキャストでラインを繰り出した。

いつの間にかやる様になったな、と八尾は眺めながらも、負けじとばかりに釣りだした。


いつの間にか水は温み、カゲロウだろうか?羽虫も飛んでいる。

流れを見ていると時折、水面に波紋が立ち、魚がそこで捕食活動をしている事を示す。


「来たわっ」


アンのロッドが軽く絞られ、魚が水面下で走る。

シュルシュルとラインを手繰り、魚を抜き上げ、腰に付けた竹の魚籠に落とす。

フライとリーダーを確認して切れる兆候等が無いか見て、無事なのが判るとまたラインを繰り出していく。

一連の動作は手慣れたものだ。


八尾も負けては居られない。先ずは近くの魚を狙う。

2、3回、フライで水面を叩いて興味を引かせ、そーっとフライを水面に置く。

数十センチ流した所でモコっと水面が動く、力を入れずに竿を立てて合わせを入れる。

大して大きくないのは手ごたえで判る。そのまま竿を上げて水面に魚を滑らせるようにして取り込む。

何回か釣ると、周りの魚も警戒してスレて来る。

ラインを繰り出して、遠い所、近い所、上流、下流と狙っていく。


暫く釣りをしていると、上の方からべるでが呼ぶ声が聞こえた。


「ご飯デスよ~」


と呼びながらザイルを伝って降りて来た。


「ご飯前に私も釣りマス」


と八尾からロッドを受け取り、アンと同じようにロールキャストする。

何回か投げなおした後、小さい魚体がフライを咥えて跳ねた。

べるではピッっと合わせた後、魚を浮かせてスルスルと寄せていく。魚が小さい分だけ寄せるのは楽だ。


と、その時、ガボッっと水面が割れた。

ロッドがぎゅーっと弧を描く。

ラインはジーっとリールを鳴らしながら、川の中ほどまで繰り出されていく。


「何っ?どうしたのっ?」


「手繰り寄せた魚に何か喰いついたみたいだ」

側で見ていた八尾は答えるが、黒い物としか認識出来ていなかった。


べるではティペットが細いので無理をせずやり取りをしている。

何度か突っ込みを見せたが、疲れて来たのか、徐々に岸に寄って来る。


「ナマズだ!」


「ナマズっ?」


十分岸に寄った所で八尾が川に入って掴みあげた。

引き揚げられたナマズはうぱぁっと口を空けて観念したようだ。

釣ったべるでもナマズを見つめて、ぽかんと口を開けている。


魚籠に入れると尾びれの方が派手にはみ出した。

50センチ弱ぐらいだろうか・・・


天ぷら?かば焼き?とワクワクとしながらザイルを手繰って小屋に戻った。


・・・


「どうじゃった?釣れたか?」


「べるでが最後に美味しいトコをさらったぁっ」


「べるでネェ、どんな大物さ釣っただ?」


「ほら、これべるでが釣った奴」


と八尾は魚籠からはみ出した尾っぽを見せる。


「ほぉっ、ナマズじゃな。

居るもんじゃなぁ・・・丁度薄暗くなってきて喰いつきおったか

べるでちゃんもやるもんじゃなぁ ヒャッヒャッヒャッ」


ミラとスタン爺さんがべるでと話している間に、八尾とアンはナマズを捌いた。

ビトンビトンと暴れるナマズの延髄にナイフを刺して動きを止めると、腹を割いて内臓をだす。

皮目をナイフでこそいで滑りを取り、三枚におろす。腹骨を漉いて身と皮だけにした後、一口大に切る。

小麦粉をまぶしたあと、衣を付けて熱い油に入れていく。


ジュー


音に気が付いたミラたちは出来上がっていた食事を並べて待っている。

スタン爺さんは待ちきれずに匂いを肴に一杯始めた。


「うわぁっ、ホコホコねっ」

「ナマズさん美味しいデスっ」

「衣さサクッとして、うめぇなぁ」

「ヒャッヒャッヒャッ、こりゃ酒が進むわい」

「水が綺麗なだけあって、臭みがないね」


それぞれ思い思いを口にしながら獲物を美味しく頂いた。


スタン爺さんは酔いつぶれて寝てしまった。

ミラも歩き通しだったので、疲れて寝てしまった。


寝静まるのを待っていたアンがべるでに言った。


「ハンター試験の勉強してないタケルにねっ、適当な所を1ページほど喰らわせてやってくれるっ?」


「えぇっ!1ページもデスか?」


「ほら、試験対策でピリッと出来るなら楽じゃない?」


「やっちゃいなさいっ」


ビリッ・・・


「あ?、え?」


ビリッ・ビリッ・ビリッ・ビリッ・ビリッ・ビリッ・ビリッ・


「お、あ、え、え、え、え、え、痛・痛・痛痛痛痛痛

ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

止めて止めて止めて止めて止めてー」


情報量が増えると苦痛が激増するらしいのだ。


涙と鼻水だらけになった八尾は翌日より真面目に勉強を開始したのであった。


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