第36話 駆除の準備はホントに地味

風呂は良い・・・

半露天である・・・


朝、起きたら家の裏に伸ばされた軒の下に風呂があった。

木には詳しくないが良い香りのする木の風呂だ。

継ぎ目は巧みに組まれ釘を使っている形跡は無い。

下には簀子が敷かれ体が洗える。洗い場の水は横から溝へと綺麗に排水されていく。

北側に面した家の裏には何もなく、そのまま下れば川の本流に出る。

すなわちそれは見通しが良いと言うことだ。

風呂からは反対斜面の山が借景となって素晴らしい眺めである。


さて、木は兎も角、火を焚いているボイラーの鉄板は何処から・・

あぁ、なるほど、色で判った。ガンロッカーだ。

べるではガンロッカーをバラシて叩いてボイラーにしたんだ。

まるでアフリカの板金屋だなぁ。

良く水漏れしないものだ。 

ひたすら感心する八尾であるが、相手はべるでである。

奥の深さは億単位のけいけ・・いや何でもない。女性の年齢に言及するのは良くない。

たしかアンの方がとしう・・ゲフンゲフン。


風呂から上がって朝食を食べ終わったころ、けたたましく引き戸が開いた。


「ヤオにぃちゃ~、釣り教えて~。 あっ、べるでねーちゃ、アンねーちゃ、おっはっよー」


朝からテンションが高い。

今日はワンピースではなく、モンペのようなズボンに厚手のシャツ、小さめの綿入りベストを着ている。

足元は雪国でもないのに藁を編んだブーツである。

ここ数日の食料事情改善で肌に張りが戻っている。相当戻っている。大丈夫か?


後ろからおずおずと少年が顔を覗かせた。


「は、はじめますて。おらヤハチさ息子で与作いいますだ。おらも連れて行ってもらえますだか?」 


・・・「ピリッ」の効果が薄れだしてきたらしい

人間の脳である。情報を無理やり詰め込んでも何れ元に戻っていく。

特に言語は普段使いなので戻りやすい。

歳は13,14位だろうかミラよりほんのちょっと大人びた感じがするが、同い年だろうか?


「ヤオにぃちゃ、与作も一緒でいいだか?」


「楽しそうじゃない、私も行くわよっ、釣るわよっ」


張り切るアン。

風呂に入ったおかげで、肌もツルツルであり、髪には天使の輪が出ている

・・・はずなのだが、ちょうど色が変わっている所で目立たない。


「よし、じゃぁ見回り行ってからな」


「マイロード、釣りのお支度を整えておきマスね。」


「あぁよろしく頼む」 


とフライロッドは確か部屋に4本、テンカラ竿もあったはずだ。

振り返ってべるでにお願いすると、ミラに付いてきたポチがべるでを見上げて命令待ちしていた。

八尾の事など目にも入ってないようだ。


微妙な気持ちで見回りに出かける。

ぞろぞろ、ぞろぞろ、と、ほぼ朝の散歩だ。


昨日、クワで均した出入り口には足跡が無かった。

少しは警戒をしているのかもしれない。

ちょっとだけ森に入る。


村の近くの森には倒木は無く、下草も刈られ綺麗なものである。

これは各家で使用する燃料を確保するためであり、それが森の整備にもなっている。

おかげで足跡の確認などが行いやすい。

半面、獣の通り道が固定されてこないデメリットもある。

だが、鬱蒼と茂った山よりは獣自体が出没しにくいというのが最大のメリットなので致し方ない。


森から出る寸前まで足跡はあった。やはりクワで均したのが原因か?

地道に猪自体を慣らすしかない。

八尾は足跡が重なるような所にクワを入れていった。

匂いが変わった所でも平然と歩いてくる位になると捕りやすい。


鹿の足跡もあった。八尾の浅い経験と猟場のベテランから散々聞かされた知識によると

恐らく尾根を越して南側の斜面に寝屋があるのだろう。

遊び場と化している村近辺の森の中から山に向かって何本かの獣道が見られた。


「これは、な、猪の足跡だ、後ろの蹴爪が広がっているだろう?」

「こっちは鹿だ、ちょっと大きいな、歩幅から言ってオスの三段角だな」

まるで見たように説明する八尾。これも散々聞かされた話だが、パターン認識と言う面で

かなり役立ったのである。


「ヤオ様は凄いだなぁ」 


与作が言う。


「様は止めて。ヤオでいいよ」


慌てて訂正する八尾。こそばゆいのである。


「おっとうが村を救ったヤオ様に失礼があっちゃなんねぇと・・」


「ヤオにぃちゃはヤオにぃちゃだで、ヤオにぃちゃって呼べばええだ」


「ヤオにぃちゃ様?ヤオにぃちゃさん?」


「ヤオにぃ~ちゃ」

「ヤオにぃーちゃ?、ヤオにぃーちゃ、ヤオにぃーちゃ」


どうやら納得したらしい。

あまりやりすぎるとゲシュタルト崩壊してしまうので注意だ。


「あっタケルっ、あっちに鹿がっ!」


山の斜面に向かってメス鹿が数頭駆け上がっていった。

当然足跡を見に行く。


「なるほど、ヤオにぃーちゃ、こっちの足跡は小さいし、歩幅も狭いだ。」


与作が言う。かなり出来る子なのかもしれない。


一通り見た後、家に戻った。


家の土間ではポチが第四匍匐前進の訓練中だった。

確かキツネが獲物を狙うときに同じような行動をするのはテレビで見た気がするのだが・・・

一周回ったのだろうか?起き上がってお座りポーズになる。

べるでが餌を投げる。空中キャッチだ。

一体何をどこまで仕込むんだ?何をやらせるつもりなんだ?・・・べるで・・・


「あ、マイロード。フライの用意が出来てます。少々キジの羽を使いました。」


見るとカラフルに巻かれたウェットフライが十数本出来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る