ゴルノ村の春

第78話 ゴルノ村への帰還

小屋を後にすると、村までは急ぎ足だと半日ちょっとである。

日が傾く前に村に到着する予定である。


八尾達は熊の痕跡を探しつつ、昼も歩きながら食べ食べ、村に向かう。

おかげで未だ日が高いうちに村が見えてきた。


「やっと着いたわねぇっ、長かったような短かったような・・・」


「アレなんでしょう?垣根みたいなのが見えマスが」


村を取り囲むように、先を尖らせた細目の丸太で作られた荒い柵が出来ていた。

いや、まだ完成してはいないようだが、森への出入り口となる所は既に柵で覆われている。


「おーい」


八尾は畑の中で立っている男に呼びかけた。


「おめさ、ヤオかー? おぅお帰りー いま開けるでよ」


「「ダルさーん、ただいまー」」


べるでもアンも大語でで叫ぶ。


ダニエルが柵の紐を解き、横にずらして八尾達が中に入れるようにする。


「なにが有ったんですか?この柵・・・」


「それがよぉ、おめさ、聞いてびっくらすんなよ。 

熊さ出たでよぉ、でっけぇ熊が。

ミラと与作が釣りさしてる時によぉ、でっけぇ熊がでてよぉ」


「ミラはっ?ミラは無事なのっ?」


アンは顔を青くして聞く。


「あいつらは無事だぁ、悪運がつえぇってかよぉ、与作が睨んだら逃げたって言ってるだよ」


八尾達は胸をなでおろした。


「ダルさん、びっくりさせないでくださいよ。」


「大変だったのはそれからだ。足跡みてよぉこりゃ大変だって村中大騒ぎしてよぉ

して、みんなで柵さこさえてるだでよ。今は西側を作ってるとこだぁ

おめんとこの家を川に下ったトコに足跡あっから後で見てみんべぇよ

おぉ、ルイは西側で皆と一緒に柵こさえてるから、ただいま言うて来るだな」


ダニエルは東側の監視をしているらしい。

万一熊が来たら鍋を叩いて皆に知らせる役目らしい。


一旦家に戻って、竹で編んだ背負子を降ろす。

家は誰か掃除をしていたらしく、綺麗であった。


そして、西側に向かう。


「おーい ただいまー」


手を振ると、皆気が付いて手を振ってる。


「お疲れ様デス」


「アンねぇーちゃー、べるでねぇちゃー、ヤオにぃちゃー」


ミラが駆け寄って来ると、アンに抱き着いた。


「?アンねぇ?アンねぇちゃ?」


アンはここ10日間で髪の毛もすっかり濃い紫色に代わり、小さかった体も少し大きくなっている。

毎日見ていると変化を感じないが、10日ぶりのミラは意識の補正が入っているとは言え違和感があるのだろう。

脇からべるでがピリピリっとさせる。


「うん、アンねぇちゃ、アンねぇちゃだ。

アンねぇちゃ、熊が出ただよ。おら見ただよ、こやま位あるでっけぇ熊だったでよぉ」


実はミラは見て無いのだが、与作が皆に説明をしていたのを聞いているうちに見た気になってしまっているのだ。


「ヤオにぃーちゃー」


与作も走って来た。


「熊が出ただよ熊が、でっけぇ熊が、釣りさしてたら出ただよ熊が」

「そだ、でっけぇ熊だったなぁ、与作が睨んで追い返しただよ」


状況は良くわからないが、与作が睨んだら襲われなかったと・・・


普通、熊は人を餌として認識していない。

奴らは食べられるものを食べられるときに食べられるだけ食べる。

水でも飲みに来た時に出くわしたのだろうか?

対峙しなければそうそう襲われるものでは無いとは言う。


「おぉヤオどん、おめさ無事に帰っただか。こりゃ何よりだ。

おめさ居ね時に、与作ばミラと釣りに行って熊におうたっちゅーから、びっくらしてよ。

して、村さ柵ばこさえてるだよ

おめさ、聞いたか?行商人さ、何人も行方不明っちゅー噂だで

ほんに、よう帰えってこれて何よりだ

おめさも疲れたで、家さ帰えって休むだ

おらたちゃ柵ばこさえるで、夕方にでも家さよってけ」


森から細めの丸太を切りだしてくる人、丸太の長さをそろえる人、

先を尖らせる人、蔓で柵に結んでいく人、分業で皆忙しそうである。

邪魔しても悪いので、言われるまま家に帰る。


囲炉裏に柴をくべて火を付ける。

冷え切った部屋に煙が立ち込める。

暫くすると暖かい空気の流れで煙は屋根の方に上って行った。


べるでは番茶を入れる。


「これが一番ほっとするね」


八尾は満足気に言う。べるでは頬をちょっと赤らめ嬉しそうにほほ笑む。


アンはお土産を分類している。

あとでルイの家に行くときに持っていくもの、個別に渡すものと色々だ。


「きゅーん」


玄関からポチが入って来た。

土間に入ってきてキョロキョロしている。


「おっポチ、元気そうだな・・って何を探しているんだ?

あれ?べるでは?」


「お風呂が沸きまシタよ」


お風呂を沸かしていたらしい。


「あら、ポチ、元気? ふせ、匍匐前進、止まれっ。」


と近づいて頭を撫でる。ポチは満足そうに目を細めた。


二人が風呂に入っている間に八尾は囲炉裏でポチに肉を焼いてやる。

足を拭かれたポチは囲炉裏端に陣取り、焼ける肉をじっと見ている。

焼けた肉を囲炉裏端に置くと、ポチは冷めるのをじっと待っている。


八尾は湯呑に番茶を注ぐ。


静かな・・・時間が・・・過ぎていく・・・

風呂場がちょっと騒がしいが・・・


ポチは肉が冷めたのか、パクっと加えるとモゴモゴしながら飲み込んだ。

尻尾がブンブンとしている所を見ると旨かったのだろう。


二人が風呂から上がって来たので、八尾も風呂に入る。

体を洗うと盛大に垢が出た。


さっぱりして風呂から上がるとミラと与作が来ていた。

今日の作業が終わったらしい。


10日間の間に与作は顔つきが大人びてきた気がする。

熊と会って色々と大変だったのだろう。


外にでると日は既に山に落ちて周りは薄暗くなりつつある。

白々とした天空に星が一つ、キラキラと輝いていた。

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