第72話 熊脂は化粧品で売る

「さぁっ、今日は体調大丈夫ねっ。朝からあちこち回るわよっ」


ホテルの朝食を済ませて南町に行く。


ちなみに、ホテルの朝食はメインディッシュ以外を自分で盛り付ける、バイキング形式である。

メインはお好みの焼き加減で焼いてもらう玉子とベーコン、そしてソーセージだ。

ソーセージは腸詰ではなく、薬味を混ぜた肉を棒状に焼いたイタリアンソーセージ。

それにサラダとパンを自分で盛る。八尾はサラダのマッシュポテト状な物を山盛りにして食べていた。


・・・

・・・

・・・


朝になると大門が開く。

つまり誰でも自由な往来が可能となるのだ。


「さあっ、・・・って店がほとんど閉まってるじゃいっ!」


朝8時頃である。当然と言ったら当然なのであるが・・・


「仕方無いわねっ。ぶらつきがてら、探検しましょっ」


買い物目的ではなく、散歩をするのは初めてである。


シヤルスクの町は、碁盤の目である。

東西南北に通りが走っており、町を分割する大きな道には水路がある。

掘割と呼ばれ、なんでもこれは水運だけでなく、防火が主目的の作りだそうだ。

火災が発生した時、初期消火に失敗しても大きく延焼するのを防止出来るとのこと。。

幾度と無く繰り返された大火の歴史だ。


防火用の桶が重ねられている所には大きな木の槌が置いてあり、冬の間は水路の氷を割って消火用の水を汲んだり、延焼しそうな家屋を叩き壊すのにも使ったりするそうだ。


大門の壁沿いを歩いていると、大きな煙突のある屋敷のような建物が目に入った。


近くによると「ゆ」とある。お風呂屋さんだ。


八尾達は村を出てから風呂に入ってない。

旅の途中やホテルではタオルで体を拭くだけであった。


「タケルさん、入っていきマスか?」


「あ、あぁ。 それも良いかな。」


一番風呂である。

風呂屋はこの町に数件あるらしい。

一般の家には風呂が無く、ほとんどの住民が通ってくると言う話だ。

なので、朝一番から夜更けまで、清掃時間を除きほぼ無休だそうだ。


入ってみると、中は残念ながら、男湯と女湯に仕切られていた。


体を洗って、風呂に浸かる。

湯の温度は高い。45,6度ある。

爪に湯が噛みついてくる。


「あちっちちっ 水水 水入れなきゃ入れないわよっこれっ」


「馬ぁ鹿ぁ野ぁ郎ぅ 水なんか入れるんじゃぁねぇぇわ」


老婆に怒られるアン。

一方男湯も熱いのだが、八尾は熱い風呂好きなので問題ない。


「こぉいぅのはじゃなぁ 大事なとこ押さえて一気に肩まで浸かるんじゃぁ」


言われるままに浸かるアンとべるで。


「やればできるじゃろぉ ひょっひょっひょ」


老婆は笑った。


「お前さん方、どっから来なすった? ゴルノ村? そりゃよぉ来たなぁ

ここの湯が熱い理由はなぁ、この時間は皆忙しいんじゃわ。それに混むからの。

だからさっと入ってさっと出るために熱くしてるんじゃわ」


「なるほどねっ」


見れば洗い場が混雑しだした。

洗い終わった人から順に湯船に入って来る。


約3分間で二人は茹で上がった。

湯船から出ると首から下と上で色が違う。


「じゃお先に失礼しますねっ」


老婆は未だ入ったまま。


「おまいさん方、体が熱いうちに服をきるんじゃぞ、そうすれば湯冷めせんでな」


体と髪を拭きあげて、服を着る。

ふと番台を見ると『つめたいミルクあります』とある。

熱い風呂に入って喉が渇いてた二人はミルクを頼む。


番台近くの椅子に座って飲む。


「あら、おキヌちゃん?あんた手荒れどうしたのよ?スベスベじゃない?」

「これねぇ昨日、お客さんに膏薬を貰ったんだけど、効き目が凄いのよ ほらっほっぺだってツルツルよ」

「へぇ、どこで売ってるの?」

「まだらしいんだけど、『ら・えすぺらんさ』がどうのこうのって話だから、今度行って聞いてみるのも手よね」

風呂屋で行う井戸端会議である。


・・・そういえばロハスさんとこに行かないとねっ


二人の髪の毛が乾くころ、番台から声を掛けられた。


「お連れさんがそろそろ良いか?って言ってますよ」


湯上りで火照った体に外の風が心地よい。

やっと開き始めた店を数件回って買い物をしてから、『ら・えすぺらんさ』に向かった。


「「「こんにちは」」っ」

「先日はすっかりご馳走になりまして・・・」


「あはは、バレンティーナもロハスもすっかり二日酔いでね、昨日はティノが一人で店番してたのよー

全くみんなだらしないわねぇ」

笑いながらキャロが喋る。というが、ティノが一人店番って事はキャロも二日酔いだったって事じゃ?

今日ロハスは商人会での会議と言う事で不在だった。


「早速なんですが、これを売りたいと思ってまして、何か売るのに良い手は無いかと・・・」


八尾は熊脂軟膏の入った貝殻を取り出す。

キャロは手に取って蓋を開けた。


「ふぅん、これが熊の脂? 真っ白なのね。で、幾ら位で売りたいの?」


指につけてペタペタと伸ばしだした。


「あら?塗るとわりとさらっとするのね。ふぅん・・・」


「スタンさんが言うには1銀位で売れるんじゃないかって話だったのですが」


「軟膏として売ったらね、たぶんそれぐらいが妥当な線なんだけど・・・

どう?これ、化粧品として売ってみない? 

ほら、ここって、空っ風吹いているでしょ。みんなあかぎれになるのよ。

入れ物も可愛くしてあるし、化粧品として売れるんじゃないかしら?

顔や手にって書いて売ったら1銀2クオタ位大丈夫だと思うわよ?」


「なるほど、化粧品ですか」


「売る所・・なんだけど、いまいまお金に困ってないなら、委託販売の方が良いかもね。

例えば、うちの店は買取なら五分なんだけど、委託なら四分六よ、ヤオ君なら七三でも良いわ」


買取なら現金が直ぐに手に入る。委託なら売れてから清算なので、実入りは良いが現金が入るまで時間がかかる。

売る側としては売れ残りのリスク分だけ買取値が下がるのである。


「じゃぁ委託でお願いできますか? あと他に干し肉とかもあるんですがそれも大丈夫ですか?」


「もちろんよ、ここのスペースに置けるだけ置いて構わないから。」

と壁際に空いた一畳ほどのスペースを指さした。


「ごめんください」


一人の若い女性が入って来た。


「おキヌちゃんに聞いたんだけどぉ、こんど、なんかあかぎれに効く膏薬を取り扱うとかぁ?言ってたんだけどぉ

それって、もう買えるの?」


八尾とキャロの目が合った。キャロの目はキラッと光っている。


「えぇ、ホントは明日明後日位からお店に並べる事になってるんだけど、これね、一個1銀と2クオタなの」


「買えるの?やったぁ。じゃぁ二つ頂戴。」


女性は喜んで3銀ほど支払うと可愛い袋に入った貝殻を二つ購入して帰っていった。


「・・・このタイミングじゃサクラって事も無いわよねぇ・・・ヤオ君がそんな事をするとも思えないし・・・

良いわ、ええと、まだお店通してないからこの3銀はヤオ君のものね。

じゃぁ台だけ出しておくから、明日にでも並べて頂戴、

あ、とりあえず20個ほど先に置いて貰えるかしら。さっきの娘、凄いおしゃべりなのよ」


なるほど・・と八尾は在庫を20個程置くと


「じゃぁ明日、残りの品を持ってきますね。」


「あとでロハスに契約書作っておいてもらうから、また明日ね」


そして、店を出た三人は・・・・

油紙で出来た袋を購入したり、昼に海鮮焼きを食べて、また貝殻を買い取ったり・・・

八尾は、もちろん二人の買い物に付き添って疲れ果てて・・・


楽しいシヤルスクの一日は終わっていった。

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