第57話 春の兆し
夜明け前に八尾が目覚めた。
背中に密着するべるで・・は良いとして
前から容赦ない寝返りキックを浴びせるアン
鳩尾に肘鉄が入ったところで我慢ならず起きた。
辺りはまだ薄暗い。
空には消えおくれた星がひとつ、ふたつ・・・まだ最後の輝きを見せている。
川霧が辺りをうっすら覆っている。
手前側の山の木々は霧氷をまといキラキラとしている。
ほとんど灰になっている焚火に流木をくべた。
流木は暫く白い煙を上げていたが、徐々に灰の中の熾火が赤くなり
そして、流木を燃やし始めた。
川のせせらぎと時たまパチパチと音を上げる焚き火。
まだ、誰も起きてこない河原キャンプの朝の静かなひと時である。
ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ
森のなかで鳥の声がした。
一羽、ヒヨドリが森から飛び立った。
立木の上でピーヨ、ピーヨとメスを呼ぶ。
恐らく番いであろうもう一羽が森を飛び出す。
枝でお互いを確認すると無言で反対の山に飛び立っていった。
気が付くと辺りは色彩を取り戻しはじめ、山の頂は朝日を浴びて輝き始めた。
皆ぞろぞろと起きてきた。
べるでとアンは川で顔を洗っているようだ。
八尾は飯盒を二つ取り出すと、たき火で飯を炊き始めた。
飯盒の一つは中に焦げ跡があり、両方とも傷やへこみが多い。
古ぼけたとか小汚いと言う形容詞は不適切だ。風格があると言う。
煤けてはいるが、中は綺麗である。
米を入れて研ぐ、研ぎすぎない事は結構重要である。
最初数回ほどこまめに水を替え、中を指で掻きませたあと、
水の濁りがなくなるまで、そーっと水を替える。
中に細かい破片が残らないように、また中でコメが躍らないように
注意深く水を替える。
八尾は給水時間をあまりとらない。
弱火でいきなり炊き始める。
弱火で温めるようにすると、飯盒の周りが乾いていく。
水気が無くなった所で、一度飯盒の弦を持って左右に回転させる。
これで中で固まった米がほぐれる。
その後、くつくつと横から重湯が出てくるまで中火だ。
これは焚き火の外に掻きだした熾きの上で良い。
直置きだと温度が上がりすぎるので注意だ。
そして水蒸気が立ち上がる。
その頃に蓋に石を乗せて蓋が浮き上がるのを防ぐ。
・・・あとはメスティンの時と同じだ。
最初の香ばしい匂いと最後の香ばしい匂いの差が判るようになれば簡単だ。
炊きあがってもひっくり返して叩いたりしない。
そこが凹むだけだ。
5分から10分ほど、灰の上に置いておくと最後の水分が抜けて
程よい腰のあるごはんが炊き上がる。
昨夜の豆の煮込みも温まったきた。
今朝は豆の煮込みオンザライスである。
夜の間に冷え切った体に、暖かいごはんが沁みる。
飯を食べ終わると、じいさんが口笛を吹いてロバを呼び戻す。
ハーネスを取り付けながら少々の雑穀を食べさせている。
朝には雑穀を少し食べさせると力がでるとか・・・ホントかどうだか・・・
単純に呼び寄せるの習慣(餌)にしているのかもしれない。
そして準備が終わると、二日目の行進が始まった。
「いつも・・・こんな事・・・してるんで・・・すか・・」
八尾は荷馬車を後ろから押していた。
「いつも・・は・・こん・・な・・荷物が・・・多く無いから・・な」
ロハスが答える。
八尾が村に米を配っていたおかげで、当て込んだ需要より供給が上回ってしまたのだ
残った穀物は少ないとは言え・・・重い ロハスにとっては、精神的にも重い。
一部、荷馬車には険しい山道が続く。
ロバを前に2頭立て、後ろから八尾とロハスが押す。
じいさんは前でロバを引っ張る。
「ヒャッヒャッヒャ ほれほれ、二人とも、もっと腰入れて押すんじゃ
ロバが重いっちゅーとるぞ ヒャッヒャッヒャ」
「うるせぇ・・じ・じぃ・・押さな・・い・・奴は・・だまって・・ろ」
二人とも顔を真っ赤にして押す。
ようやく平らなところまで押すと、ロバを荷馬車から外し、残りの荷馬車を
引き揚げに戻る。荷馬車は3台なのだ。
やっとの思いで荷馬車を全部引き揚げ終わるとロハスは言った。
「よし、ちょっとひと休憩しよう。この先は暫く平地が続くからな」
村にたどり着くまでの事を考えたら大した事ではない。
アレは大変だった。穀物をある程度おろして荷馬車を引き揚げ、
下した荷物はロバと自分で運んだのだ。何回も何回も往復して。
ロハスが村へ到着するのが遅くなったのは、そんな訳だった。
ロバはタフだ。
背中に塩を見せるわけでもなく、小休止が終わると再び馬車を引き出した。
八尾とロハスはヨロヨロとその後を追った。
小一時間程順調に進むと、昼の休憩時間になった。
休憩時間はロバに合わせている。
人だけなら歩きながらでも食事が出来るのだが、ロバは道草を食べだすと文字どうり足が止まる。
ロバに水をやり、しばし放し飼いにすると手近な草を食みだした。
枯草だろうが、冬に耐えている小さな草だろうが、なんでも食べる。
ちょっとだけ避けているのは食べられない草だろうか?
昼はまた握り飯だった。
握り飯に付けるフキノトウ味噌は夕べ唐辛子が加えられて、少しだけ辛みが出ている。
甘辛い中に苦味が走る。食欲の進む味だ。
食事を終えてまた歩き出す。
小一時間ほど歩いただろうか。
ロバの足が止まった。
「なんだ、じいさん、どうした?」
「山オヤジの忘れもんだ。 シャベル取ってくれ。」
「山オヤジ? じいさん、新しいのか?」
「いやぁ、そんなには新しくねぇなぁ。3,4日は経ってる感じだ。
なんだぁ? 流石のロハスも山オヤジはこえぇってかぁ? ヒャッヒャッヒャ」
八尾は会話が気になったので、先頭のスタンじいさんの所にシャベルを持って向かう。
「おぉ ヤオ、すまねぇな。 ほれ、こいつだ、べしゃべしゃだがな
山オヤジのもんで間違いねぇな 」
みると形が無い位柔らかい真っ黒な糞が山盛りであり、上の方に余り消化されてない
草みたいなものが見えた。
一説によると、冬眠中に大腸で固くなった糞を押し出すのに、水を飲んだり草を食べたり
するそうなのだ。
そして、留め糞が無くなると腸にある柔らかな糞まで全て出てくる。
多分、近くに固い留め糞もあるのだろう。
「ほれ、こんなでけぇクソしやがって どんだけでけぇ山オヤジだよ」
じいさんは悪態をつきながら、シャベルで熊の糞を斜面に投げ捨てた。
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