第47話 罠は知恵比べ

早朝から、べるでがお茶の葉っぱを煮込んでいる。

いや、煎じている。

大鍋に濃い緑色の葉っぱが入れられグツグツと煮込まれている。

一体何を作っているんだろう?

朝ごはん・・・は・・さっき食べたし?

飲みもの・・・・でも無いよな?


「タケルっ、見回りいくわよっ」

今日もアンは元気だった。


最初の一頭が捕獲されてから5日が経った。

あの宴の翌朝は地獄だった。そう、八尾はたいして呑んでいないのに二日酔いだった。

囲炉裏端に置かれた瓶から出た、と思われる蒸気だけで、アンもべるでも酔った。

まるで・・金曜日の夜の・・・通勤電車のような有様・・・・いや・・・うん。


それでも何か吹っ切れたのか、それ以降アンは積極的になった。

まるで、八尾一人に荷を背負わせないようにしているようにも思えた。


「おーし、行くか。じゃべるで行ってくるね。」


そうしてタケルとアンは見回りに出かけるのであった。



「さぁ、こちらもやりマスか。」

べるでも、そでを捲って張り切る。

先日から煎じ詰めた茶色い液体を持ってべるでは川に行く。

洗濯では無い。モモも流れてこない。川で皮を洗うのだ。

皮は塩漬けになっている。

暫くの間、これを川の水につけて晒す。

程よく柔らかく成ってきた頃、河原の大きい平らな石の上で脂をこそぐ。

水は未だ冷たい。

べるでは時たま水を掛けながら、破かないように丁寧に脂を落としていく。

使っているのは、家にあった古い鉈だ。

ちょうど頃合いに刃が丸くなり、角が皮に当たらない。

脂と膜を落としていく。

そして、盥に張ったシャボネットに漬け込み洗う。

洗い終わったらよく濯いで絞り、先程の茶色い液体に漬け込む。


「こんなもんでドウでショウ?」


自己流である。タンニンをお茶から出したが、これで良いのか、べるでにも判らない。

普通、猪も鹿も皮は気にしないで剥いてしまうので、あとは犬のおもちゃとなってたりする。

足先と皮は子犬を仕込むのに使うと言う人もいる。

まぁ異世界の噂話だが・・・


自己流で鞣した革と塩漬けの皮、どちらが良い値段で買い取ってもらえるかも分からないので、

べるでは、試すのは猪、鹿を一枚だけにしておいた。

最初、塩漬けの皮を直接触って作業したら、手荒れが酷いことになったので、八尾が使い捨ての

ゴム手袋を出してくれた。

べるでは、ゴム手袋を外すと愛おしそうにそれを仕舞うと顔が冷えた手より赤くなっていた。

・・・寒風でしもやけか?


「べるでー、今日は鹿、二頭だったわよっ」

八尾とアンが帰って来た。直接河原に来たのだ。

獲物はストレージに仕舞われているので、姿は見えない。


「あの猪は賢くなったなぁ。罠の寸前まで来るんだけど、横を掘ったりして遊んでやがる。

やっぱり匂いなのかな?」


あの後、2頭の猪は直ぐに仕留めた。入れ食いだった。

それを近くで見て学習でもしたのだろうか?それとも獣の本能だろうか?

残りの1頭は賢くなった。

それでも警戒が激しくなったおかげで、畑に出て来ないように成って来たので良いのかもしれない。

本来、畑さえ荒らされなければ良いと言えば良いのだ。

しかし、狩猟者の本能はそれを許さない。

近くまで来ていて取れない。

もうプライドの問題になりつつある。

獣と人間のプライドを掛けた戦いである。


「匂いでよけるなら、匂いをわざと付けておいて、よける方向に罠を掛ければ良いんじゃないの?」

アンは獲物を捌きだした八尾の横で話しかける。


「そうだなぁ・・・それも良いかもしれないな。後で試してみるか」

何事も実践あるのみである。


八尾は鹿二頭を大バラにしたあと、ストレージに仕舞い。次は内臓に取り掛かる。

腸を丹念に洗って塩漬けにしている。


アンも骨に残った細かい肉をナイフでこそぐように集めている。


作業がひと段落ついたので、お昼にした。


例の豆は昨日から水に付けられて、まだ出番ではない。

普通にご飯と焼き魚であった。


午後から八尾は肉を刻んだ。アンが集めたくず肉も、大バラにした時に出る破片も

包丁二本を使ってトントンと刻んでいく。

猪も鹿も、一定の割合で刻む。

ミンチが出来る。ある程度量が溜まったら丸めて笊にいれ、外で冷やす。

これを何度も繰り返した。


アンは鹿の小腸を塩漬けにしたものを洗う。

ある程度短くしてあるが、1メートル位の長さがある。

破かないように裏返して、包丁の背で擦り、仕上げを行っている。

こちらもゴム手袋は必須の作業だ。


べるでは外で冷やされた肉に、塩、コショウ、唐辛子、干された葉っぱ、これは

月桂樹だろうか?それを少量入れてざっくり混ぜる

そこに猪の背脂を刻んだものも混ぜる。


そして、べるでが加工した細長い漏斗のようなものに腸をたくし上げていく。

混ぜた肉を、ぺちん、ぺちん、と叩きつけて空気を抜いていく。

漏斗に少量づつ入れて、後ろから棒で押していくと、肉は押し出されて腸に詰まっていく。

程よい長さに成ったらクルクルっと回す。

一本出来上がったら、また一本と作業は続く。

出来上がったものは、棒に吊るされ軒下で風にさらされている。


冷たく乾いた風にゆらゆらと揺れている。


夕方までになんとか詰める作業は終わった。


夕食を前に試食である。

配合を変えたものを色々試す。

焼いたり茹でたり。

それをそのままかぶり付いたり。

トルティーヤで巻いたり。


軽くパリっとした歯ごたえに、じゅわっと出てくる背脂の甘み。

後から伝わって来る香辛料が口を爽やかにすると、後味の背脂もひときわ引き立つ。


「ソーセージって美味しいわねぇ。ミラも呼べば良かったね。」


「まぁ試食だからなぁ。良いのが出来てからで良いんじゃないの」

釣られてくる他の人はまた呑むだろうし、ゴンとかゴンとかゴンが・・・


「月桂樹は入れない方が良いかもしれまセンね」

べるでが珍しく微妙な顔つきで言う。


八尾が香付けが欲しいと言って無理にいれて貰った奴だ。

刻んでも落ち葉ーな食感が抜けない。

細かく刻んだのが裏目になって取り出せもしない。

月桂樹の葉っぱは、燻す時だけに使おう。


皆試食のソーセージだけでお腹一杯であった。

試食だけで相当量のソーセージが消えていた。

それも旨いのから・・・

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