第71話 夜鳴き蕎麦

「う~ん、寝付けない」

隣のベッドをみると、アンとべるでは寝息を立てて熟睡している。


八尾は昼間、二日酔いで寝込んでいたので眠気が無い。


夕飯に食べたブフェドコミダ特製肉野菜パン(大盛)を食べたのだが、寝る頃には小腹が空いて来たのだ。

二日酔いの後には肝臓がカロリーを欲しがるものである。


八尾はそーっと音を立てないように部屋を抜け出した。


シヤルスクの南町は夜も明るい。

北町はすでに明かりが落とされ真っ暗であるが、南町に程近いホテルの周りは若干だけ燈明で照らされている。

南側を見ると煌々と町の建物が照らし出されている。

ホテルは北町にあり、南町との間の大門は通常閉じられているのだが、横に小さい扉があり、中で受付をすると大人の男性に限って行き来出来るのだ。

理由は言うまでもない・・・そういう目的の為である。


八尾は南町に入った。


何か食べ物屋を探そうと、八尾は歩いた。


すれ違う人はみな赤い顔をして歩いている。


ふと脇を見ると、天秤棒の両端に行燈のようなものが付いた屋台があった。

屋号なのだろうか?提灯には的の中心に矢が刺さっている絵が描いてあり、当たり屋と書かれている。


「おっちゃ・・え?あ?、お・おねぇさん?」

店に近づいて声を掛けると、店主は和服姿の女性だった。


「あら、いらっしゃい。初めて見る顔ね。山かけ?それともトロロご飯?」


「山かけ・・蕎麦ですよね? それ一つ下さい。」


「ここじゃ言わなければ蕎麦ね。お客さんどこの人?

一応うどんもあるけど、うちで打って無いから味は保証出来ないわよ」

笑いながら言う。


「ゴルノ村・・って分かります?そこから来ました。」


「ゴルノ村・・確か西のほうだったっけ、そういえば、ちょっと前にゴルノ村の人来たわね。

夜更けに来て、急いでまた帰るからって慌てて食べて行っちゃったっけ

まさか、お客さんもこれから帰りなさんの?」

喋りながらも店主はゴリゴリと山芋をすりおろし、たれを混ぜてすり棒で混ぜていく。


「いや、まだあと2、3日滞在する予定なんですが」


「へぇ、観光かい?良いねぇ ハイお待たせ。当たり屋特製山かけ蕎麦よ。」


蕎麦の上に丸くトロロがのり、中央に小さい卵・・・ウズラの卵だろうか?が乗っている。


「いやぁ、役場の手続きと後は商売を少し」


一口、蕎麦だけを脇から引き上げる。

麺は細く、つやがあった。

出汁のカツオ節の匂いが立ち込める。

ツルツルとした二八蕎麦の滑らかな喉越しにふんわり伝わって来る蕎麦の香り。

箸で手繰っても決して切れることはないが、口の中で歯と舌で挟むとぷつっっと切れる。


八尾は卵の黄身を箸でちょいと破る。

そして脇から引き上げた蕎麦で黄身を絡めて啜る。

黄身は味が濃くて旨みが強い。


そしてトロロを絡めて食べる。

トロロも風味が強い。出汁で伸ばしては有るが、噛めるほどに力強い。

麺つゆに混ざらない程である。


「お客さん?あんたホントにゴルノ村の人?

その食べっぷりはシヤルスクっ子よ?」


「おぅ、すまねぇが一杯くんねぇ」

八尾はドキっとしたが、別なお客が割り込んでくれて助かった。


「あら、近さん、ご無沙汰ねぇ」


見上げるとお奉行だった。

「おぶ・・近さんっ!」


「なんだヤオじゃねぇか。夜遊びたぁ感心しねぇな

おぅ昨日はありがとよっ、熊の胆効いたぜぇ、二日酔いなんざ屁みたいなもんだった」

・・近さんが(も?)使ったらしい・・・


「あら?お知り合い?」


「おぅ、こいつはゴルノ村からロハスと一緒に来たんだ

今度のハンター試験にも来るってよ」

・・・個人情報ダダ漏れである。


「へぇ、ハンターになるの。 はい、お待ち同様 何時もの奴」

・・・かけ蕎麦だ。


近さんはネギを小鉢からとって少し入れる。

「寒ぃ時はこいつが一番だよなぁ」


よく見ると薬味はネギと山椒だけのようだ。


八尾は懐から唐辛子を取り出す。


「近さん、これ試しませんか?トウガラシ 貰い物ですけど」


「なんでぃこりゃ、おうっ、ピリッとしてこりゃ汁蕎麦に合うなぁ 

こりゃいいや、体もあったまってよ」


「へぇ、ヤオ君だっけ?ちょいとこっちにも頂戴な

うわっ かっらーい 水水っ

ふぅ、ふうぅん、なるほどね。でもちょっと風味が単純かしら?

でもうどんだったら合いそうね。ううん、他に風味付ければソバにも合いそう。

これってもっと手に入るの?」


「貰い物なんでこれしかないんですが、今度ゴルノ村で育ててみようかと思ってます。」


「じゃぁ収穫出来たら是非、このお姉さんとこに売りに来てよ」


「おぉ、良いねぇ、うめぇ蕎麦がもっとうまくなるぜぇ」


「お世辞言っても安くならないわよ?」


「おぅ、ごっそうさん。わりぃんだけどよ、小銭しかなくてよ

ちょいと数えるから受け取ってくんな。ひーふーみーよ、いつむーななーや

そうだ、今何時だい?」


「八つよ、もう騙されないんだからっ」

現時刻は10時であった。


「はははっ、じゃぁこれ2クオタな。その文銭はチップだ」


八尾は残ったトロロを飲み干した。

「おねぇさん、こっちもお勘定、うまく育ったら持ってきますね。」


「ありがとうー、じゃ期待して待ってるわね」


お勘定を払うときにお姉さんの手が荒れてるのを見て

「よかったらこれ使ってみてください。 熊脂です。」


「へぇ、熊の脂、これなら食品扱うあたしにも問題なさそうねぇ

綺麗に包装してあるけど、これも売るのかい?」


「えぇ、まだ売り方を決めてないんですが」


「おぅ、その辺はロハスに相談すると良いな、いや、キャロの方が良いかもな

で、これからどうすんだ?もっと南に行くか?」


「いや、もう帰って寝ます。腹も満たされたんで」


「そうか、じゃまたな」


近さんはそう言って、再び南に消えていった。


八尾もホテルに戻るとこっそりと部屋に入った。

部屋の中ではアンの寝相に耐えかねたべるでが、足元の方で丸まって寝ていた。

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