第87話 山の幸

春はあけぼの。

やうやう白くなりゆく山際の頃、与作が来るもいとをかし・・・


いや、迷惑である。


与作は夜も明けきらぬうちにやって来た。


八尾は昨日、べるでが作った火薬の仕上げで口薬を作っていた。


・・・


「もう少しかしらっ?あとコンマ数パーセント?」


アンは端末で火薬を分析しながら言った。

べるでは上から霧吹きで火薬に水を掛ける。

霧吹きと言っても、ストローを切って曲げ、ベルヌーイの定理を使ったものである。

べるでは膝立ちでストローを口にして、プウっと息を吹いた。

負圧で吸い上げられた水は、霧となって床の上の火薬に降りかかった。


「こんなもんで大丈夫か? じゃぁ砕くよ」


八尾は皿の中に入れた粒状の火薬を、湯呑の横で恐る恐る潰して粉にする。

水分量が少ないと摩擦で発火してしまう事もあるのだ。


そして潰し終わり、粉になった火薬を紙に広げて干す。


一度に全てまとめると万一の際に危険なので、小分けにして何度も繰り返し作業する。


囲炉裏の火は爆ぜると危ないので落とされ、寒い中での作業となっていた。

やっと火薬の作業が終わり、囲炉裏に火が入る頃には皆冷え切っていた。


「火薬さ作るのは大変なんだなぁ」

ミラはため息交じりに呟いた。


「いずれはミラも与作も作る事になるからな、ちゃんと作り方を覚えないとな」


ミラは再びため息をついた。


ミラが来ていたので、八尾は囲炉裏端で寝た。

しばらくの間、寝室から楽しげな喋り声が聞こえていたが、暫くすると、誰かのイビキに変わっていた。


火薬を砕くのは危険な作業である。八尾は緊張感と体の冷えでなかなか寝付けなかった。

もうランプの灯を消して寝よう・・と思ったところに与作が来たのであった。


・・・


「おはようございます。ヤオにぃーちゃも随分と朝早えだな」


・・・寝て無いのである。

寝室からはアンとミラのイビキが聞こえる。

どうせもう寝付けないのだ、と思った八尾はすっと起きて見回りの用意をすると表に出た。

土間ではポチが一瞬目を開けるたが、まるで見てないと言わんばかりに丸くなって目をつぶった。


「行くかっ」


八尾と与作は罠の見回りに出かけた。

が、まだ薄暗い。罠を見るには若干早い気がした。


森からヒヨドリの鳴き声が聞こえる。

鳥が起きだしたのだ。


仲間を起こすように木の枝の中で一頻り鳴くと、飛び出して近くの枝でもう一度鳴く。

するとツガイであろうもう一羽が木から飛び出してきて餌場へと向かうのだ。


八尾はアンダーレバーのエースハンターを取り出すと

スコープを4倍、ピントをヒヨドリが良くとまる枝に合わせた。

そして、与作に3回ポンプだと告げて渡す。

与作は3回ポンプすると弾を込めた。


ヒヨドリは何も知らずに枝にとまる。


パシッ


音と共に力なく落ちてくる。


もう一羽は、消えた一羽を呼ぶように同じ枝で鳴く。


パシッ


八尾もサイドレバーのエースハンターを取り出しており、二人で落としていく。

上手く行けば明るくなるまでに一人10羽は落とせたであろう・・・

だが、実際はそんなに甘くない。


二人共、数羽落とすと段々と撃ち方が雑になった。

引き金を引く際に銃まで動かしてしまう。

そもそも、狙いも甘くなってくる。

幾ら近いとはいえ、狙っているのは鳥の頭である。15メートル先で500円玉より小さいのだ。


結局明るくなるまでに二人で7羽落しただけだった。


そして、罠の見回りである・・・

が、足跡は罠の付近、あと5メートルほどと言うところで違う獣道に抜けていた。

人間の匂いが付近に付いてしまったか、足跡などの痕跡が強かったか・・・

恐らく後者であろう。鹿はソコまで臭いに敏感でない。


八尾と与作は別な場所に罠を追加した。


家に戻ると朝食の支度が出来ていた。


ミラとべるでは、菜の花と春の山菜について話し込んでいた。

なんでも川の向こうには菜の花が自生しているそうなのだ。

また、山菜も取る人が少ないのと、南斜面であることから随分と数が多いらしいのである。


「川はどうやって渡るのっ?」


アンも気になるらしい。


「上流にさ浅瀬があるだで、そこを渡るだよ。膝よりちっとばかり深いぐらいだ。」


「じゃぁ今日は山菜取りに行ってみるか?」


と、川の上流に行ってみた。

川幅は広いものの今は水も少なく、膝下ぐらいの水深である。

八尾はお構い無しにそのまま川に入っていく。


他は靴と靴下を脱ぎ、ズボンを膝までまくって入る。


「タケルっ、タケルっ、たーけーるっ ちょっと待ちなさいよっ」


アンが大騒ぎしている。

どうやら細めのズボンを穿いて来てしまい、裾が捲れないようだ。

仕方ない・・・と八尾はアンをおんぶして川を渡っていく。


「快適っ」

と言うアンの横でべるでは羨ましそうにそれを見ていた。

べるでの背は八尾と同じぐらいである。


捲り上げた部分は水面よりだいぶ余裕が有る。

・・・白い足が眩しい。


八尾もちょっと羨ましそうにそれを見ていた。

別に太股を見ていた訳ではない・・・多分・・・

その後ろをポチは水しぶきを上げながら泳いできた。


全員無事、対岸に着いた。そして手ぬぐいで足を拭いて靴を履く。

八尾は靴を脱ぐと、溜まった水を捨てる。

横でポチがブルブルと水を切ったので、八尾はずぶ濡れになってしまった。


「ほれ、ワラビさここに出てるで」


日向にはワラビ。日陰にはコゴミ。そして河原からすぐの所には菜の花が生えていた。


「この辺りはオオカミさ出るだが、昼のうちならばでいじょうぶだ」

ミラはそう告げると山菜を摘み始めた。

アンも負けじとワラビを折って行く。

べるでは菜の花の先端を切っている。


八尾も最初、菜の花の蕾を切っていたが、姫竹の藪を見つけると奥の方にに入って行った。

そして、スコップで穴を掘った。


「ふう、冷えたかなぁ・・・」


用を足していると、かすかにイビキが聞こえてきた。


・・・イビキ?誰か居るのか?

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