第23話 ゴルノ村の長、ルイ

「おど、いまけーっただ」


「ミラぁ、おめさこげなときどこさほっつきまわってただ、

おめさオオカミにでも・・・あぁ、あびねぇっ!」

とっさに裸足で土間に降り、ミラを抱きかかえて庇うオヤジ

手前でキョトンとする一人と一匹


「噛むならおらを噛め! 喰うならおらを喰え!」

どうやらポチが目に入ったらしい。 ・・・いいオヤジである。


意外と・・・聡いミラ

「おど?、ありゃポチいうだよ、オオカミだけどポチいうだよ」


「ぽつぅ?」


「ポチじゃぁ、ほれめんこいべぇ?」


オヤジの腕の隙間から這い出したミラにポチが寄る。

オヤジは固まって動けない。

ミラがポチを抱きしめる。


「ほれぇ、めんこいじゃろぉ?」

なすがままのポチ。結構空気を読む子である。

しっぽだけがパタパタと左右に揺れた。


「ポチぃ?おめさポチいうだか?かまねぇんだか?」

土間で腰を抜かしているオヤジは指をさして言った。


「ポチは友達じゃぁ」

突然の友達宣言にしっぽの振りが異様に早い。


「そ、そかぁ・・と・友達かぁ・・・」

まだ呆気にとられている・。・



「そだ、じっちゃは?じっちゃはどこさ?」


オヤジは急に真剣な眼差しになると

「じさまは、朝早ようにな、おめさが旨いもんたんと喰えるようにとな、

神様におねげさ旅にでただよ」


「そかぁ、それでかぁ、それでおら、うめぇものたんと喰えただか」

無邪気に喜ぶミラ。純朴である。


「喰えただ?たんと?」

話の流れについて行けないオヤジ・・・


「そだ、ヤオにぃちゃじゃ」


「ヤオ?にぃちゃ?」

入り口に立っている八尾をやっと認識した。

栄養不良もあるのだろうか?飢餓状態という状況下では脳に必要なグルコースが足りず

視界に入っていても認識出来ないと言う事がある。


「おぉ、これはおめさま、お客人でごぜぇましたか、

この村の長をしておりやすルドヴィック・・・ルイともうしやす。

これはこれは、娘がたいそうお世話になったようで・・」


「あ、いやいや、俺は八尾と言います。

この度はご愁傷様でございます。

お悔やみ申し上げます。

山で迷って居たところ、偶然お嬢さんに出会いまして、こちらに連れて来て頂いた次第です。」

・・・嘘は言っていない。


「それはそれはお困りの所、ほんに娘が・・・そじゃ、あれはまだ気付いておらんようだで、

あれには今の話は・・」


「おど、かたくるしいあいさつばおわりにして、はよあごうてもらうだよ」

長くなりそうな所にミラの助け船が入る。 ・・・賢い子じゃ。


「おぉそじゃそじゃ、こげなときじゃ、なんももてなすもでけんが、ささ、あごうてくれ。

せめて囲炉裏で火にあたりなさってくれ」


八尾は靴を脱ぐと家に上がった。

ポチは遠慮気味に土間の前でお座りをした。

気を利かしたミラが足を洗ってやると、

ぴょんと土間から飛び上がって、囲炉裏の前に陣取った。

ルイだけ、足の裏が土間の土で汚れている。


囲炉裏に柴がくべられると、ぱちぱちと音を発てて

小さな炎が上がった


ミラが朝からの出来事を身振り手振りで一所懸命に語り出す。

八尾はルイをじっと見た。

頬はこけ、腕も脚も骨と皮ばかりに見える。

くすんだ金色の髪の毛は半分白髪となって苦労が伺える。

反面、膨らんだ下腹部、窪んだ眼窩からギラギラと目だけ異様に光っている。


話が飯の所に差し掛かると全員腹が鳴った。

「話は聞いています。食材なら沢山有ります。飯にしましょう

ミラ、あったら大きい鍋を出してくれ」


呆然とするルイを横目にミラは大きい鍋に水を汲み、自在鉤を調節すると

柴を追加しつつ鍋を火にかけた。・・・手慣れたものである。


八尾はさもリュックから出したような感じで食材を出す。

米でもよかったが研ぐのが面倒くさい。

鹿肉を切りつつ、鍋に投入していく。盛大に出る灰汁はミラが掬っている。

横でポチが前足でタンタンと自分の分も早く焼けと・・・

仕方ないので火箸に肉を刺して焼く。


そして十分に火が通った所で、マジックライスを鍋に入れる。


鹿粥である。塩味だけであるが、盛大に鹿から出汁がでる。灰汁も出るが・・・

黄金色となった出汁はマジックライスに吸い込まれ更に美味しくなる。


鍋はデカかった。

長の家に代々伝わる直径45センチはありそうな鉄の鍋である。

同じく鉄でできた弦がついており、自在鉤に吊るすことが出来る。

と言うか・・・自在鉤も存在するのだ。何があっても不思議ではない。


目一杯作った。

八尾はカレーを作るときも鍋一杯作らないと気が済まない。

例えその後、3日間3食カレーが続くのが判ってたとしても・・・である。

そんな八尾の勢いで鍋一杯に作ってしまった。


「さぁ食べよう」 とルイとミラに鹿粥をよそった。

先に火から遠ざけて冷めてきた肉を既にポチは食べ始めている。


ミラも食べ始めたが、ルイは目を瞑ったあと、

「こげな親切ばしてもろおて・・・ありがてぇこったが・・・

村には・・。もう何ものこってねぇだよ

お礼をしたいが、ほんになんも残ってねぇだよ

娘も春さきたら・・・」

窪んだ眼窩に涙をため、ギラギラした目がウルウルしている。 ・・・オッサンであるが。


「そだ、おら、はるさきだら、きれえなべべ着てまちさいくだよ。

まちじゃいっぺぇうめぇもの食えるいうだしな。」

うれしそうな声で喋るミラ。 ・・・ドナドナである・・・のだが。


「こげなおねげぇできねぇのは重々しょうちしとるだが・・・

この、めしっこば・・・村のもんにもわけてもらえねぇだか・・・

長のおらだけ、こげなぜいたくできねぇだ・・・おねげぇしますだ・・・」

村自体が飢えているのである。 昼にも聞いていた話である。


「ミラ、村の人を呼ぼう」 


「わかっただ」

ミラはお代わりをよそおうとしていた器を置いて立ち上がった。

ポチは・・・・ポチはもう既に腹いっぱいで動けなかった・・・

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