ハンター試験

第96話 シヤルスクの町へ

「たーけーるー 起きなさいよっ 朝よっ あーさーっ」


鶏のエサやりを終えたアンは大声で八尾を起こした。


寝ぼけまなこを擦りつつ、未だ布団から出ようとしない八尾は、朝飯は要らないと言う。


「駄目デスよ、今日は出発なのデスから朝ごはん食べないと」


べるでは、熊の胆をひとかけらと白湯を寝室に持ち込んだ。

湯呑を眺めていると、中で熊の胆がクルクルと回って、白湯が黄色く色付いてくる。

すっかり溶けた所で八尾は観念したように飲み干す。


「ん~苦げぇっ」


それでも胃に入ってしまうと二日酔いのムカムカが少し和らいだ気がした。

そして、朝飯を食べ終わる頃にはすっかり調子が戻った。


「さぁっ、みんな集まってるわよっ。ルイさんとこ行くわよっ」


アンもべるでもやる気で満ち溢れている。

重そうな荷物を担いで・・・と言っても背負い籠の中は軽い物しか入れては居ないが・・・

外に出た所で朝日が二人を照らす。

二人とも何時もにましてツヤツヤである。

二人は鼻歌混じりで歩き出す。


ルイの所には見送りでヤハチと与作が来ていた。


「それじゃ道中気ばつけてな。ヤオどん、ミラを頼んだぞ」


「ミ、ミラ・・・ぜってぇ迎えさ行くだでな」


与作は赤い目を見開いて言う。

うつむき加減に頷くミラも瞼が腫れぼったい。


「どうも湿っぽくっていかんな、今生の別れじゃあるまいし

明るく見送って欲しいもんじゃい なぁ小僧」


「そうだ、与作。お前なら何とか出来るよ。」


連れ添って村はずれまで来た与作たちに別れを告げる。


「じゃ行ってきます。」


「気ぃつけてな。生水さ飲むんでねぇぞ」


「おど、心配ねぇだ。おらだってもう一人前だでな」


ミラは精一杯の笑顔で答えた。


一行はシヤルスクへ向かう道へと消えていく。

与作は見えなくなるまで手を振っていた。


その後、暫く膝をついて涙ぐんでいたが、思い出したように立ち上がると罠の見回りへと向かった。


・・・


「スタンのお爺ちゃん、おじいちゃんが来るときは熊もオオカミも出なかったのっ?」


「そうじゃ、みんなこの年寄りを恐れてるんじゃな。ヒャッヒャッヒャ。

誰か中継小屋で派手に立ち回ったようじゃったがな、なぁ小僧

なぁに隠さんでも良いわい、足跡見りゃ判るぞ、なぁべるてちゃんや」


「な、何の事でショウ、ね、ねぇ、タケルさん」


「ヒャッヒャッヒャ、分かった分かった、ワシの見当違いじゃな。 ヒャッヒャッヒャ」


話しながらも、八尾達は熊やオオカミの痕跡を探しながら進んで行く。

重いフリント銃は既にストレージに仕舞われ、八尾達は身軽である。

出だしだけあってアンもべるでもチョコチョコと脇道にそれて探訪をする。

八尾も仕方ないと言いながら何やら楽し気ではある。


「スタンのじっちゃ、おらも降りて歩きてぇだ」


「何言っちょる、お前ぇさんはそのカッコじゃぁ山歩きはむりじゃろ?

今夜泊まる所までは我慢するんじゃな ヒャッヒャッヒャッ」


ヒラヒラとしたよそ行きの服に身を包んだミラは、足元もパンプスのような平靴で、到底山歩きが出来るような格好ではない。


おら、ここで着替えさせしても・・・

と言う思いをなんとか飲み込んだ。


昼ごはんは歩きながら食べる。

初日の今日は、それぞれが好き勝手に用意した昼飯である。

ロバに乗っていても、辛い別れの後だろうと腹は減るのである。

ミラは自分で握った大きい握り飯を食べた。

そして、与作が持ってきた塩焼きの魚を食べながら、ちょっとだけ涙ぐんだ。


一方、べるでが作ったブーツを履いたアンは、道を外れては獣の痕跡を探したり、山菜を採ったりと、今までに無い程の行動力である。よっぽどブーツが合っているのだろう。


「あ、モミジガサ、少し頂きましょっ。

あ、これ、行者ニンニクっ?これも頂きましょっ

あ、ウリボウ、はぐれたのかしらっ?頂いちゃいましょうっ

えっ?」


「え?」


最後何つった?と八尾が振り向くと、ウリボウの首根っこを掴みながらアンは藪からガサガサと出てきた。


「つ、捕まえちゃったぁっ」


「わぁ、かわいいデスっ」


ウリボウはいきなりの出来事に呆然としていたが、八尾を見ると我に返ってジタバタと暴れる。

暴れ過ぎてアンが掴んでいる手が緩んだ。


「あっ、ダメっ」


八尾はギリギリ落ちる前にキャッチ・・・いや、ストレージを広げて中に落とした。


「あ、あぁぁ~入っちゃいました・・デス」


「ちょっとタケルっ、ストレージに入れてどうすんのよぉっ」


「い、いや、ほら、掴んで噛まれたりしたら痛いじゃない?

それに入れたからってどうなる訳でも無いじゃん?俺も前に入ったし

まてよ?どうにかなった方が食べるとき楽か?」


「えぇ~、食べちゃうのっ?」


「子鹿とおんなじだろ?うりぼうは肉がピンクで軟らかいぞ。旨いぞ。」


アンと八尾は言い争いを始めた。

ペットか食べるか。

山道に戻っても未だ言い争いを続けている。

べるではオロオロしながら後ろに付いていたが、ふと思いついた。


「畜養と言う手法が有ると読本にありまシタが?」


「なるほど、大きく育ててか。それも良いかも とりあえず後で考えようか?」


「なし崩しで絶対ペットにするわよっ」


二人とも考えは違うが、ともかく言い争いが終わって、べるではほっとするのであった。


「お前らが揉めるってのも珍しいもんじゃな。

まぁ騒がしい方が熊除けにはちょうどよいわ。

昼飯は喰い終わったか? 途中で動けなくなっても知らんぞ

ヒャッヒャッヒャッ」


そう言えば、熊の痕跡を見ない。

居ないのは良いのだが、消えて無くなった訳でも無いのだ。

八尾は870に弾が込められて居ない事を思い出し、隊列の後ろに回り三丁の銃にスラッグ弾を装填した。

そしてまた、ストレージに仕舞う。


・・・


ロバの歩みは遅い、それでも日暮れ前にはなんとか無事に中継点に到着した。


「ううーん、おけつが痛いだ」

何回か伸びをした後、ミラは呟く。


「そりゃ大変だ、ロバに乗りすぎて二つに割れてるかもしれんぞ。ヒャッヒャッヒャッ」


ミラは一瞬お尻を撫でて確認し


「スタンのじいちゃったら、おけつは初めから二つだべ」


とケタケタ笑った。


その頃、八尾達は小屋の有様を見て愕然としていた。


東屋だった小屋は真新しい壁が屋根まできっちりと作られ、ドアも頑丈そうな分厚いものがついている。

裏ドアもあり、両方ともカンヌキが掛けられるようになっている。

壁には覗き窓と思われる小さい窓がいくつか・・・


「爺さん、これ来る時もこんなだった?」


「おぉ、小僧は知らんかったか?お前が帰った頃にオオカミやら熊に食われる奴が居てのぉ

お奉行様が緊急で作らせたって話じゃぞ。おかげで夜番ものうなったぞ。

これで酒呑んで寝ても大丈夫じゃわい ヒャッヒャッヒャッ」


爺さんは続けて言う


「じゃがの、どうも誰かさんがここで派手に暴れたらしくてな。

この中継地じゃ何の獣も出なくなったって話じゃぞ。

誰だかしらんがな。

そうそう、後で森ん所にもっと土盛っておけよ。 

あれじゃ浅すぎじゃぞ、小僧」


爺さんはニヤっと笑って言った。

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