第46話 コジカ、ウマし

夕方、長ルイの家に向かう。

家の前は村の人が既に集まってきている。


焚き火が熾されて、肉を切りはじめている。

ご飯は既に炊かれて、塩むすびを作りはじめている。


竹串の長い物が用意されているが、串焼きにするつもりなのか?


八尾たちは一通り挨拶をすると、ルイの家に入った。


「こんばんわー、ヤオにぃちゃー」

「おぉ今日はようやってくれたのぉ。村の皆も大喜びじゃ

わしから改めてお礼を言わせてもろうぞ、ヤオ殿、ほんにありがとう。」


「いや、まだ残りも居ますから、まだ喜ぶのは早いかと思いますよ」


畑の味を知った獣はまた現れるはずだ。

一度驚いて逃げても必ずまたやってくる。

他に餌場があれば別だが、縄張りを追われて来たモノに帰る場所は無い。


「いやいや、今日はあのにっくき猪の奴を捕まえたんじゃ、今日祝わねぇでいつ祝うだよ

明日の事は明日じゃよ。なあに一頭取れたんじゃ、残りだってきっと直ぐじゃ」


楽天的である。

一方八尾は元IT屋さんである。マイナス思考と言うか、ペシミストと言うか、

最悪を想定して最善を目指す方針なのだ、いや持って生まれた性分なのか?

一旦走り出してしまえば後先考えずに行動するから一件楽天的にも見えるのだが・・・


「まま、上がって下され。アンどのも、べるでどのも。ささ。」


表は既に祭り状態だ。みな口々に昨年の事を喋っているのが聞こえる。


中に入ると囲炉裏端にはダルにヤハチと与作も来ていた。


「まんず先日は与作がお世話になり申してありがとうごぜぇやした。」

「ヤオにぃーちゃ、ありがとうございました。

おいら、おどに針さ作うてもらってるだ。出来たらまた釣りさ、いぐべっ!」


「おぉ今度は誰が一番釣るか競争するか!」

・・・釣り人のサガである。


「おらも、奉公さ行く前にもういっぺん釣りしたいだ」


ミラ以外の誰もが暗い顔になる。ひきつった顔で八尾は言う。

「そ、そ、そうだね。釣り行こうね。」 ・・・ほぼ棒読みである。


雰囲気を全く気にせずミラは喋る

「そだ、これ、インゲン豆、村の人が持ち寄っただ。

量はすくねぇけんど、ヤオにぃちゃが欲しがってたって言うてた。」

差し出されたインゲン豆は両の手でこぼれない程であったが、この村に残ってた最後の食料だった。

今は炊き出しと米の配給があるので、十分では無いものの、飢え死にすることは無い。

それにしても壁に耳ありである。


「豆だ、豆だよ、べるでっ!」

豆が手に入って喜ぶ八尾。小躍りしそうな位喜ぶのを、皆不思議そうに見ていた。


「ささ、肉さ喰うだ。猪は焼くだか?煮るだか?」

ダルさん待ちきれない様子。


それを見て、八尾は


「あれ?そういえばポチは?」


一番食い意地が張っていると思われる奴を探した。


「ポチならここに居マスよ。マイロード」


べるでの隣でフセをして微動だにしないポチが居た。

何時の間に一体どうやって仕込んだのか・・・・謎である。


「では、猪はしゃぶしゃぶにしまショウ、ミラちゃん、手伝ってもらえマスか?」

いつの間にか「ちゃん」付けになっている。ポチを通して仲良くなったのだろうか?


「あ、べるで、じゃぁアレも焼くからバラシて」

八尾もいつの間にかアレで話が通るようになっている。不思議な事だ・・・


引き戸がすーっと控えめに開いて、赤い髪をした無骨な男が首を覗かせた。

「おらも呼ばれたけ?」

180センチはあるだろうか、この村ではかなり大きい。

赤い髪・・・と言っても所謂明るい茶髪だが、顔は赤黒く、四角い

また腕も太く毛むくじゃらである。


「おぉゴン待っとっただよ、ささ、こっちゃ上がれ。

ヤオどん、こいつばゴンザレス言うて、村でただ一人の鍛冶屋じゃ」


「おぉ、あんたがヤオどんかぁ、話は聞いちょる聞いちょる。あの猪ば倒したんじゃろ」


「はじめまして、ゴンザレスさん。八尾です。こっちがアンに土間にいるのが、べるでです。」


「ゴンでええ。ゴンで」

と言いながら囲炉裏端に上がる。


「ミラと与作はまだはえぇがな、後は大人じゃ、これ持ってきたで」

男は小さな瓶を取り出した。

片手で持てるぐらいの瓶で上に木蓋が嵌められ、そこに別な小さな木の栓が刺さっている。


「ゴン、なんじゃそりゃ?」

ルイが訊く。


「こりゃ一昨年のじゃがの、酒じゃ。だがくそぉてはおらんぞ。

酒を温めると上にフワーっと酒がでるじゃろ、あれを集めたんじゃ。

こいつは効くでよ なぁヤハっつあん」


「おぉそうじゃそうじゃ。よう効くでうめるもんがねぇとキツイがな」


「肉が切れたでー、べるでねぇちゃの特製スープで食べるだ」

ミラが割り込む。


「だば、一頭目の駆除さ祝って、かんぺい」

「「「かんぱーい」」」

酒は余り得意でない八尾は薄めにしてもらった。

アンとべるでは、ミラと同じお茶にしているようだ。


竹の笊にクマザサが敷かれ、その上に薄切りの肉が綺麗に並べられている。

「ほぉ、この薄い肉を?この鍋で?しゃぶしゃぶ・・と」

「おぉこれはうめぇ、うめぇもんだなぁ」

「この付けタレはなんじゃ?塩だけじゃのうて?」


「これはマイロードが作った、ヤマメのウルカをお湯で伸ばして、コショウをいれてマス」


「ヤマメのウルカ! そりゃまだあるんけ?」

ゴンが訊く。


「こちらデス。」

小鉢を出すべるで。


「こいつは良い。酒にあうだで ヤハっつあん

ヤオどん、おめさも中々やるだなぁ 実はいける口だべ

ささ、もういっぺい行こう」

酒の瓶を囲炉裏端に置いて注ぎまくるゴン。



「鹿肉のチャップも焼けてきましたから召し上がってくだサイ。」


「わっ、なにこれ?あの鹿なの?」

一口齧って思わず声がでるアン。


「わぁこれうめぇだ。うめぇだなぁ。与作も喰うだよ」


「ウォン!」 

ポチも味を付けてない肉を、べるでから貰って尻尾を振る。


子鹿のリブを背ロースを付けたまま、解体したのである。

面倒くさかったわけではない。

背ロースが細いのと、リブにも肉が少ないため、小鹿は背ロースごと食べたほうが旨い。

子羊のラムチャップと同じだ。

どちらも食べる処が少ないのが難点だが、確実に柔らかくて旨い。

塩と胡椒、それ以外何も要らない。

行儀悪いが、骨を持ってロースにかぶりつく。

じゅわっと出てくる肉汁、その瞬間に旨みで満たされる口。

そしてさほど力を入れなくても噛み切れる柔らかさ。

咀嚼すればするほど、甘みと旨みが混沌となって口を支配する。

そして、リブの肉。骨膜ごと引きちぎるようにして食べる。

こちらは旨みの種類がまた違う。脂も肉の脂と違って濃厚である。

気が付くと手も口も脂だらけだ。だが全くお構いなしに次の一本に手が出る。


途中でべるでが残り片側も切って来たが、それも食べつくした。

みな無言で喰った。カニを喰っているような静けさだ。


食べ終わるとゴンが酒を一口のむ。ヤハチも飲む。

二人は酒豪だ、すでにお湯割りからストレートに変わっているが、

ぐびっと飲んではカーっと息を吐き酒を噛みしめている。


「こりゃうめぇなぁ、ゴン」

「おめぇも呑むだよ、ダル、おぉルドヴィック、おめさも呑んでけろな

おめさ、流れもんのおらを迎えてくれてよぉ・・ほんになぁ・・」

泣き上戸か?ゴン


「なくでねぇゴン、おめは良くやってくれてるだよ、ゴン なぁゴン」

濃い酒にルイも相当酔っぱらっている。


やれやれ、と横を見ると、後ろ脚で立って歩く芸を仕込まれているポチ

アンもミラも、与作も顔が赤い。べるでは普段通りだが、目が潤んでいる。

不味い、アルコールの蒸気で酔ったか?


お開きになる頃には全員陽気だった。


「ねータケルぅ、また小鹿捕ろうねぇ」

帰り道、赤い顔をして背中に背負われたアンが言った。

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