第58話 覗き見するもの

その後は順調に足が進んだ。

まだ日があるうちに中継地点までたどり着けた。


小屋は・・・ボロかった。

屋根は茅葺きで枯草がぼうぼうに生えている。

肩の高さ位までの壁、上は屋根まで柱だけ、壁も下の方に隙間がある。

風通しは良さそうだ。

往来が多い夏などは快適そうである。


中は思ったより清潔・・というか土間なのだが、ゴミなどは無く、綺麗に掃除されている。

みな使い終わった後は、ちゃんと掃除して出発するという事だ。

中が良く乾いているのは、大きく張り出した屋根と周りに掘られた溝の力で

雨や流れてきた水の侵入を防いでいるのだろう。


側には湧き水があり、綺麗な水が流れている。

まさに中継地点とするにはもってこいの場所である。


ロハスとスタンじいさん、八尾は小屋から出た所で焚き火を始めた。

小屋に置かれていた篝火台を使い、焚き火は二つ用意した。


「じいさん、薪はもっと集めておいてくれ。」


「なんじゃ?これだけあれば夜更けまで十分もつじゃろ?

まったく人使いが荒いやつだ この年寄りに薪集めまでさせるとはなっ」


「じいさん、あまり奥まで行くなよ」


「わかっとるわぃ この若造がっ。 まったく、人を年寄り扱いしくさりおって」

スタンじいさんは、ぶつぶつと文句を言いながらも薪を集めに行く。


ロハスと八尾は辺りを散策した。

もちろん熊の痕跡探しである。


春、冬眠から目覚めて暫く経った熊は腹を空かしている。

喰えると思った物は選り好み・・いや食べ易く旨いものを、手あたり次第食べる。


幸い小屋の周りに痕跡は見られなかった。


小屋の中ではべるでが夕餉の支度を始めていた。

アンも手伝う。


今日は屋根の下で眠れるのだ。

おあつらえ向きに藁までたくさん置いてある。

下は土間だが藁があれば暖かい。


二人はウキウキしながら調理を始めた。

べるでは、じいさん直伝の豆の煮込みを水分少な目で作る。

そして、薄切りにした猪をフライパンで炒めた。


アンがトウモロコシの粉と小麦粉を混ぜてちょっと大きめの団子にする。

平たく厚めに伸ばすと、それを布巾で包み、竈の横に置いた。

そして順番に焼いていく。

焦げ目が付かないように何回も裏返し焼く。


焼きあがった。


「ごはんデスよー」

フライパンを竹のフライ返しで叩いて皆を呼ぶ。

・・・おかん気取りか?


「ほぉー これに入れて食べるのか、面白いもんじゃな」


「パンに似てますね。これは旨い」

長い間パン食から離れているロハスは感激した。


ピタパンのようなものである。半分に割って、中をヘラでこじれば袋状になるアレである。

ピタッと履いたパンツではない。


「こりゃ薄切りの肉がほぐれて、パンと一緒に喰えて・・・

なんじゃ 若いころに肉を貪り食った頃を思い出すのう・

アンもべるでちゃんも良い嫁さんになるぞ・・・

いや、もうなっとったか ヒャッヒャッヒャ」


八尾とロハスは食べながらも外を眺めている。

辺りはすっかり暗く、外のたき火に照らされたところだけが見えるだけである。


八尾も一口齧りだす。

トルティーヤと材料は同じだが、分厚い分だけ食感がパンのようだ。

内側に吸い込まれた豆の煮汁が口に行き渡る。

豆は少しつぶされ、辛みが付けられて程よいアクセントになっている。

そして肉、猪の薄切りが大量に入れられている。

食べれば猪のナッツを思わせる風味の脂が口に広がる。

薄切りだから歯ごたえはあまりない。だがボリューム感は壮絶なものである。

口の中に入った猪のスライスされた断面からは、いきなり旨みが広がる。

旨味の爆弾である。

そしてまた豆に戻る。

豆は落ち着く。どこかホッとするような、郷愁を誘う味わいだ。

日本で煮豆と言えば、甘く味付けたものか、ヒジキと大豆を炊いたものか・・

あまり思いつかないが、なぜか郷愁を誘う味わいである。


これでレタスの千切りが入れば間違いないのに・・・

と思う八尾だが最近学習したのか、口には出さずに我慢した。


そして、食事が終われば早々に就寝である。

キャラバンの最中は寝る事も仕事である。寝なければ疲れは取れない。


念の為、見張りは3交代でじいさん、八尾、ロハスの順で行うことにした。


「おい じいさん、酒なんか呑むなよ」


「うるさいやつじゃな 酒なんか呑むもんかい 

全く、今どきの若いやつは、酒ごときでやかましいわい。」


その頃、山の中腹からたき火を怪訝そうに伺う目には・・・誰も気が付いていなかった。

山の上なので、夕方からの風は届かない。

調理した匂いは届いていないのだ。

焚火の光だけが薄ぼんやりと、木々の合間から見え隠れしている。


寝すぎでボーっとしているのか、腹が減ってボーっとしているのか

そいつは餌を探しに稜線を歩いて行った。


「こんな寒い夜に見張りなんざ、呑まなきゃやってられんわぃ。」

じいさんはポケットから小瓶を取り出すとクピッっと煽った。


八尾は寝付けなかった。

べるではアンの寝相を知っているだけに、横で寝たくない。

結局真ん中が八尾だ。

藁を敷いて上から毛布っぽいものを掛けてはいる。

小屋の中でもある。・・・隙間風は多いが・・・

寒いので必然的に固まって寝る。

アンは良い。体温が高いから抱いて寝ると暖かい。

問題は後ろだ。べるでだ。

べるでも寒いから後ろから抱き着いてくる。

当たるのである。

なにが・・・と言われても・・・当たるのである。

べるでもチョットは気にしているのか、付かず離れずの位置にいる

余計に気になるのだ。


今日も八尾は睡眠不足だ。

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