第61話 暗がりからの来訪者

出発から4日目の昼を食べる。


朝握ったおむすびの中身はコンバック鹿肉の塩漬けだ。

程良い塩気と固まった脂が旨い。

多少鹿臭さがあるが、またそれもジビエの醍醐味である。

炒めてあるので、ほんのりと後味に残るぐらいであり、味のアクセントとしては丁度良い。

まぁいい加減飽きてきたのだが・・・

食べたら出発だ。特筆すべきような事はそうそう発生しない。


道は相変わらず細いものの、急な坂はもう無い。

なだらかな山道を順調に進んで行く。

熊の痕跡も、道には見られない。

おかげで、3時過ぎには最後の小屋までたどり着くことが出来た。


小屋は三叉路の脇に立っていた。

この先、一里半ほど南に下ると、町に一番近い村があるとのこと。

本来、ロハスの行商ルートであるが、今回は行程が相当遅れてしまったため、

恐らく他の行商人が既に行っているだろうと言うことで、見送ることにした。

一度町で情報を仕入れ、荷を変えてから行くとの事だった。

・・・試験の申し込みが近い八尾に気を使っているのかも知れない。



この小屋の脇にもわき水がある。

まぁ谷沿いなので、湧く所は多そうなのであるが、きちんとしたものである。


明日には、この森を抜け、草原に出る。

森を抜けて川を渡った所に野営場がある。

そこで夜営をすれば翌日の夕方には町だ。


アンは湧き水で米を研ぎ、飯盒でご飯を炊く。

ずいぶんと手慣れた手つきになってきた。

動きに無駄がない。


べるでは、鹿肉をそぎ切りにしている。

まさか鹿刺とか生で食うのか?


「寄生虫や感染症の恐れがありマスので、当然、火は通しマスです」


昨夜、小麦粉を練って、水に晒してたけど、それを使うんだろうか?

べるでは、切った鹿肉に胡椒と醤油を振りかけた。

ロハスの調味料は自由に使ってくれということだ。

もちろん食材も。


アンが鍋にお湯を沸かしていると思ったら、キジのガラで出汁を取り出した。

え?味噌汁の出汁?

鰹節も昆布もない?ほう、成る程

味噌汁じゃなく、味噌スープなのね。

具が生麩?おぉ、昨日べるでが仕込んで居たやつね

それに、アザミの若芽?

へぇ楽しみだ


おや、べるでは、鹿肉に白い粉をまぶした。

熊脂で唐揚げにしているのか!?

え?竜田揚げ?違いが良くわからない。


ジュワワーっと良い音を立てて、竜田揚げが出来上がっていく。

さほど時間が掛からないのは、余熱で十分熱が通るからとのこと。


鹿の竜田揚げ。時間を掛けて揚げると肉が縮んで衣と分離してしまう。

如何に手早く熱を通すか、が、勝負である。


さくっ。


敢えて書こう、ひらがなで。

サクッではない。もっと当たりが柔らかい。

しかも、適度な噛みごたえがあり、それでいて

歯は、衣と肉をあたかも一体で在るかの如く、同時に噛み切っていく。

脂の少ない鹿を補う衣。

まるで鹿の一張羅である。


そして、白いご飯と味噌スープ。

味噌ラーメンのスープのようだ。

味噌汁と思えば違和感があるかもしれないが、

味噌スープと言われれば、なる程、違和感は無い。

むしろ普通の味噌汁より旨味は上だ。


竜田揚げ定食である。


旨い・・・


アンは良く食べる、下手をすると八尾より食べているかも知れない。

歩いて移動をしているが、運動量が多いと言うわけではない・・・

だが、頭と言うのは案外燃費が悪い、頭使えばカロリーも消費されるのだ。

案外、頭を使っているのだろうか? 

・・・失礼な奴である。


食事が終わり、片付けが終わり、お茶の時間が過ぎる。



そして、恒例の夜番である。


何時ものように篝火を焚き、何時ものようにスタンじいさんが小瓶を煽って

赤ら顔でロウソクを立てると、夜番の始まりである。


じいさんも案外、これでいて抜け目が無い。

暗がりの中に光る眼があると、一瞬眼光が鋭くなり、小動物か否か・・を判断している。


「どうやら、ワシの番はこれで終わりじゃわい ヤオ、あとは任せたぞ」


連日の夜番で疲れたのか、じいさんは藁の上に寝転がるとイビキを掻いて寝始めた。


八尾はロウソクに火を付けた後、篝火に薪を足した。


もう慣れたものである。狸が出てきても動揺しない。


慣れと言うのは油断でもある。

八尾は見逃した。暗闇の先を・・・


そして、ロハスの番となった。


ロハスが篝火に薪を足していると、暗がりの中に一つ、光る物を見た。

一つ?・・・

右手で懐の短刀の鯉口を切る。


そして、後ずさりして入口まで行く。

視線は暗がりの光る物から外さない。

入口を、コン、ココン と叩くと一斉に皆飛び起きた。

早く逃げろ・・・の合図である。


が、誰も逃げない。


ロハスはキャラバンリーダーである。

先ず隊員の安全を第一に考えた。

自分から先に逃げ出す真似は出来ない。


スタンじいさんは、ワシが差し違えて逃げる時間つくっちゃるわい。

どうせ死んでもいい年だ。なに、昔取った杵柄じゃ。

と考えていた。


八尾達は・・・そもそも起きただけだ。


だが、緊迫感は伝わった。

八尾は銃、べるでは弓、アンはフライパンを出した。


そして、ロハスの横に立つ。


「おぃ、なんで打ち合わせ通り逃げねぇんだ?」


「なに、わしゃ足が悪い。どうせ逃げられんわい。

どうせ逃げられんのなら、差し違えちゃるわい。」


「なんか居るんですか?」


「「おい、ヤオ、何呑気な事言ってやがんだ。」」


言っていると、熊が暗がりから、のそ、のそ、と伺うように出てきた。

暗がりから出た所でこちらを観察している。


熊の頭が八尾の胸と同じ高さか、いや、顎に掛るか?


ちなみに四つ足である。立ち上がれば2mをゆうに超える。


八尾は入口の左に寄りかかり870のマガジンに指を入れ、スライドした。

これで弾は薬室に出てこない。

そして、薬室にポケットのスラッグを1発入れて閉鎖した。


既にマガジンには4発のスラッグが入っている。

薬室の1発を含めると5発だ。


そして、ダットサイトのスイッチを最低光量で入れる。

・・・夜だからだ。 明るすぎるとその先が見にくい。



『なんだ?おやつが一杯居るじゃん。あのチンマイのなんて夜食に良さそうだな』


熊は左目が無かった。熊同士で喧嘩でもしたのだろうか?


全員熊を睨む。


『なんでぃこいつら、ガンくれやがって、全員締めてやるから覚悟しやがれっ!』


『お?なんだ?あいつ、ビョーンってする奴持ってるじゃん、こいつハンターか?』

・・・べるでが視界に入ったのだ。


『なんだよ、おやつかと思ったらやべぇじゃねぇか』


『くそっ、ハンターは一匹じゃねぇか、後はおやつのくせに、生意気な』


熊は幾度となく、振り返り、振り返り・・ながら 闇に消えていった。


「ふぅ・・・昔から目を離さなければ眼力で勝てるって言われてるが・・・」

ロハスはしゃがみ込んだ。


そして、870を構えたまま、未だ暗がりから狙点を外さない八尾を見た。


「ヤオ君?それって種子島・・・じゃないな?一体何なんだ?

というか何処から出した? べるでちゃんもその弓!」


「べるで、ぴりっと一発・・・」


「マイロード、無理デス、熊の記憶が強すぎて上書きできまセン」


「えぇっ、べるでちゃん、ヤオと主従関係だったのか?一体何者なんだ?」


「あぁっ、もうっ」

アンは頭を抱えた。

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