第42話 止め刺し(ピースオブ警句)
翌朝、朝食前に罠の見回りと新しい罠の設置に行く事にした。
べるでは朝ごはんを作るのに、古いポップコーンの粒を取り出して粉にしている。
どうやら、家々に石臼はあるようだ。流石農家である。
アンは飽きてきたものの、未だ獲物を見ていない事が原動力となって八尾に付いていく。
罠に掛れば良いと言うものではない。
前足に掛かるように設置する、と言うのは重要な事である。
罠に掛った足は、当然逃げようとした際に内出血が起こり、ダメになる場合が多い。
前足に掛ればそれだけ肉の歩留まりが良いのである。
だから罠師は足跡をよく観察し、何処ならば前足を着く可能性が高いか、を検討するのである。
八尾も経験は浅いが、何人もの罠師から話を聞き、実際に掛ける処を手伝ったりした。
耳年増のようなものであるが、知ると知らないは大きな差がある。
3個目の弁当箱を見に行ったとき、罠を固定した木を中心に3mほど土が露出していた。
まるでブルドーザーで掘り起こしたような感じである。
猪が掛かった。
まぁこんな仕事が出来るのは・・・猪しか居ない。
斜面の上側に回って観察をする。
下側からだと何かあったときに逃げられないので、必ず上から回る。
掛かった猪は未だ居るか?サイズはどうだ?掛かっている足はどれだ?掛かり具合はどうだ?
猪はソコに居た。サイズは30キロ位か?例の子供かも。右足の蹴爪の上方にガッチリ罠が掛かっている。
これなら外れる心配は少ない。
夜明け位に掛ったのだろうか?
まだ足を括られた興奮でフゴフゴと怒りを露わにしている。
夜中に掛っていたならば、掘り起こされた土に隠れられる位の穴を掘ってたりするが、
ちょうど地ならしされて平な位にしかなっていない。
「掛ったな。」
「へぇっ、あれが畑を荒らしていた猪なのねっ。言うほど大きく無いじゃないっ?」
声が出たのを切っ掛けに猪が八尾を睨みつける。
つぶらな目をひん剥いて、口から泡を吐き、牙が上下にガチガチと音を立てる。
タテガミが逆立ち、1.5倍ぐらいに見える。
そして、何度も突進してくる。
横に行ったと思えば、その瞬間、飛びかかって来る。そして前足を吊られて止まる。
野生のモノである。
飛びかかる際に躊躇は無い。
間も何もなく、瞬間に飛びかかって来る。
このままだと足が千切れるか、そうでなくとも肉が傷む。
出来れば感づかれる前に仕留めてしまいたい所だったのだが・・・もう遅い。
距離にして15メートル、そこから近づいて10メートル。
八尾は斜面の上から近づく。
猪はさらに興奮して何度も飛びかかって来る。
人間など、牙でついてしまえば簡単にやれる、とでも思っているようだ。
八尾は870を取り出して、スラッグを薬室へ滑り込ます。
そして弾倉に一発、6粒※を装填した。
※6粒(バックショットの一種、9粒より玉が大きく、2+2+2の6発入っている)
(9粒は3+3+3)
これはスラッグ弾が外れてきた時の保険である。
アンに小さい声で一言
「俺の左後ろに隠れて、耳ふさいで」
立膝を付いて、左肩を近くの木に付ける。
ダットサイトは既に点灯させている。
アンは八尾の左後ろ、木の影に居る。
右打ちの右後ろは、銃に不具合があったときに破片が飛ぶかもしれない。
万一どころか億分の一、兆分の一にも満たない確率かもしれない。
ほとんど無視できるようなものだが、それでも安全には気をつかう。
猪はこちらを向いている。
真正面から撃つと肉の歩留まりが悪い。
背ロース一本ダメとか胸から内臓一直線で・・とか
まず間違いなく親方に怒られる事例だ。
時々横に走る。その時がチャンスだ。
八尾は体制を変えずにジッとその時を待つ。
5分経過、八尾は微動だにしない。
たまにアンが後ろでもぞもぞすると猪は思い出したように突進する。
10分経過、アンもわかって来たようで動かない。
ふと猪のタテガミが凪いだように見えた。
横を向いて鼻をヒクヒクとさせた。
八尾は見逃さなかった。
ダットサイトの赤い点は耳の下、ちょっと後ろに付いた。
もちろん、赤いレーザーが出るのではない。
スコープのような筒の中に赤い点として光るのである。
アンはとっくに耳をふさいでいる。
バァンっ ・・・・・
猪は弾かれたように、横を向いて斜面から落ちた。
銃口の前にうっすらと火薬が燃えた煙が漂う。
少し温まった銃口から煙が立ち上る。
八尾は動かなくなった猪を見て、装填口から弾倉の弾を取り出し、ポケットに仕舞う。
軽く870をスライドすると空薬莢を取り出し、排出口から息を噴いて銃身内の煙を外に飛ばした。
アンは音と光景に驚いて口も利けないでいた。
八尾は870を担いで、剣鉈を抜く。
もし未だ息が在ったら止める為と、血抜きのためである。
別に荷物を少なくしないといけない猟場では無いので、剣鉈である必要はない。
包丁でも良い位だが、それはそれ、気分である。
獲物に近寄る・・・その前に離れた所から観察する。
息はあるか?ないか?、足は・・蹄に力は入っているか?呼吸はしているか?
何処に弾が当たっているか?目は?口は?毛は?
最後の一絞りの力、それも野生のモノをなめてはいけない。
そこは本当に命のやり取りとなる。その危険性は回避すべきである。
大丈夫そうであった。
猪は力なく横たわり、目を閉じ、口から舌を出し、毛も力なく穏やかであった。
八尾は耳の下を切る。もうこと切れているが、若干血は出る。
罠を外し、弁当箱を探して回収する。
あとはストレージに入れてしまえば・・・
と言うところで銃声を聞いた村人が何事かとぞろぞろ集まって来た。
残念である。仕舞っちゃえば楽であった。チートであったのに・・・
来た村人は憎しみ、悲しみを猪にぶつけた。
一頻りぶつけると今度は手に手をとって喜んだ。
メメント・森であった。
そしてロープを掛けて皆で畑まで引っ張る。
獣道に盛大な足跡と引きづった跡をのこして・・・
後ろ足を括って畑の中の木に吊るした。
朝食後に解体をしようと皆に話して解散した。
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