第97話 レソ村の悲劇


真新しい壁に付けられた閂付きの重たい扉の中に入ると、中には壁沿いに三段ベッドがあり、18名ほどが泊まれるようになっていた。

流石に布団等までは無く板張りのままである。


小さな竈と、その脇に水瓶があり、湧き水を竹を通して引いてある。溢れないように排水までしているようだ。

万一、獣に襲われても籠城出来るように・・・なのか?


八尾は荷物を置いて、オオカミを埋めた所に土盛りをするため森へ入っていった。

成る程、埋めた跡は土が凹んで窪みになっていた。

小屋に置いてあったシャベルで周辺からかき集めた土や石を盛る。30センチ位の小山を作ってペンペンとシャベルで叩いて固めた。


「お疲れっ、お花摘んで来たわよっ」


「お花?」


「お墓でしょっ?」


まぁ、墓と言えば言えなくも無いか・・・

と八尾は折角なので盛った土に花を添える。

こいつ等も襲ってこなければ未だ山の中を走ってたんだよな・・・

いや、でも撃たなければ喰われていただろう。


そんな話をアンにしたところ、


「襲って来たんだから仕方ないじゃないっ。

もし銃が無かったら喰われてたのよっ、弱肉強食よっ。

あたしは喰われて痛いのイヤっ」


そりゃそうだよな・・・と納得した。


・・・


「べるでネェ、お団子はこれでええだか?」


べるでとミラは小屋でトウモロコシの粉と小麦粉で団子を作っていた。

ゴルフボール位のサイズである。


「そうデス、大体そんなサイズにして下サイ。」


べるでは背負い籠から丸い板を取り出すと、二枚に重ねられた板を開き、団子を中心に添えた。

そして、板を閉じ、添えられたレバーを上から押しつけた。

再度板を開くと、真ん丸な形に伸ばされた団子が姿を現した。

そう、トルティーヤである。

べるでは薄いヘラで剥がして、鋳鉄のフライパンで油を付けずに焼いていく。

トルティーヤを焼く前に伸ばすのが面倒くさいとアンが言っていたので、八尾は固めの木を加工してプレスを作っていた。


一通り焼き終わると今度は鍋の脂を火にかけ、残っていたトルティーヤを揚げていく。

横でスタン爺さんは豆の煮込みをかき混ぜた。


「べるでちゃんや、煮込みの具合はこんなもんで良いかな?それで巻くんじゃろ?」


「ありがとございマス。ばっちりデス。」


べるでは味見をして言った。


「ただいまっ、土盛り終わったわよっ」

「ただいま、あ、爺さん、もう呑んでる」


「ヒャッヒャッヒャッ、このトルティーヤチップスは酒に合うのぉ」


「爺さん・・ミラも太るぞ」


ミラは慌てて脇腹を触る。スタン爺さんはたゆんたゆんの腹を叩いて笑う。


「今更変わり無いわい。まぁ小僧も呑め」


「爺さん、初日だぞ」


「まぁ良いから呑め。素面じゃ話しにくいからな、今日は他に泊まるやつもおらんじゃろ」


八尾はやれやれと言った感じで薄い一杯を煽った。


そして夕食を食べ終わると、スタン爺さんは話し出した。


「レソ村が全滅したそうじゃ。」


「レソ・・村?ですか?」


「レソ村ちゅーたらゴルノから山超えた所のレソけ?」


「そうじゃ、ゴルノの南にあるレソ村じゃ。小僧も片目をみたじゃろ、あいつじゃな

討伐に行ったハンター衆も半分やられて帰って来たわい

毒矢で撃って後を付けた所で止め足にやられたっちゅーたわな」


「止め足って言うと、バックして隠れる奴ですか?」


「小僧知っとったか・・そうじゃ、自分の足跡を踏んで戻って、追跡者を待ち伏せるって奴じゃな」


「へぇっ、案外賢いのねっ」


「しかも隊の後ろを狙いおって、大混乱でバラバラになってな、

逃げた奴も半数は帰ってないっちゅう話じゃな」


「よく爺さんはゴルノまで来たな」


「ワシか?他に行き手が無くてな、おかげで良い稼ぎじゃわ、

それに熊公もこんな年寄り好き好んで喰わんじゃろ?ヒャッヒャッヒャッ」


スタン爺さんは笑いながら言った。


「それにな、レソはゴルノにも近いじゃろ?誰か伝えねばならんのでな。

レソは討伐隊が付いた時には誰もおらんかったらしいんじゃ。

血糊を追った若い衆が埋められた村人を見つけてな、掘ったらしいんじゃ。

内臓だけきれいに無くなってたと話してたな。」


「その若い人は助かったのっ?」


「そうじゃ、そいつはそれで怖気づいてな、早々に引き上げて来おったで無傷じゃな」


「なぜ埋めるたんでショウ?」


「ワシが知ってる限りじゃ今まで2,3有ったと思っちょるが・・・

食べきれない分の保存じゃな、しかし内臓だけ喰うて埋めるとは中々手慣れたもんじゃないか?のう小僧」


「助かったのはハンター衆だけなのっ?」


「何度目かに村が襲われたときにな、子供だけでも逃がそうとな、町に使いとして出したんじゃよ

弓のお守りを持たせて集団でな。そして村の男衆がおとりになったらしいんじゃが・・・

襲われたのは子供の集団じゃった。みなバラバラに山の中に逃げてな・・・

シヤルスクに逃げて来たのが5人、助かったのは3人じゃ、傷から膿んでな2人は助からんかった

他の村に逃げた子が居りゃ良いんじゃがな・・・」


脇をみるとミラとべるでは青い顔をして俯いていた。

ミラはレソに友達が居た。しかし、こんな話を聞いてその消息を確かめるは怖かった。

助かっていて欲しい・・・とだけ只ひたすら考えていた。


「ゴルノに伝えるって言ってたけどっ、ルイさんに伝えたのっ?」


アンは話を全く聞いてないことに憤りを感じているようだ。


「うにゃ、手紙は残してきたがな。ほれ小僧や嬢ちゃんに聞かれでもしたらゴルノから出んじゃろ?

とくにミラはおしゃべりじゃからなぁ、村の人に余計な心配を掛けさせるだけじゃでな」


「当り前よっ、だって熊が村に来たら大変じゃないっ」


「いや、アン・・・暫くは大丈夫だと思うよ・・・」


「タケルッ。どうしてよっ、相手は野生の熊よっ」


「じいさん・・・何人だ?」


スタン爺さんはちょっと眉を顰めて言いにくそうに答えた。


「駆除隊入れると・・・42人じゃな」


「42人・・・も・・・デスか・・・」


「それだけあれば2、3カ月はレソから動かないだろ・・・

爺さんもそれを判ってて言わなかったんだろ?」


ミラとべるでは八尾の言動に眉を顰めた。


「タケルさん、酷くないデスか?」


八尾は爺さんの酒を奪うと一息で煽った。


「ゴルノに居ても、レソに行っても・・・まだ・・役に立てない・・・」


「そうじゃ、小僧の言う通りじゃな。それに、与作っちゅうたか?

ゴルノにゃ奴の鉄砲もあるじゃろ

なんにせよ、小僧は試験を受けにゃならんでな」


「そういう事では無くってデスね・・」


「死んだ者は戻らんよ・・・

小僧の言い方も悪いがな、死人しにびとは敬うもんじゃ、餌のように言うからべるでちゃんも怒るんじゃ

じゃがな・・・レソだけじゃ無いんじゃよ、毎年どこかの村が獣にやられちょるんじゃよ

ゴルノも去年はイノシシに荒らされたじゃろ?

じゃからな、じゃからもっとハンターが要るんじゃよ」


スタン爺さんはべるでの言葉を遮って言った。

みな俯いて黙ってしまった。


「ヒャッヒャッヒャッ、どうも年寄りが言うと説教臭くていかんわ 柄にもない事言ってしまったわぃ

なぁ、べるでちゃん、旨いお茶を一杯入れてくれんか?あとこの年寄りに甘いもんでも出してくれ。」

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