第73話 そしてシヤルスクの夜は更ける

「タケルっ、夕食はどうする?」


「そうだなぁ」


ふと見ると目の前に『葦田あしだうどん』と言う看板があった。

つまりここに入れ・・・と。

看板が無ければ民家と見間違いそうな佇まいである。

中に入ったら「うどん屋は隣よ!」とか言われそうである。


アンに後ろから押され、中に入る。

入り口と言うより、ほぼ玄関である。


「ばっちゃー、お客さんだで、未だ大丈夫け?

あ、いらっしゃいませ 三名様でよろしかったですか?」


若い娘さんが応対してくれた。昼は何処か別な所で働いていて、夕方帰ってからのお手伝いだろうか?

若い・・と言っても二十歳前後、いや、後はいらない、19,20歳位か、八尾達一行よりは年上である。


「はいっ三人でお願いします。」


「何処でも好きなところ座ってね。」


3つの座敷のふすまが外されたような作りの客間のような空間に案内された。

中は畳敷きでテーブルが6つ程並べられている。


適当な所に座布団のような物を敷いて座った。


「ええと、メニューは肉うどんしか無いんだけど、暖かいの冷たいの?」


「あたし暖かいのっ」

「では私も暖かいのをお願いしマス」

「じゃ俺は冷たいのを」


「はい、暖かいの2つに冷たいの1つですね。」

「ばっちゃー、おん・にー、れい・いちー」


「はいよぉー」

奥から大声が返ってくる。


娘さんが奥に引っ込んだかなと思ったらお盆を抱えて戻ってきた。


「はいお待ち、まずは冷たいのからね。」


「うわっ早いですね」


「お客さんが入ってきた時点で茹で始めてるからね。

うちは茹でたてが早く出るのが自慢なのっ」

娘さんは笑いながら言った。


「はいはい、お次暖かいのね」

腰の曲がったばあちゃんがお盆を2つもって出てくる。


麺はごんぶとだった。

一本一本が単三電池ぐらいの太さである。


八尾はざるに盛られたうどんを箸で一本つまみ上げる。

中央を持つと、30センチ程である短めの麺は、辛うじてUの字に曲がる。

非常に腰が強い。


麺の端を付け汁に漬けて食べる。

つるつる・・・とは啜れない。

端からモグモグと食べる。

細長い団子のようである。


手打ちなので太い細いがあるが、総じて太い。


アンもべるでも、麺の端を探してモグモグと食べている。

暖かいうどんは未だ強い腰がある位で済んでいるようだ。


味は絶品である。

腰が強いので必然的によく噛んで食べる事になるが

噛むと小麦の甘さが伝わってくる。良い粉である。


モグモグと食べていると、再び娘さんがお盆を持ってきて。


「このうどんは家でばっちゃが打ってるのよ、粉もシヤルスクの地粉ね。

はい、これ付け合わせの、おにぎりと天ぷらと焼き魚ね

煮物と漬け物は大鉢から好きなだけ取ってね」


八尾は目が点になってそれらを見る。

うどんだけでも結構なボリュームである。

それに付け合わせだけでも定食並だ。


べるでが食べきれなかった分はアンと八尾がやっつけた。

立ち上がるのが苦しい状態でお会計を済ませる。


「はい、一人3クオタ(750円)だから2銀1クオタね」


「「「ごちそうさまでした」」」


皆満足であった。満足過ぎて苦しかった。


そして、ホテルに戻ると内職が始まるのだ。

熊脂に鹿ジャーキの袋詰め作業だ。


アンは簡易に作った天秤でジャーキを計る。

そして油紙て出来た袋に入れてからノリで閉じる


黙々と作業をしていると、アンがつぶやく。


「明日、午前中に全て片付いたら出発かぁ、名残惜しいような、村が恋しいような不思議な感じねっ」


「名残惜しいデスね」


「帰りたくないね・・・もう一日位延長しても良いかも・・・」


「でも、帰ったらやること山積みよっ、退屈しないでいいわ」


そう、畑を耕して種蒔きのシーズンが始まるのだ。


夜も更けた頃にやっと袋詰めが終わった。


片付けて、お茶を沸かしていると、疲れたのだろうか、べるでは寝息を立てている。

起こさないように、そっとベッドに寝かして毛布を掛けた。

べるでは、モゾモゾと動いてまくらを抱き込むと再び寝息を立て始めた。


「ねぇタケルっ・・・お願いがあるんだけど・・・べるでに端末出しても良い?」


べるではもう直接のストレージアクセスが出来ないのだ。


「あ、あぁ、それと同じの? たぶん残高足りないから一両潰して入れなきゃね

駆除の報奨金で買っちゃおう」


「そうねぇ、一回り大きい奴でも良いかと思うのだけどっ、価格はそんなに違わないからっ」


「使いやすければ良いんじゃない?」


「ありがとう、タケルっ」


アンは自分の事のように喜んだ。


お茶が温まったので、再びソファーに座る。

なぜかアンが横に座って来た。

そしてお茶を一口飲むと


「タケルぅ、もう一つお願いがあるんだけど・・・・」


八尾は今度は何だろうと身構えた。


「べるでと濃密接触キスしたでしょ? 

私の時って気を失ってたじゃない? だから何も覚えて無いのよっ・・・だからねっ・・・」


八尾は規定の事は細かく知らない。

そして、僅かにぼかしたアンの言葉も誤解を生んだ。


アンは恥ずかしかったのかランプの火を消した。

そして、何か言いかけた八尾の唇に重なった。


八尾は誤解したままだった。


「あっ、やっ、ちょ・ちょっとま・・・」


夜は静かに過ぎていった。

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