第91話 巻狩る
与作が初めての鹿を止めてから二週間が経った。
既に数頭の鹿を仕留めたらしい。
ミラと二人で見回りに出かけ、捌いて干し肉を作る所までやっていると言う事だ。
オスの鹿は角と罠の具合を見て、必要に応じて種ケ島を使って居ると言う。
朝方、鉄砲の音がするとアンが
「仕留めたわねっ今日はレバカツかしらっ」
と、寝ぼけ眼でニマニマと言いつつ、二度寝する。
正肉は売るために全て干し肉にしている。
内臓系は下処理をしてから各家に配り食べて貰っているらしい。
律儀にレバーを半分持って来ては武勇伝を語り、お茶を飲んでいく。
ミラも一緒に来てはお茶菓子を食べていく。
おかげで、べるではお菓子作りの腕がどんどんと上がっていく。
先日はとうとうカステラまで作り出した。
カステラに使った卵は、シヤルスクの町で購入したものだ。
どうやら有精卵だと言う事でアンが温めてヒヨコにするんだと頑張っている。
畑の作物もたまにカラスや狸に荒らされているが、さほど心配なく順調に育っている。
最近の日課と言えば、朝一の釣り、そして、畑の雑草取り。
釣った魚は燻製にしている。これも町で売るつもりなのだ。
八尾が朝の釣りから帰って来ると、何時ものように3人で畑に出かけた。
・・・
「・・・」
べるでが声も上げずに呆けている。
アンがそれに気が付いて駆け寄ると、そこには無残にも生長点を喰われたトウモロコシの苗の姿が在った。
トウモロコシは全滅だった。
「あぁこりゃ派手に喰われたわね、全滅だわっ」
やれやれと言った感じでアンが言う。
べるでは下を向いてフルフルと肩を震わせている。
八尾は駆け寄ると一瞬迷ったが慰める。
「植えなおせば未だ間に合うから大丈夫だよ」
「ふふふ、タケルさん、オネェサマ、これは巻狩りの案件デス。 ポチっー」
べるでは拳を握り締めながら口笛を吹く、すると、畑の端からポチがすっ飛んできた。
口元は微笑んでいるが、目は真剣である。・・・怖い
「下流から尾根を越えて追いマス。上流でこちら側にポチと落とした後、こちら側の斜面を渡しマスので、そこで止めて下サイ。
オネェサマはそこの流れ込みの先に、タケルさんはもう一つ下手側の支流に入った所でお願いしマス」
べるでは完全にやる気である。
「ま、待って、べるで。ほ、ほら、未だ狩猟免許無いから・・・」
「タケルさんの有害駆除許可書で大丈夫デスっ。
このような暴虐を断じて許すベキではありまセンっ」
怒りに我を忘れている・・・
べるでを止められそうも無いので、与作も巻き込む。
与作は罠を掛けている所に潜む。
「良いか、斜面側は安土だから撃っても大丈夫だけど、横には撃つなよ。
あと、ポチがらみと勢子のべるでに注意しろ。」
と一緒に森に入って鹿が走りそうな場所と注意点、それから撃つ時の心構え等を与作に伝えた。
「では、参りマス。ポチっ、行きますデスよっ」
べるでは八尾がタツを張った所から、ブローニングをタスキ掛けして斜面を登っていく。
ポチもべるでの周りを回りながら付いていった。
・・・
・・・
・・・
小一時間位経っただろうか?
八尾は870に9粒を装填して倒木の影で座っていた。
ちらっと端末が光る。
ん?おや、紙がストレージに・・・
”南斜面で群れて寝てマス。これから強襲しマス@べるで”
と書いてある。
また、端末が光る。
”りょ@あん♪”
・・・軽い
慌てて紙とボールペンを取り出して書いて戻す。
”気を付けて@やお”
背中側の山・・谷を越えた山から銃声が何発か響く。
音が反射しているらしい。
始まったか。
八尾はダットサイトが点灯しているか最終チェックをした。
また、端末が光る。
”尾根を越えます ポチが回り込みました。”
すぐに”りょ@あん♪”の後に丸が入った。
八尾も”気を付けて@やお”の後ろにチェックを入れた。
上流からポチの鳴き声が聞こえた。
来るぞ・・・
上流で小さい銃声が4発・・5発・・・その後また1発聞こえた。アンの410か?
また、1発、今度は与作の種ケ島の音だ。
そして、ガサガサ、パキっガサガサ と派手に音を立てて鹿が来た。
八尾は飛び出した鹿にダットサイトの赤い点を向ける。
そして追い越しざまに首をねらって発砲する。
鹿は列で何頭も出てくる。
5発撃ち尽くすと薬室にスラッグを放り込んで撃つ。
が、スラッグは中らない。
鹿は飛ぶように跳ねて駆けていく。
アンと与作のタツで散々脅かされているので、全速力で駆けていくのである。
ポケットから9粒を取って薬室に放り込むと遅れて来た一頭に向けて撃つ。
鹿は頭をバットで叩かれたように倒れた。
もう立っている鹿は居ない。
目の前には息も絶え絶えな4頭が転がっていた。
そして、八尾が剣鉈で鹿に止めを刺しているとポチがやって来て、鹿の尻を噛んだ。
噛んで噛んで噛んで・・毛が散り始めたと思ったら、とうとう鹿の尻肉が切れて肉がむき出しになった。
八尾が止めようとするとポチは八尾に向かって牙を剥いた。
「ポチっ!駄目っ」
八尾はポチを睨みつけて大声を出した。
ポチは我に返ったのか八尾に向かって尻尾を振りだした。
八尾も安心して他の鹿をストレージに仕舞っていく。
最後の鹿を仕舞おうとしたら、ポチは黙って鹿の尻肉を食べていた・・・
「あ~ぁ、片足ダメになっちゃったな」
と鹿を取り上げてストレージに入れた。
「あれ?鹿が8頭?べるでが4頭捕ったのか?」
首を傾げながら与作の所に向かう。
与作はめでたく一頭捕れたと言う。
「ヤオにぃーちゃ、おらが撃った奴に中っただよ・・・」
火縄銃は火縄から口薬が燃えて、中の火薬に引火して弾が発射されるため、引き金を引いてから弾が出るまでのロックタイムが長い。
なので、走る獲物に当てるのは相当難しいのである。
まして、前のタツでアンが撃っているため、鹿は全速力で飛び跳ねているはずである。
「良くやったな、与作。おめでとう」
と言って与作を褒める八尾。
与作は一瞬ほっと気を緩めると、ちょっと得意気な感じの顔つきをした。
「じゃ後は締めて河原な、俺はアンを見に行ってくる」
と八尾は与作が一人でも処理を実践出来るように指導する。
「おら一人で出すだか?」
「おうよ、一頭ぐらい軽いもんだろ」
と八尾はアンのタツに向かう。
鹿と八尾の後姿を見比べながら与作はため息を着いた。
鹿は3段角で重そうである。
「ターケールーっこっちこっち~ あんた4頭? こっちは5頭止めたわよっ」
得意気にぶんぶんと手を振ってアンが言う、まだストレージには入っていない。
八尾は慎重に倒れている鹿を確認しつつ、剣鉈を出して止めるとストレージに突っ込んでいく。
「こーゆーの全部やらなきゃ一人前の猟師とは言えないぞ」
八尾は前に先輩猟師から言われたままを口にする。
「あたしは猟師じゃないもんっ、タケルっ頑張れ~」
アンのお気軽な発言にむっとしながら片付けていく。
全部入れた頃に、べるでは息を切らしてやって来た。
「お疲れっ」
「大丈夫だった?」
「鹿の群れが3つ居まシタ。」
べるでは肩で息をしながら続ける。
「3つとも上手くポチが誘導したデス、皆捕れたようデスね?」
べるではしゃがみ込むとポチをわしゃわしゃと撫でて褒めた。
そして、河原でストレージから鹿を全部出し、足をロープで結んで川に沈めた。
後からフウフウと言いながら与作が鹿を引きずって来たが、川に沈められた鹿を見ると
口を開けたまま暫く動けないでいた。
「・・・べるで・・・結構怖かったわねっ」
「・・・怒らせない方が良いな・・・」
と鹿を処理しながら二人は言うのであった・・・
与作の止めた一頭から弾が二発出てきたのは内緒にしておこう。
一発は急所を翳めた410の弾であった・・・
翌日、べるではダメになったトウモロコシを抜いて、新たに種を植えていた。
「もうこれで暫く安心デスね」
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