第39話 罠の設置は地味に危険

生活魔法のマグライトは明るすぎるので提灯を出した。

薄ぼんやりと足元が照らされる。

これはこれで趣があって大変結構である。


ゆら、ゆら、と歩きに合わせて踊る提灯と影。

上を見上げれば満天の星空である。


「わぁ~凄い星空ね~っ」


アンが喋ると吐かれた息は一瞬白くなり、そして直ぐに消える。

南の空にはシリウスが青白く輝いている。


「上向いてるとコケるぞ」


足元は既に凍てついている。

冬場の乾燥した空気の中、僅かに残った水分が土の上でキラキラとしている。


「大丈夫っ、だ・い・じょー・ぶっ」


提灯を持ったまま上を向いてクルクル回るアン。

提灯の明かりが回って影が目まぐるしく踊る。

アンの目の中で星空が公転する。自分が世界の中心になったような感じがする。

相対的に見れば中心である。軌道計算は酷く面倒臭い・・が・・・


・・・残念ながらアンはコケなかった。ちょっとだけフラフラしてたけど。



さほど広く無い村である。そうこうしている間に畑の端に着いた。

八尾は目星をつけていた場所にわき目も振らずスタスタと歩く。

その後ろを、いや斜め後ろをアンが興味深げについていく。

べるでだけが森の奥の様子をうかがうよう辺りを伺っている。


八尾は弁当箱と言う俗称のくくり罠を作動させる箱とくくり罠本体を取り出す。

弁当箱・・・スーパーマーケットの買い物カゴ・・の取っ手を思い浮かべて欲しい。

取っ手を開いた状態にしてワイヤーを掛ける。そして獲物がカゴを踏むと取っ手がワイヤー

を押し上げ、ばねの力で獲物の脚を括るのである。


慣れた手つきでワイヤーをクルクルっと木に巻く。

弁当箱にワイヤーをセットしてバネを縮めていく。

この時が結構危険である。

セットしたワイヤーが外れたり、手が滑ったりして跳ねたバネが

当たったりすると相当痛い。爪は割れるし青あざになるし、下手すると骨にひびが入る。

スプリングは未だ良い、ねじりバネが跳ねた時はもっとひどい目にあう。


ワイヤーがセットされたら次は設置場所だ。

積もっている落ち葉を手で優しくどける。

そして弁当箱の枠が入る穴を掘り、木の枝でバネがセットされた筒が垂直に収まるよう穴を開ける。

枠を置き、筒を穴に入れて、弁当箱をセットする。

上からよけておいた落ち葉を振りかける。

ワイヤーにも目立たないよう落ち葉を掛ける。

固定する木の根元までワイヤーを引き、そこから出来るだけ上の方で固定する。


これで一つセット完了だ。


次に取り掛かる。


3つ目のセットが終わった所でアンが音を上げた。


「今日はこの辺にしておきましょっ。もう寒いわっ。」


多分、同じ事の繰り返しに飽きたのであろう。

だが、よく見ると唇が青くなっている。

八尾は逆に暑い位であるのだが・・罠をセットしていただけなのだが、意外と暑くなるものである・・・・


「マイロード、今日はこの辺で引き揚げまショウ」


残念だが、仕方ない。


・・・

・・・

・・・


「オネェサマ、お風呂はちゃんと汚れを落としてからデス。」


寒い洗い場ではシャボネットでアンが頭を洗われていた。

最後の罠を掛けた直ぐ側には湧き水があり、凍ってない水たまりがあったのだ。

そこは猪のヌタ場であり、ドロドロである。

もちろんコケたのだ。泥パックである。


体と頭を洗われたアンは手桶で風呂のお湯を掛けられる。


「あつっっ~ ちょっとべるでっ、熱いっ、熱いっ」


「オネェサマ、体が冷え切っているからデス。熱くはありませんデス。」


ざぶざぶと頭からお湯を掛けられる。


「あつっっ~ ちょっとべるでっ、熱いったら、熱いっ」


そのまま脇を抱きかかえられて、湯船に放り込まれるアン。 

・・・最近私の扱いが酷くない?


「あっつっ~、熱っ、熱っ、熱っ・・・ふぅ~ 生き返るわー・・・

お風呂ってサイコーねっ。」



べるでも自分もシャボネットで洗い出す。

そこに石鹸は無い。

最近、日帰り湯等に立ち寄っても石鹸等はそろっているので、温泉セットを用意していた八尾も石鹸などは用意していない。

しかしボディタオルやバスタオルがあったのは幸いである。

八尾の「部屋」には出張の際、ビジネスホテルから持ち帰ったシャンプーやリンスの小瓶もあるのだが、まだ誰も気が付かない。


シャボネットは偉大である。手や顔を洗っても必要以上に脂分が落ちない気がする。

泡立ちが良い割に、濯ぐとあっさり落ちる。そこにヌルヌル感は無い。

かなり薄めて使えるので家計にもやさしい。

べるでも手桶で流すとお風呂に浸かる。


「お風呂は良いものデスね。オネェサマ」


見た目姉妹にも見えるが、見た目逆である。


風呂場は暗い。明かりは窓辺に置かれた行燈の火皿一つである。

風呂桶に至ってはほぼ暗がりである。


暗がりの中、仄かに赤味を帯びた物体が目の前に浮かんでいる。

あれは私の物だったのに。目を落とすと眼下は暗がりである。

暗々としたアンである。

そのまま鼻の下までお湯に浸かる。

仮想空間では体が在ったと言うものの、実体の感覚と言うものは・・・また違うものだ。


半分は好奇心だった。後の半分は・・・後の半分も好奇心だったかもしれない。

アンは下から手を伸ばす。べるでからは、あるものが視界をふさいで見えない。

ふよっ・・・そんなに浮いている訳では無かった。

浮力があるというものの、元々重力に負けない張りである。・・・のか?

重かった。 負けた・・・なぜか敗北感で一杯になる。

いや、負けない、私も数年すれば、きっと、きっと・・・

アンはこぶしを握り締めた。


ざばっ。 


いきなり立ち上がったアンの視界が暗転する。


べるでには、何がなんだか解からなかった。

目の前で突然立ち上がったオネェサマは・・・そのまま崩れるように沈んだ。

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