第25話 炊き出しは薄い粥で
150センチ程度の身長と肩までのびた金色の髪。
抱きかかえたアンは軽かった。
40キロは割り込んでいるだろう。
それでも眼窩の窪みはなく、目は大きく整った顔付きと言える。
村の他の人に比べると、飢餓状態が長かったとも思えないような・・・
腕も細いとはいえ、骨が浮き出るほど筋肉が落ちてなく、
腹水で腹が膨れてもなく真っ平ら・・・上も下も・・・残念である。
長ルイの家まで運ぶと既に皆集まっており、子供には先に炊き出しが与えられていた。
皆、飢えているのに民度は高い。
「おどぉ、アンが・・アンねぇちゃが・・アンねぇちゃが倒れてただ、飯っこさはよ食わすだ」
ミラが声をかける。
「ヤオ殿、中へ、いま布団さしくだ」
とルイ。
中に担ぎ込む前に集まってる人に訊く。
「まだこれから作りますから、だいじょうぶですよ、まだあります、誰か他に大きい鍋ありませんか?」
声をかける。
「おらんちに、祭り用のこれと同じ鍋があるだよ、持ってくるだ。すぐ持ってくるだよ」
男がうれしそうに言うと家に走って行く。足取りはふらふらである。
ん~まだ、目を開けちゃダメそうねっ。
この子の名前はアンで間違いなさそうね。
で、私を担いでいるのがヤオ、八尾 猛で間違いなさそうね。
・・よし!ラッキーだわっ
むぅ・・・そしてこれがお姫様だっこと言う奴ねっ。
布団に寝かされるアン
「アンねぇちゃ、死ぬな、目ぇさ開けてけろ」
ミラが揺さぶる。
もう目を開けてもいいかしらっ、それとももう少し引っ張った方が・・・
ぐぅぅうぅぅぅ ・・・盛大に腹が鳴った。
目を開ける。そばには囲炉裏にチロチロと炎が上がっている、小さめの鍋に薄い粥が入っている。
どうやらルイが気を利かせて薄めたらしい。
飢餓状態では内臓も弱っているため、薄い粥、それより重湯から食べ始めた方が良いのだ。
表の鍋も量が増えていたのはそう言う事だったのだろう。
ミラが器からサジで粥をアンの口に運ぶ
「アンねぇちゃ、コメだ、粥だ、食べてけろ、ささ、食べてけろ」
「熱っ・・熱っっっ、ちょちょちょっとタンマ、待って待ってっ、熱い熱いっ」
いきなり熱い粥を唇につけられて地が出る。
「アンねぇちゃ、気がついたのけぇ、よかっただぁ
おらもうアンねぇちゃが死んでまうかと心配しただ。
ささ、はよ粥喰うだ、ささ」
「熱っ・・熱っっっ、ちょちょちょっとタンマ、待って待ってっ、熱い熱いっ」
・・・拷問である。
器とサジを渡された。
まだヒリヒリする唇を開けて、サジの上の粥をフーフーする。
恐る恐る口にする。
「何これ、旨っ! なるほどっ、これが食事ってやつね。 粥・・・コメを水に入れて熱を加えたものだったかしら」
「ふーふー・・・熱ち、熱ちっ、なるほど粘度が高いから表面の温度が下がっても内部の温度はさほど下がらない訳ねっ。
ならば器をフーフーして、表面をコレ・・・サジねっ、サジですくい取ればっ
フーフー うんこれなら少しましっ、・・・旨っ、美味しいわー。
フーフー 食事ってこれを毎日食べるのかしらっ?新鮮だわー 」
「あ、アンねぇちゃ?」
ミラが怪訝な顔でアンを見つめる。
「あぁミラちゃん、おかわりもらえるかしらっ? 一緒に頂きましょうっ?」
「あ、あ、アンねぇちゃけ? アンねぇちゃなのけ?」
事態を把握するアン。
「私っ、わた・・・、ゴホンゴホン・・・えと、えと、ミラぁ、あたす、あたす、どして、ここに?」
すっとぼけるアン。
「アンねぇちゃは、倒れてただよ、はよ粥ば喰うて元気出してけろ」
「ありがとぅな。ミラ。 それにこの粥というのはおぃし・・うめぇ・・ですね・・だなぁ」
「アンねぇちゃ、ヤオにぃちゃだよ、にぃちゃが出してくれただよ
おら、そとさ手伝いにいってくるべな」
それからアンは喰った。
喰った。喰いまくった。どんぶりで言うと三杯喰った。
横で見てたポチに肉を上げながら喰った。
「うーん、お腹いっぱーいっ。ほ~れっ、わんこっ!、おまえもはらいっぱいかー?」
「うふふふ、おなかパンパンねーっ、ほれワシャワシャ」
だらしなく腹を揉まれて喜ぶポチであった。
その頃、外は戦場であった。
「にぃちゃ、また鍋が空いただ、つぎつくるだ」
「よしミラ、干し肉切るから、水と米入れてくれ」
生肉を出すのも不自然なので、干し肉を使うことにした。
そのままでは大きいので細かくナイフで切っていく。
固い干し肉は切るのが結構大変である。
延々と干し肉を刻む。八尾は指を少し切った。
同じ事を繰り返していると雑になる。
器用貧乏で何でもできるが、同じ処理をしていると飽きて雑になる。
だから器用貧乏から脱却出来ないのである。
鍋に水を張る。水を張るというか、ミラが井戸まで運び、水を汲みいれてくる。
それを即席に作った竈に置いて沸かす。
その間に米を上からそのまま入れていく。
八尾は干し肉を細かく刻む。 刻んだら鍋に投入していく。
干し肉なので生の鹿よりましだが・・灰汁がでる。
それをミラが掬って捨てる。
米がふやけ、粥になるとミラが村人の器によそっていく。
村の少ない人口だが、列は途切れない。
延々と繰り返した。
なにせ長かった飢餓状態である。
喰えば喰うほど内臓が活発に活動し、お腹が減るのである。
一杯食べて、一息つくとまた腹が減る。そんな状態だ。
村人は喰った。ミラも喰った。
夜が更けてやっと落ち着いた。
「明日もやりますからね。安心してくだい」
村人は口々にお礼を言って帰った。
長の家に戻ると、アンが開口一番
「おなかすいたーっ」
ポチまで前足をバンバンしていた。
・・・お前は飢えてないだろ
・・・いや成長期ですか、そうですか。
鹿肉と米でちょっと普通の粥を炊いた。
ポチは焼いた鹿肉を熱心に喰う。 ・・・ほんと良く喰うな。
疲れ果てたミラはポチと囲炉裏端で寝てしまった。
ころんと丸まってスヤスヤねるミラの隣で腹を出して大の字で寝るポチ。 ・・・大物である。
「ヤオ殿、ほんにありがとう。おめさまが助けてくれたで村のもんみんな助かっただ。
ほんに、ほんにありがとう これでおらも娘も救われるだ。」
「いえいえ、たいした事でもないので、頭を上げてください。
所で、この村はどうしたんですか?娘さんまで奉公に出すって・・」
・・・この場合、奉公といっても花街であることは間違いない。
「話せば長い話になるのですが・・・」
「かまいませんよ、夜は未だ長いし、ロシア人じゃないけど長い話は大好きです。」
ルイは目を閉じて、語りだした。
「秋の初めに・・・・
猪出る、畑壊滅、町のハンター頼む、村人死ぬ、母猪駆除、子猪で畑全滅、みな飢える
ですのじゃ」
「短っ!早っ!」
後ろではアンが薄目を開けて聞き耳をたてていた。
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