第89話 山の幸 その3

夜、イノシシのモツを煮込みながら八尾は何やら作業に勤しんでいる。


「ねー、タケルっ、何やってんのっ?」


八尾はシノ竹を火で炙って曲がりを補正している。

斜めに溝を掘った木の棒を使い、炙りながら曲げていくのだ。


「前にべるでがやってただろ?矢を作ってるんだ」


「矢なんて作ってどうするのよっ?」


「だってさ、ハンター試験の練習にも使うじゃない?」


「種子島があるじゃないっ?あれで試験は大丈夫よっ?」


八尾は単純に矢を作ってみたいだけなのだ。

が、補正しても、補正しても真っすぐにならない。

床に転がしては補正するのだが、どうもしっかりと芯が出ない。


「どうもべるでみたいに真っすぐいかないよなぁ・・・

え?アン、今なんて言った?」


「だ~か~ら~っ、種子島で試験受ければ良いんでしょっ?」


「あれで受けられるんだ!?」


「あんた、ハンター試験の読本読んで無いでしょっ?筆記で落ちるわよっ」


合格率は低くは無い、だが舐めていると落ちるのである。

八尾は焦げた竹を折って火にくべて、勉強を始めた。

そして、教本を取り出してみているうちにウトウトしてしまった。


「オネェサマは勉強しなくても大丈夫なのデスか?」


「過去問有ったでしょっ、あれやっておけば大丈夫っ

いざとなれば一冊を記憶に入れてしまえば良いものっ」


八尾はしっかりそれを聞いていた。


・・・


「ヤオにぃーちゃ、おはようございます」


与作は八尾を小声で起こした。

八尾は囲炉裏端で毛布を掛けられて寝ていた。

夕べはそのまま寝てしまったらしい。

火は落ちていたが、シシモツの鍋は未だ温かかった。


「おぉ、与作か、おはよう」


日は既に上っていた。

夜、鹿の鳴き声がしていたらしい。

既に与作は種子島に火薬と弾を装填して来たらしい。

安全の為、口薬はまだ入れて無い。

それと槍を担いでいる。

与作は八尾の手を引いて、急いで森に向かう。


「そんなに慌て無くても大丈夫だから」


そうは言っても気は焦るのである。

畑の端まで来ると、二人は森の中を見て顔を合わせた。


「「掛かってる!」」


小さいながら三段の角が目に入った。

与作の目がキラキラしている。


「ヤオにぃーちゃ、止めるべ、はよ止めるべ」


ミラみたいだ・・・

八尾は苦笑しながら諭す。


「先ず確認だよね?見るべき項目は?」


「え?えぇと・・・おおき・・じゃ無くて、掛かりどころ!」


「どこに掛かってる?」


「ええと、左前足・・・の中程!いいとこだぁ」


鹿の回りは殆ど暴れた形跡が無い。

要注意だ、鹿は力が有り余ってるかもしれない。

そーっと斜面の上に回りこむ。


鹿は音で人が近づいたのに気が付いたようで、逃げようと跳ねまわった。

だが、罠が外れないので此方を向いてじっとしている。


「まず槍で叩いて脳震盪を起こすんだ、そして刺したら直ぐ抜いて下がる事。」


刺したら直ぐ抜かないと、暴れた際に棒を振り回されたりして危険なのだ。


「はいっ」


返事は元気が良いが、与作は腰が引けていた。

恐る恐る獲物に近づく。

鹿は角を向けてじっと構えている。


与作が槍で頭を叩こうとした時、鹿が角で槍を弾いた。

与作は槍を弾かれた拍子に尻もちをついた。


二度目に角を振り回した後、鹿は跳ねた。

跳ねた時に罠に左足を取られて向きが逆になった。

そして鹿は後ろ足で蹴りを入れた。


鹿の蹄は仰け反った与作の頭をかすめ、又の間に着地した。

八尾は与作の襟首をつかんで引っ張った。

間一髪であった。


このままでは危ないので、計画を変更して種ケ島を使うことにした。

口薬を入れて、火縄をセットする。


狙いを付けて引き金を引く。

鹿はこちらを睨みつけたまま微動だにしない。


シュ パーン


種ケ島が上に火を噴く。そして前にも火を噴く。

煙が視界を遮る。


・・・


煙が風で漂うと、鹿はこと切れていた。


・・・


「やったな。おめでとう」


「ヤオにぃーちゃ・・・

おら・・・おら・・・おら、やったのけ?」


「あぁ、止まったよ。」


与作は種ケ島から手が離せないでいた。

八尾はゆっくりと種ケ島を抱え、与作の指を一本一本放していく。


「さぁ、血抜きだ 一応、確認してからな」


与作は獲物に寄ると足をつま先で突いた。

鹿はだらんと力が抜けた状態だった。


処理をしたあと、畑の際まで運んで逆さに吊るした。


まだ、残りの罠も見回りを行わないといけない。

順に回っていくと、場が荒れた所があった。

また、上側に回り込んで観察すると、雌の鹿が掛かっている。

よく見ると後ろ足に掛っているが、暴れすぎたのであろうか、足が折れている。

そして、ワイヤーが木に巻きついて身動きが取れない状態になっている。

八尾は考えた挙句、槍で止め刺しをするように言った。


「ヤオにぃーちゃ・・・槍でだか?」


「あぁそうだ、雌だし、ワイヤーが木に巻きついて行動範囲が狭いだろ?」


与作はへっぴり腰で近づく。

後からみると下半身がちょっと濡れている。

黙っておいてやろう・・と八尾は思った。


与作は渾身の力で槍で叩いた。

鹿はフラフラと前足を折りたたんだ。

そこを前から槍で突いた。


鹿は「ベー」っと一鳴きすると暫くの間、頭を動かしていたが

次第に目の光が無くなり、動きが止まった。


それぞれ一頭づつを引っ張り、川まで運んだ。

八尾は与作に川の中から引っ張るように言う。

与作は腰まで浸かって鹿を沈めた。


「お疲れ。濡れた服を乾かさないと風邪ひくから、解体は昼過ぎにやろう」


と川の中の与作に言うと、与作はロープを固定するためにざぶざぶと川の中を歩いた。

多分、綺麗になっただろう・・・

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