第19話 寒い所ではカロリー消費が激しい。

気がつくと辺りは白々と、というかツェルトの中なのでオレンジ色に明るく成りつつあった。


870の手触りに安心するとツェルトから顔を出した。

辺り一面川霧が凍って真っ白である。

たき火は既に消えており、燃え残った薪も霜で白い。

ポチはその脇で伏せていた。


八尾はアクションロックを押しながらスライドをほんの少し引くと、870の装填口に指を入れた。

マガジンの中の弾を押しながら、スライドをゆっくり引いた。

マガジンカット機能が無くても、この動作で薬室の弾だけ抜く事が出来る。

薬室に弾が無い状態で機関部が閉鎖されて居れば、870が弾を発射することは無い。安全である。


ツェルトから出るて身体を伸ばそうとしたが、冷え切った身体はなかなか伸びすら出来ない。

側の石の上には昨夜濡れた服が、夏の日に干したジーンズのように凍っていた。

スパイクシューズも凍っていた。

今履いているのは底がビブラムの黒いビジネスウォーキングシューズだ。通勤用の予備である。

八尾は、870と濡れ物をストレージに仕舞って、薪を拾って火を熾した。


しばしの間たき火で暖を取る。

八尾はおもむろに立ち上がるとやっとの思いで伸びる。バキバキである。

身体の節々が痛い。昨夜の冷え込みは身体に堪えた。

ポチはたき火の脇でウトウトしだした。

昨夜は見張りをしてたのか、寒さで寝られなかったのか、かなり眠そうだ。

たき火で毛が燃えないとよいが・・・


一息つくと猛然と腹が減って来た。

体が熱量を求めている。温かいものが食べたい。


八尾はコッヘルに水を張り、干し肉とマジックライスを入れ弱火にかけた。

干し肉はポチには塩分が多いと思うので、昨夜と同じウサギ肉をじっくり焼いた。


陽の光で干した鹿肉は旨味に溢れている。

鹿肉の甘さは捕った時の状態でだいたい決まる。

暴れず、興奮せず、出来れば何も判らない内に仕留めるのが最高である。

塩味と旨味、それと鹿肉の甘さが米に移り、冷え切った身体に優しい。


フウフウと冷ましながら食べる熱々の肉粥。

繊維に逆らうよう切った干し肉は、煮たおかげで口に入れるとホロホロと崩れる。

噛めば香しい薫製の香りと、ジワッと口の中に溢れる旨み。

コメは肉の出汁でうっすらと黄金色にそまり、見るからに食欲をそそる。

程良くふやけたマジックライスは、肉の旨みをだけを吸い込んでいる。


粥に鹿の干し肉、しかも薫製。 最高のコンビである。

米にとって、これ以上のパートナーは無く、最強の取り合わせである。



「あぁ、ここに玉子が有ったらなぁ」   ・・・台無しである。


・・・


寒さに耐え忍んだ筋肉痛は、未だ健在である。

が、体の中から暖まったことで心に余裕が出来た。

この後どうしようか?

元居た対岸は南斜面である。日中なら耐えられないほど寒いことはない。

だが、こちらは寒そうだ。

特に川沿いは昼と夜は川の流れに沿って風が吹きやすい。

夜の湿って冷たい風は体力を根こそぎ奪っていく。危険である。

斜面を有る程度上がってビバーク出来そうな所を探さなければならない。

目の前の斜面はみた感じ結構急だった。


とりあえず、斜面を上れそうな所まで川を下ろう。

そして登りやすそうな所から登ればいいか。

特に深く考えもせず決めた。

まぁそれ以外の選択肢も考えられ無いのだが・・・


トボトボと河原を歩く。

拳から頭位のサイズの石がゴロゴロしている河原は歩きにくい。

筋肉痛は足を上げることを拒む。

ポチは器用に石と石の上を飛び跳ねているが、ウサギの食い過ぎだろうか?

川にはカモが浮いていたが、撃っても回収が大変なので見逃してやる。


二キロ位歩いただろうか?

斜面に枯れ沢のようなところがあり、上に上れそうな感じがした。

沢の下までたどり着いて見上げると雪がかなり有りそうだが、斜度的には登っていけそうな気がする。

「おし。ここから登るか!」

一歩足を出したところでポチが足に噛みついた。

足といってもズボンの裾であるが・・・

ポチの歯は結構鋭い。噛まないまでも、うっかり歯が当たると血が出るぐらい鋭い。

いつも舌を掴んで躾ていたのは絶対に人間を噛まないようにするためだ。

そのポチが足を噛んでる。


置いていくな・・・と言う事だろうか?

担いで行けと?

振り向くと口を放し一歩下がる。

また、登ろうとするとすっと寄って裾を噛む。


「登るな・・・って事?」

ポチは・・・返事をしない。言葉は通じないのだ。

ただ、沢に上ろうとすると裾を噛む。

二回目まではドラマだが、三回やるとコントである。


凍って雪が積もっているような沢は登ってはいけない。

滑りやすいだけでなく、気温が上がれば雪崩の危険もある。

野生のカンは大事なのである。


ポチは「こっちだ」と言わんばかりに下流に向かう。

数歩歩いてはこちらを振り返る。

素直にポチに従って川をさらに下っていく。

川の蛇行もあまり激しくなく、曲がりの外側も水かさが少ないためか、河原を歩くことが出来た。


日も傾いてきたのでキャンプ地を探す。もちろんキャンプ場では無い。キャンプに適した場所が無いか探した。

蛇行の内側に、岬のように張り出している場所が有った。

上れそうである。

ポチも異議無しである。


とっかかりは藪の切れ目だ。

獣道だろうか?枯れた藪が途切れている。

幅30センチ位の幅で土が露出している。

疲れた体でも登れそうな気がする。


20メートル位登ると平坦な場所があった。 

「よし、ここだ」 場所が決まれば元気が出る。

キャンプ地を決め、シェルターを作っていく。

手馴れたもので、小一時間で出来る。

再び河原に降りて食事の支度をした。


「今夜はお狩り場焼きだっ」


前に取ったカルガモを捌く。まだ羽がついたままだが、羽は利用価値が有るのと

羽を毟る時間が惜しかったので皮を剥いた。

風切り羽の瑠璃色が美しい。

ざっくりともも肉、胸肉、手羽をはずす。残ったのはガラである。

勿論ストレージに仕舞いこむ。

肉を一口大に切って半分に分け、塩コショウを振る。


フライパンを暖め、剥いた皮についていた脂を乗せる。

肉をフライパンに乗せる。 ジューっと音と共に爆ぜる脂。

香ばしい肉を焼く香りが出たところで火から遠ざける。


ご飯とともに頂く。


カモはカモである。カモ以外の何者でもないカモである。

脂の風味がカモであり、他の追従を許さない風味である。

バリケンと言う鳥は風味が近く、本鴨として提供されていたりする。一応カモ科ではある。


料理屋で真鴨を食べると高い。

食材として、一羽丸でも買えるがやはり幾分高い。

猟で捕るとなると、実はトータルコストを考えると一番高い。

まぁ釣りと同じだよなあ・・・と食べながら自分に言い訳を毎度している。


お狩り場焼きは高度に完成された料理だ。

野趣溢れるジビエを楽しむには持ってこいである。

他にはなにも・・・


「長ネギがあったらなぁ」 ・・・ごもっともである。

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