第93話 ヒヨコぴょこぴょこ
コツコツ
コツコツ
・・・
夜中どこか遠くで、何か叩くような、削るような不思議な音が聞こえた。
だか、昼の農作業での疲れはそれを確認させること無く、再び眠りへと八尾を誘う。
コツコツ
音は時々休みを入れながらも、一晩中続いた。
・・・
朝である。
先に起きたアンは、囲炉裏部屋の隅に置かれた桶をじっと覗いていた。
ぴよぴよ
微かに鳴き声が聞こえた。
べるでと八尾は顔を見合わせた後、アンの横に滑り込んた。
ぴよぴよ
三羽・・・今朝方、三羽ほど孵化したのだ。
耳を澄ますと他の卵もコツコツと音が聞こえる。
3人は一瞬顔をあげて、お互いを見つめあったが、また直ぐに桶の中に視線を戻した。
「ふぅ、
・・・さ、触っても大丈夫かしらっ?
餌は何をっ、
あぁ、場所、何処で飼うのよっ?」
「お、落ち着け。
まさかホントに孵るとはなぁ、餌は糠とかトウモロコシを挽けば大丈夫だ。場所は、場所は・・・コレで良いか?」
と、前に川の水でレバーをさらすのに使った、プラの衣装ケースを出した。
そして、トウモロコシを石臼で挽いて餌が出来上がった。
べるでは、八尾の雑誌をバラして中に敷いたあと、トイレットロールを割いて保温材を作った。
アンはそーっとヒヨコを取り出す。
手の中でジタバタ暴れて床に降りる。
一羽二羽と桶から出すと、三羽共餌も無いのに床を啄んでいる。
「さぁ、おいでっ」
アンがちょっと離れて手を広げて囁く。
ヒヨコ達は一瞬辺りを見回すと、テテテと一羽駆け出す。
それにつられて残りの二羽も駆け出した。
そして、アンに・・・アンの横を通って丸まって寝ているポチの懐に飛び込んだ。
インプリンティングである。
桶の下には保温の為、使い捨てカイロが敷かれていた。
そこは、ほのかに暖かく、ポチは暖を求めて寝場所にしていた。
明け方、ぴよぴよと鳴き声が聞こえたので、ポチは桶を覗き込んで居たのだった。
「いやぁ~っ、あたしの夢が~」
アンは悲痛な叫び声をあげた。
ポチは時折、鼻面をつつかれて迷惑そうにプシツっとくしゃみをしているが、また直ぐに目を閉じて寝る。
「ポ、ポチの癖に、生意気よ~っ」
アンはそのまま寝転がって手足をジタバタさせて悔しがった。
八尾は餌を衣装ケースに撒いて、平皿に水を入れると、ポチからヒヨコをとり、ケースに入れた。
ヒヨコ達は、餌を見つけると啄み始めた。
「ほら、残りがまだまだ孵るから」
と八尾が慰めるも、アンはじーっと半開きの目で、ヒヨコとポチを見比べていた。
「ポチ、おいで。」
べるでが声を掛けるとポチはタタタっと駆け寄りお座りしてべるでを見上げる。
「イイデスか?ちゃんとヒヨコの番をするのデスよ?」
ポチはちょっとだけ首を傾げたが、のてのてと歩き、衣装ケースの横に寝そべった。
「さぁ、今日も農作業だ、頑張ろう」
アンは残った桶の中の卵を見ていたが、桶に手拭いを被せると諦めたように立ち上がった。
・・・
昼に帰ると、桶からぴよぴよと鳴き声が聞こえる。
「ポチっ、あんたはあっち行ってなさいっ」
と、言われ、衣装ケースの脇からスタスタと土間に居るべるでの足元に寄り添う。
アンは足も拭かずに上がると、そっと手拭いを取った。
「さぁっ、刷り込まれなさいっ」
と、桶を覗き込んだ。
ぴよぴよと、上を見上げて、初めての風景をみるヒヨコ達。
昼までに五羽、新たに孵化していた。
桶から一羽一羽取り出しては、顔の前に持ち上げて見つめる。
そして床に放すと、ヒヨコは正座していたアンによじ登ってぴよぴよと鳴いた。
「これよ、これっ。癒やされるわ~っ」
アンは涙を浮かべて悦に入った。
「ハイハイ、じゃヒヨコ達はこっちね」
と八尾が横から衣装ケースに入れていく。
アンは一羽一羽取り上げられる時にジトーっと八尾を見ていたが、最後の一羽は自分でケースに入れた。
中で半日先輩に混じったヒヨコ達は、先輩に倣うように撒かれた餌を夢中で啄み始めた。
・・・
翌朝、残り三羽が孵った。
卵は二個残った。
そのまま温めたが、一週間後、アンによって庭の端に埋められた。
「無精卵だったのよねっ?」
と言いながら、顔にはうっすら涙の跡が見えた。
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