第80話 畑仕事

「くっせぇ~」


八尾は畑に元肥もとごえを埋めていた。


この村では厠から汲み取ったアレを畑にある肥溜めに入れて発酵させている。

そして、十分に発酵したモノを落ち葉や畑の土等と混ぜ、小山にしてある。

そこから畑の中に混ぜ込んでいくのだが、十分発酵しているとは言え、臭いのである。


どうやら畑のほとんどは既に耕されていた。

与作や他の人達が今までのお礼にと、自分らの畑を耕す合間に作業してくれていたのだ。

なので、土は柔らかくはなっている。後は元肥を入れて畝を作れば良いだけなのだが、

掘ると言う事だけでも重労働なのである。


「タケルっ、もっと深く掘らないと駄目だってばっ。ゴンさんも言ってたじゃないっ」


アンとべるではモンペのような作業着をまとい、頭から頬被り、顔半分は手ぬぐいを巻いている。

臭いがキツイと言う話を聞いて、予め手ぬぐいの間には細かく砕かれた炭が挟み込まれているが、

やはり臭いものは臭い。


八尾はクワに力を込めて掘る。

掘った溝に少しずつ元肥を柄杓のようなもので入れていく。


この元肥は既に分解が進み、土と同じように見える。

それでも畑仕事に成れていない三人には苦痛である。


そして、べるでは掘られた土を埋め戻していくのである。


進みは遅いが、朝から晩まで延々と作業は続けられた。


たまに与作が来て手伝ったり、べるでもクワを使ったりとしたが

畑全体に肥料が入れられるまでには2週間程掛かってしまった。


それとは別に、べるでは軒先に土を薄く張った平たい皿を置き、幾つか種を植えていたようだ。

苗を作るんだと張り切っていた。

与作もミラも遊びに来た時に不思議そうな顔をしてみていたが、この辺りには苗を作る習慣は無いのだろうか?


そして3月も下旬になると、種まきの始まりである。


八尾は家から一番近い所に菜っ葉の種を数種類植えた。

そして畦の脇に豆を植えた。後は町で買ってきた芋類を少し

他は時期がもう少し暖かくなってからと言う事である。


どの家も同じような感じで植えているらしい。


翌日は2週間ぶりの休みにした。

釣りがしたかったのだ。

与作もミラも熊と会った日から釣りには行っていない。

当然くっ付いて来た。


良く晴れた早朝、5人そろって河原に降りる。

久しぶりの川は朝日に輝いてキラキラしている。


「ヤオにぃーちゃ、おらこの辺りに立ってただよ

したらあっちから熊ば出てきて、この辺まで来ただよ」


熊までの距離は本当に近かった。

辺りを探ると石の隙間の泥に、手を広げた位の足跡があった。


「二人とも本当に無事でよかったなぁ」


「おらの竿のおかげだでぇ」


ミラは得意そうに言う。


「ささっ、釣りましょっ。誰が一番釣るかしらねっ」


アンが大人の対応で釣竿を振り始める。

既にフライは結んであったようだ。・・・ずるい。

与作も水の中の石をひっくり返して餌を獲り始める。

ミラは与作から貰った餌をつけると急いで糸を流し始めた。


べるでと八尾は大岩の上に布を敷いてお茶の支度をしてから釣り始める。


「来ただー、一匹めー」

ミラはごぼう抜きで釣り上げた。・・・相変わらずである。

魚は砂利の上でビチビチと跳ねる。ぎゅっと握って針を外し魚用の竹籠に入れる。

そして餌をつけるとまた竿を振り出す。手返しは早くなったようである。


負けずとアンも魚を引き寄せている。

ちょっと魚が大きく、ズルズルと砂利の上に引き上げると針を持って竹籠の上でくるりと回して魚を落とす。

入れたと思った次の瞬間にはまた竿を振り出す。


漁師かっ!

八尾は手返しの良さというか勝負事に対する負けん気の強さに苦笑しつつ、やっと竿を振り出した。


べるでは竿を振り出すと一番手前の岩陰から順に攻めていく。

そして、小ぶりの魚を次々と釣り上げている。


小一時間経つと食いが悪くなった。

魚がスレてきたのだ。

ここからは腕の勝負所だ。


ごぼう抜きをしているミラの近くはさほどスレていないのか、ポツポツと釣れているようである。

与作は場所をこまめに変えて上流に登っていく。

アンは下流。

八尾はフライを替えたりアクションを加えたり、と色々小細工を施す。

べるでは岩の縁から引きずり出すようにこまめにアクションを加えて食いを誘っている。


腰にぶら下げた魚用の竹籠は昼前には一杯になってしまった。


「そろそろ昼にしようか?」

3時間の釣果としてはまずまずである。


流木を集めて焚き火を熾す。

八尾はライターで火をつけた。


「ヤオにぃーちゃ、前から不思議だったんだども、そりゃなんじゃ?

すんぐに炎ば上ごうて便利なもんじゃねぇ」


「あぁ、これか、これは100円ライターって言って、ここ押すと火が出るんだよ」


と言ってライターを渡す。

100円ライター・・・と言っても今は100均で3個、5個入って100円だが・・・

八尾は電子ライターとフリント式ライターの二種類を必ず数個リュックに入れていた。

当然ストックは部屋に置いてある。渡したのはフリント式ライターの方だ。


「使い捨てって言って中の液体がなくなったら終わりなんだけど・・・

それあげるよ、山の中で遭難とかした時に便利だよ」


あまり便利さを感じたくなくなる説明ではあるが・・

与作は顔を輝かせて喜んだ。


「与作は駆除隊の隊員だからなっ。一つぐらい持ってた方がいざと言う時に安心だろ?」


「そうねっ、火は大事だものねっ」


「そうデスね。山で迷った雨の夜など、火打石では火が付かない事がありえマスですね。」


与作は何回か試しに火を着けて見たあと、大事そうに懐に仕舞った。

八尾は魚を串に刺しながらそれを見て、町で売れるかなぁ・・と思案していた。


「タケルっ、オーバーテクノロジーを売り物にしない方が良いわよっ」


小声でアンが釘を刺す。

相変わらず顔に出やすい八尾であった。


焼いた魚と握り飯で昼を済ませた。


「さて、今日は大漁だったし、これで引き上げようか」


「えぇーオラもっと釣りてぇだよー」


「ミラ、もう魚籠さ入らねぇだろ?もう終いにするだよ 魚捌かねばならんしな」


釣りを終えて家まで坂を上がると、そのままミラと与作は自宅へ帰って行った。


八尾は何匹かのヤマメを背開きにして、塩水で洗い、干すために庭先に出た。

干物が食べたかったのだ。

本当はアジの開きが欲しい所だが、代用品で済ませる。


庭先ではキジバトがブーン、ブーンと二羽向かい合ってジャンプしていた。

縄張り争いなのだろうか?

しばらくして一羽が飛び立って行った。

残った一羽は勝ち誇ったように飛びたち、近くの木の上で鳴き始めた。


もう春である。

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