第63話 森を抜けて

その後、ロハスは熊を見ていない。

だが、何か視線を感じると言う事で、朝食は交代でとることにした。


そして出発。


ロバは、スタンじいさんが手綱を取らなくても町へと足を進める。

まるで、この場所から早く立ち去りたいかの如く・・・


八尾とロハスは殿しんがりを務める。


荷馬車を一つ挟んだ前にはアンとべるで。

べるでは長い弓を出したままだ。


先頭のスタンじいさんは、道の横側を気にして歩いている。


何時、昨夜の熊が出ても、全くおかしくは無いのだ。

皆、道の横を、森の奥に痕跡が無いか、キョロキョロ見ながら行進する。


確かに何か遠くから観察されているような気がする。

いや、緊張感が高まり、そう感じているだけかもしれない。

気のせいであって欲しい。誰もがそう思いながら進む。


昼を過ぎたが、ロバは足を止めない。

ロバが足を止めないので、八尾達は歩きながら握り飯を食べる。

食べながらも周囲への警戒を怠らない。


相手は熊である。

荷馬車を引いたロバなど、あっという間に先回りして待ち伏せることは楽勝に出来る。

気が抜けない。

誰もが無口であった。

緊張感が全員の目をギラギラとさせていた。


そして、森が深くなる。

常緑樹から冬の木漏れ日が射す。


ロハスが沈黙を破る。


「ここを抜けたら川だ。流石に川を越えれば大丈夫だろう」


まるで死亡フラグのような発言である。


「そろそろ熊の縄張りから抜けたんじゃねぇか? 

流石の熊公もここまでついてきておらんじゃろ ヒャッヒャッヒャ」


スタンじいさんが死亡フラグに輪を掛ける。


前方が明るい。森の端なのだろうか?


その頃、遠巻きに見ていた熊は考えていた。

どうやったら、あのビョーンってする奴を持った奴を出し抜いて、おやつが手に入るだろうか? と


『あいつ、ハンターだけあって抜け目なく様子探ってやがんなぁ、

あいつさえ先に仕留めれば、後は左手の小指だけで勝てるんだがなぁ』


森の端は断崖である。

そこに幾重かつづら折りで河原に降りる道が開かれている。


ロバが曳いている荷馬車は重い。

ブレーキと言うものは無いので、あまり無理をするとロバを巻き込んで勝手に下ってしまう。

そろそろと注意深く降りていく。

気は焦るが無理は禁物である。


先頭の荷馬車が河原に降りた時、小石が一つ、カラカラと音を立てながら崖から落ちてきた。


上を見上げるスタンじいさん。


「おぉ、でけぇ熊じゃのう。やっぱり後ろを付いとったか。

ほれ、崖の上に熊じゃ 流石に奴もここまで降りてこんじゃろ ヒャッヒャッヒャ」


八尾たちも河原から見上げる。

崖の高さは30メートル位であろうか。


八尾は870、アンはレバーアクションの410を取り出した。

べるでも弓に矢を番えて待っている。(引き絞っては居ない)


スタンじいさんとロハスはさっと川の様子を見る。

まだ、冬の渇水期なので、水はそう多くない。

ロバが荷馬車を引きながら、川に入る。

ロバは行く気満々である。手綱無しでも渡り切りそうだ。


その後を、八尾たちも・・・目は熊から離さないように後ろ向きに川を渡る。


渡り切ってちょっと行ったところで、皆立ち止まる。


熊は崖から降りてきた。

崖である。人ならまず降りられない。やれば恐らく自由落下になるような崖だ。

それを爪を使って、スルスルと器用に降りてくる。

そして、川の縁まで来た。

川幅は30メートルぐらいだろうか?

そして熊との距離は50メートル位。

恐らく、この距離で弓を射れば、熊は避けられると思っているのだろう。


つまり・・・弓だ。

この世界には種子島銃火縄銃がある。だが数は相当少ないと思われる。

おもにハンターが使うのは弓だ。

熊は弓の射程を知っているのだ。


そう思った八尾は870を仕舞う。

そしてアーチェリーを取り出した。


『あれ?なんだよ、あっちの奴もビョーンってする奴を持ってるじゃねぇか

くそぉ、おやつのくせに生意気な

一人だけなら、さっと仕留めりゃすんだのになぁ

いや、あぶねぇあぶねぇ 危うくこっちがやられる所だったか。

仕方ねぇ。水呑んで戻って、埋めといた奴喰おう』


と、水辺でピチャピチャと水分補給した熊は、森へと戻っていった。

手に入らなかった餌を何度も何度も振り返って見ながら・・・


川の対岸、と言うか、今いるこちら側は葦の密集する草原であった。

河原を抜けた所から湿地帯が広がり、葦の群生地となっている。

その湿地帯の中に町があると言うのだ。


湿地帯の中では火を使う事が法律上禁止されているとの事。

もし使って火事になったら、火あぶり獄門と言うキツイ処罰が待っているそうだ。

なので、焚き火が許されている河原で野営することになる。

そもそもここは森に向かう出発点となるので、野営地が用意されている。


一行はそこで最後の夜営に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る