第88話 山の幸 その2
・・・イビキ? 誰か居るのか?
八尾はズボンを上げて、穴を埋めながら考える。
いや、コレは・・・あれだ!
870を取り出してスライドし機関を開放する。
手には一発、スラッグ弾を持つ。
足音をたてないように、慎重に、慎重に笹薮を掻き分ける。
時折しゃがんで下の方から目を凝らす。
歩みは遅いが、着実にイビキの音は大きくなっている。
・・・居た!
前方1m位の所から笹が押し倒されており、そこで大きな猪が寝ている。
音をたてないように、スラッグ弾を薬室に入れ、そーっとスライドを閉鎖した。
猪は未だ寝ている。100キロは有るだろうか?
余りに獲物の距離が近い為、緊張で心臓がバクバクと激しく鼓動し指が振るえる。
八尾は耳の後ろの急所を狙おう。
870を構えるとダットサイトに電源が入ってない。
慌ててスイッチを入れて構えなおす。
落ちつけ・・・落ち着け・・・
ダットサイトの赤い点を猪の耳の後ろに合わせる。
ええと、近いから着弾はどっちだ?上か下か?ええと・・下・・か・・
着弾が下だからダットはどっちに合わせるんだ?ええと・・上か・・
だから耳の後を狙えば・・耳の斜め後ろ下に中るよな・・・
よしっ・・・
・・・・
もし、外れたら・・・
あれ?二発目の弾入れたっけ?
この距離だ、まさか外したりしないだろう・・
いや、でも・・・
と、ストレージからスラッグをもう一発出して、左手の指に挟みこむ。
・・・
ええと、他に何か忘れてること無かったっけ?
ええぃ、もういい、撃つっ
バン・・・・
猪はビクッと足を延ばし痙攣すると、そのまま息絶えた。
弾は数センチ右にズレたが、後頭部を舐め、延髄を抉った。
「タケルっ、なにっ?どーしたのっ?」
アンが大声で聞いてくる。
「イノシシ止めた~」
八尾が叫ぶと皆、山菜を取る手を止めて、笹藪を掻き分けて来る。
「どっちよーっ?」
「こっちこっちー」
藪の中は見通しが利かない。声を頼りに掻き分けて進む。
「結構大きいわねっ」
アンは事も無げに言うが、脂が乗ったメスの猪は全長にして1.2メートル、重さは130~140キロもある。
サイズとしてはかなり大きい部類だ。
与作もミラも、口をあんぐりと開けたままだ。
べるでは、つま先で猪をつつき、完全に死んでいるのを確認すると、細引きを取り出し
何重かにした後、口と前足を縛っていく。
そこにロープが結ばれ、河原まで皆で引っ張ることになった。
「さぁ行くぞ、えーぃ」
「「「「えーぃ」」」」
重くて中々進まない。まして笹薮が抵抗になる。
汗だくになって引く事30分、やっと河原に着いた。
河原で水を掛けて洗った後、腸を抜く。
「さて、川に入れて冷やそう」
八尾と与作は川に入り引っ張る。イノシシはずるっと石の上を滑り落ち、川に浮かんだ。
「ふぅ、重かったわねぇっ」
「抜いて100キロ位あるかなぁ、これは帰る時に川を流して運ぼう。・・・先ずは腸を洗おうか」
と、モーラナイフで腸をばらし、30センチ位の長さに切って開く。
そこから八尾と与作は塩を付けて岩の上で揉み洗いした。
綺麗に洗い終わる頃には昼になった。
べるでは焚き火を熾して大鍋にお湯を沸かしていた。
「タケルさん、下茹でしマスよね?」
「あぁ、べるでありがとう、気が利くね」
と腸を鍋に入れていく。
熱いお湯に入れられてキュウと腸が縮む。
火が通ったらざるに上げて再度川で洗う。これで匂いはほとんどなくなる。
「そろそろお昼にしましょうっ!」
アンとミラは籠一杯の山菜を抱えて戻って来た。
べるでもけっこう積んだみたいで、菜の花が籠一杯になっていた。
昼飯は相変わらずのオニギリである。
焚き火にフライパンをかざして採れたてのレバーを2センチぐらいの厚みで焼く。
味付けは塩と胡椒だけだ。表、裏と強火で炙った後は余熱でじっくりと火を通す。
15分ほど置くと中が本当にうっすらとピンク色が残る位の焼き加減になった。
それを一口大に切って食べる。
新鮮なだけあって臭みは無い。レバーの甘みも程よく、疲れた体に染みる味である。
与作が固くて大きいオニギリを頬張っているのを横目に、八尾は喋りだす。
「ミラ、ここって一応、ゴルノ村だよなぁ?」
「そんだ、この先の尾根まではゴルノだぁ」
「それなら大丈夫か・・・与作、ここにも罠を掛けるか?」
「ダメよっ、夜はオオカミがでるんでしょっ?
掛かってもオオカミの餌になるだけじゃないっ」
「あぁオオカミか・・・厄介だなぁ、イノシシの足跡一杯あるのになぁ」
・・・
・・・
・・・
昼飯を喰い終わった八尾達は帰ることにした。
相変わらずモツ等は籠に入れるふりをしてストレージに仕舞いこむ。
いつの間にかべるでの籠すら無い。
川を渡る時、またアンは八尾が背負った。
アンは調子に乗って八尾によじ登って肩車の位置まで上がる。
「うんっ、これは見晴らしが良いわっ、快適ねっ」
「オネェサマ、余りはしゃぐと危ないデスよ。」
とべるでが言った瞬間、八尾は石のコケに足を取られた。
八尾はバランス神経が良い。
足がほんのちょっと、30センチ位滑っただけで堪えた。
だが、上のアンがバランスを崩すのには十分な体重移動であった。
「あぁぁぁぁ」
どぅっぱーん と盛大な水しぶきが上がった。
「「冷たっ!」」
二人ともずぶ濡れである。
「もういいや、このままイノシシ持って川を下るから、ミラたちは山道戻って」
と与作から猪を引いていたロープを受け取ると、八尾とアンはイノシシを川に流しながら下って行った。
「もう良いんじゃないっ?」
与作とミラの姿が見えなくなったところでアンが言った。
八尾は猪をストーレジに入れた。
そして、アンは服を脱いでストレージに入れる。
靴下まで全部脱いだ。
「ちょ、アン、何やってんの」
「ストレージから出すときに水分だけ取り出さなければ乾くでしょっ?」
と一度放り込んだ服を順次だして着ていく。
なるほど・・・
と八尾も真似をする。
・・・おぉ、確かに乾いている
と感動しているとアンは赤い顔をしてこっちをジッと見ていた。
「なに?」
「せめて後ろ向きなさいよっ」
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