第64話 野営地で夜営

野営地は区画ごとに分かれている。

場所を確保する・・・と言っても人は数えるほどしか居ない。

みな行商人っぽい感じでロバから荷物を降ろしている。


川を渡った時に濡れた服を替えて荷馬車で干す。


八尾たちは河原で流木を拾い集め、水を汲んだ。


その後、八尾はフライロッドを出すと釣りを始めた。

渡った所のザラ瀬の上はちょっとした淵になっており、

そこに流木が固まって落ちていたのだが、時たま魚がキラっと光るのを八尾は見逃さなかった。

・・・釣り人のサガである。


ニンフを流すと割とすぐ喰いついた。

さっと合わせると小さい魚体はフッキングのショックに驚いたか、ほぼ無抵抗で釣りあがった。

ウグイだった。


アンが八尾を探しに来ると、八尾が釣りまくっているではないか!

「あたしもやるっ」

っとアンもロッドを振り始める。

アンのフライを結ぶ姿も手慣れたものである。


「来た来たっ」

「で、タケル、なにこれっ? ヤマメじゃないのよね?」


「それはウグイ、意外と旨いよ」


釣れる釣れる、二人で釣るから倍釣れる。

30分で40,50匹は釣っただろうか?


意気揚々と野営地に戻った。


野営地では人だかりが出来ていた。

中心ではロハスが熊の話をしている。


「ほぉぉ、そりゃえれぇこったなぁ 熊公がもう出ちまってるのか」

「おりゃ、行き先を替えるか、それとも行くのを止めるか、思案どころだなぁ」

「俺が通った時には大丈夫だったがなぁ、ホントに居たのか?」


反応は様々である。

夕暮れは近いが未だ明るい。

何人かは対岸で熊が水を飲んだ所まで足跡を見に行ったらしい。


そして、興奮して戻って来た。

「おぅ、あったぜ、足跡、こんなデカいの」

と言って手を広げた。


「ううむ・・・おりゃ暫く様子を見ることにしよう、今回の行商は他に行く。」

「おらっちは村に帰らなきゃなんねぇからなぁ、道を変えるかどうするか・・」


足跡と言う証拠があったことで、余計にざわついた。

だが、どうすることも出来ない。

ロハスは町に付いたら役所に報告をすると言って場を収めた。

そして、夜は、熊が川を渡ってこないか、交代で夜番をすることになった。


・・・

・・・

・・・


「マイロード、鰹節が手に入りましたので、味噌汁を作りマス」

べるでは行商を取りやめたと言う者が持っていた鰹節と干し肉を物々交換したと言う。

他にも、魚と青菜を交換したとの事で、久々の野菜が食べられるのだ。

思えば、こちらに来てからちゃんとした野菜は初めてだ。


八尾は焚き火でウグイを焼く。

今日食べる塩焼きと、干すように遠火で炙る素焼きと二種類作った。


べるでは青菜を猪のベーコンと炒める。

ご飯も炊きあがった。


「おぉ、こりゃ豪勢じゃな。 べるでちゃんとの夕食も今日が最後か。

町に戻ったら、わしゃ、また侘しい一人の食事じゃのう。」

スタンじいさんがしんみりとした口調で喋る。


「なに言ってる、じいさん。 あんたちょくちょく家に飯を喰いに来るじゃねぇか」


「ヒャッヒャッヒャ そうじゃった、そうじゃった。

あれでいて、カロリーナ嬢の飯も中々なもんじゃな。また最近腕を上げたの 

ヒャッヒャッヒャ、そうそう、最近と言えばバレンティーナも中々じゃな

あのお転婆も良い嫁になるぞ 」


「じじぃ、お転婆は余計だ。 黙ってさっさと喰え」


「ヒャッヒャッヒャ こりゃ失言だったわぃ、湿原のなかで失言じゃ ヒャッヒャッヒャ」


じいさん、酒も飲んでないのに陽気である。


「ヤオ君、さっき・・・弓に変えたよね あれは一体どんなつもりだったんだい?」

もう、ストレージから取り出す事は誰も気にしてない。


「あれは、熊が弓の間合いを取っていた気がしたので、弓に対して警戒してるんじゃないかと」


「マイロード、私もそう思いマス。夜出てきた時は私の弓を散々見てまシタので」

だから、べるでは移動の時も弓を片手に持っていたのだ。


「じゃぁなにっ?弓を持っていれば寄ってこないって訳?」


「完全に避けられるって訳じゃ無いとは思うんだけど、ある程度の回避は出来るんじゃないかな?」


「ふうん、なるほど、いや、べるでちゃんもヤオ君も、よく観察しているね

そいつは気が付かなかったな。うん、あとで皆に知らせてやろう

どうしても森を進むって奴もいたからな」


「そうだ、ロハスさん、明日はいよいよ町じゃないですか?

何か注意するような事ってありますか?」

八尾は町の状況を良く知らない。ローカルルールが判らないのだ。


「そうだね、ヤオ君は町は初めてか・・・」


「はいはいっ、私もべるでも初めてよっ」


「この時期、まだ人が少ないから待たされるようなこともないと思うが、

入る時と出るときにイミグレーションがあるんだ、書類はルイが持たせてくれたろ?

それで、入る目的を言うんだが、今回は手続きと商用って言うんだよ」


「商用・・ですか?」


「そうだ、商用じゃないと中で物を売ることは出来ない。

なんか売ろうと思ってるものがあるんだろう?

あと、初日に有害駆除の件を役所に出すだろ?

ついでに今回の熊の事を伝えたいんだが、同席して良いかな?」


「もちろんです。こちらこそ宜しくお願いします。」


そして、食事が終わると、それぞれ夜番が決まった。

八尾の順番は明け方だった。


寝る前、べるではストレージから一本の竹を取り出すとそれを6つに割った。

節を落とし、両端をナイフで削っていく。

見た目が弓のようなものが3つ出来上がった。


そこに麻紐を掛け、弓のようなものを作ると、夜番の人に持たせに行った。


河原では煌々と篝火が焚かれていた。

夜番の人は口々にべるでにお礼を言っていた。

何も持たずに立つよりは、心強いのであろう。


夜は何事もなく更けていった。

そして夜の天井が低くなるころ、八尾の夜番となった。


交代に行くと、皆興奮している。


「熊が対岸まで来てよぉ。この弓見せたら暫く睨んでたけど去って行ったぜ」

「おうよ、こりゃ良い熊避けだなぁ」


「片目の熊でした?」


「いや、暗いし遠いからなぁ、そこまでは判んねぇなぁ」


八尾は崖の上に目を凝らした、薄ぼんやりと明るくなりつつあるが、

熊は何処にも見えなかった。


夜番の終わった人たちが野営地に帰っていく。


残ったのはロハスと八尾だけだ。


もう、明るくなりつつある。

八尾はロッドを出すと釣りを始めた。

ガイドに付いた水滴が凍る。

その都度、八尾は水面に竿を沈め、氷を溶かす。


数匹釣り上げた所で時間となった。


熊は現れなかった。

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