第92話 干し肉作り
巻狩りの翌日もひたすら鹿を捌いていた。
「もう捌くの飽きた・・・」
八尾が愚痴をこぼす。
「もう少しよっ、頑張りましょっ」
八尾も与作もげんなりとした顔で「おぅっ!」と答えた。
「おら、大バラの肉を上(アンの家)に持っていくだ」
と言って天秤にぶら下げた脚をフラフラと運んで行った。
「ストレージに入れて暇なときに捌けば良いじゃないっ?」
と、アンが小声で八尾に言いながら、数頭ほどこっそりストレージに入れた。
「それにしても、夕べのレバカツは美味しかったわっ」
新鮮なレバーの薄切りに衣を付けて短時間で揚げる一品である。
レバーの厚さは5ミリ程度、2~3分揚げると余熱で十分に火が通るのである。
サクッっとした食感と共に、衣に閉じ込められた鹿レバーの甘みが広がり、
そして旨みがジュワーっと出てくるのである。
噛みしめる毎に甘みと下味の胡椒が交互に味蕾を刺激する。
「鹿はレバーとアバラだよなぁ」
八尾も頷く。
「そういえばさっ、血のソーセージってあるじゃない?
あれ、鹿でやったら美味しいんじゃないっ?」
「新鮮で綺麗な血を取るのが大変そうだよねぇ・・・」
「そうすると、やっぱり家畜じゃ無いと駄目なのねぇっ」
「罠に上手く掛ってれば出来るかもしれないね、冬になったらやってみようか」
喋りながらも手を動かす二人。
巻狩りで取れた鹿は、昼前に肉になった。
・・・
昼飯を食べながら八尾は言う。
「昨日止めた鹿ってさ、あれでも一部じゃない?止めた鹿より逃げた方が多かったでしょ?
だから、まだまだ出てくると思うんだよな。与作はもう少し罠の数を増やしていこうか?」
「もっと増やして良いだか? だば上流側にもたんと掛けて行けるだな
今朝は流石に鹿ば畑には出て来んかったけんど、罠の近くには新しい生足が在ったでなぁ」
「べるで・・は、トウモロコシを家の近くに蒔くの?」
「ハイっ タケルさん。あそこなら夜もポチの目が利きますデス」
ポチは土間でお座りしつつ、嬉しいのか尻尾だけがブンブンと動いている。
勿論、既に大量の肉を食べた後であるが・・・
まぁ、一安心である。
頼んだぞ、ポチ っと見るとポチはべるでしか目に入っていなかった。
昨日の巻狩りで完全に主従関係が出来てしまったようだ。
「ヤオにぃちゃ、こんレバカツさ言うの、うめぇもんだな。
後でおどにも喰わせてやりたいで、後で何枚かもろおていいだか?」
べるでの干し肉仕込みを手伝っていたミラは、さっきから黙々と食べていた手を止めて、思い出したように八尾に聞いた。
「あぁ、もちろん。 あ、べるで、作り方も教えてあげてよ」
「了解デス。あとで一緒に作りましょう」
・・・
午後は八尾達が干し肉作りを励む。
肉の繊維と垂直にナイフを進めて数ミリ程度に薄く切って行く。
ある程度溜まった所で、塩水に漬けて掻き回した後、ザルで水を切る。
ザルの上に広げられた肉の表面が乾いたら、醤油に唐辛子かコショウを混ぜたものを刷毛で塗って更に乾かして行く。
ある程度乾いた所で、太い針を使って凧糸に通す。
乾かしながら順に薫製機に入れて煙をあてる。
何度か繰り返していくと、真っ黒な鹿干し肉が出来上がるのだ。
一ブロック切り終わると次が来る。
切った肉はアンが塩水に漬けて処理していく。
一番忙しそうに動き回っているが、愚痴の一つもこぼさない。
一方、家の中ではべるでが珍しくため息をついた。
「ミラ、・・・新しい料理を覚える時に、アレンジは不要なのデスよ」
ミラはやる気満々だった。
それが空回りして、べるでが目を離した隙に下味としてハチミツや味噌を混ぜ込んでいた。
出来上がったレバカツを味見してた2人は、揃ってため息をついた。
「ゴメンだ、べるでネェ」
「仕方ありません、こちらは、後で塩コショウをせずに、野菜と炒めまショウ」
それからも衣の付け方や油の扱いで、べるでは疲れ果てた。
「ギブデス。」
と声が聞こえたので八尾とアンは家の中に入った。
「わぁ~凄いわねっ」
竃周りとべるでを交互に見てアンもため息が出た。
べるでは囲炉裏の前で突っ伏して倒れている。
何回か鍋の油に火が回ったらしく、辺りは煤けていた。
パン粉や溶いた小麦粉も盛大にこぼれている。
与作も遅れて入ってきて、開口一番
「ミラ、またやらかしおったかや」
と頭を抱えた。
ミラは土間の端で小さくなっていた。
「まぁ練習だし、仕方ないよな。
うん、でもこれなんか上手く揚がってるよ。
うん、旨い。」
「それはべるでネェの見本だ」
ミラの小さな声が土間に良く通った。
「ま、まぁ、でも、これ・これなんかよく揚がっているだよ・・・」
と与作が食べる。
ボリっボリっ・・・まるで煎餅のようだ。
「ゴフゥ、ゲフゲフゲフ」
与作が酷く咽せた。
「み・水・・ゴフゥッ、ゴフウッ」
「衣に色さ付けようって、唐辛子混ぜて見ただが、ちっと揚げすぎただか?」
「・・・一部毒デス。」
横になったままべるでが呟いた。
べるでも味見でやられていたらしい・・・
唐辛子版は危ないので回収。
味や焼き加減が微妙なのはもう一度揚げなおして、イノシシの誘導餌にした。
それでも後のほうは、べるでの奮闘も有って真っ当に揚げられるようになったみたいだ。
皿に山積みの成功したレバカツを持って、ミラは与作と帰って行った。
八尾が囲炉裏端で胡座をかくと、べるでは八尾の太腿に頬を乗せて、クテっとなり
「流石に疲れ果てました」
と、言って目を閉じた。
アンは暫くそれを見ていたが、負けじと反対の膝に頬を載せて寝転んだ。
二人は少し回復したのか、夕方頃に干し肉を取り込んだ。
八尾は・・・痺れ切った足を二人にいじくり倒されて悶絶し、長い1日が終わっていった。
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