第18話 Oh!My God.

何だ?まだ食い足りないのか?

とポチを見た。


毛を逆立てて森の中を睨んでいる。


状況を把握した。何か来るのだ。またクマか?

落ち着いて荷物をしまい武器を掴む。

臨戦態勢だ。


手に取った武器は先ほどまで肉が刺さっていた枝である。

真剣な眼差しと裏腹にかなり焦っている。

襲われたら叩っ切ってやろうとばかりの構えだ


川沿いに生えた笹の葉がカサっと音を立てる。

音はあちこちから聞こえる。


握り締めた手にじわっと脂汗が滲む。

手に持ったのが、枝であることに気がついて棄てた。

その時、暗がりから姿を現した。

オオカミだ。


品定めするような目で見ながら、オオカミはゾロゾロと周りを取り囲む。

後ろは流れは急でも無いが、深い川である。

一頭、群の真ん中に居るボスと思われるのが視界に入った。

肩から腹にかけて傷が有った。


そうか、あの時ボスの前にクマにやられたあいつか。

治ってボスになったからポチを迎えに来たのか。


「ポチ、よかったなぁ仲間が迎えに来たぞ」

暢気な猟師だ。

一度群れから出たモノは仲間ではない。

彼らにとって、ポチは単なるご馳走なのだ。


ポチは唸りを止めない。


「ほらポチ、仲間が・・」

言いかけた所で一頭が飛びかかって来た。


八尾は持っていたリュックで防いだが、バランスを崩して横に倒れてしまう。

驚いたのは飛びかかったオオカミのほうだ。

喰殺そうとした獲物がリュックに化けて、横に投げられたのだ。


八尾はバランスを崩したまま、オットットと片足で見栄を切るように横に・・・

下になったオオカミを踏みつけ、さらにバランスを崩してそのまま尻からオオカミ上に倒れた。


獣の世界にはプロレスなどない。

だから投げられたり蹴られたりする攻撃には慣れてない。

「ギャン」と一声無くと暫く咽たように鳴いて、群れの後ろにヨロヨロと回った。  


倒れてから起き上がるまでの間に、次のオオカミがねらいを付けるように動く。

連携プレイだ。


八尾は為すすべもない。

ポチが呻り声をあげて牽制した。

八尾は起き上がると状況の悪さと認識の甘さを把握した。


勝てない。今更870を出しても、ポチといきなりのコンビネーションが成功しても・・・

ならなんだ?どうすればいい?

そうだ!昔の人が言ってた。

三十八景逃げるに如かず・・・東海道中膝栗毛か?


三十六計である、中国の兵法である・・・東海道は五十三次である。


ポチを小脇に抱え、後ろ向きにツカツカツカと、。

途中から川になったのでジャブジャブと・・・

しまいには深みに嵌った。


小脇に抱えられてポチは焦った。

足掻いたが足は空を掻いた。全くの無抵抗であった。

ザバーンと言う音と共にお尻から水に落ちた。


いきなりの水である。

冬毛のみっちりした体毛も流石に水に浸かれば染み込む。

徐々に冷たさが染み込んでくる。

ポチは足掻いた。今度は水の抵抗がある。必死で肉球を広げ足掻いた。

水面に顔が出た。

丁度リュックが目の前に浮いていたので前足を載せて一息つけた。


八尾は後ろ向きに倒れながらオオカミが走り寄るのを見ていた。

スローモーションだった。

なんとしても岸辺から離れなくてはならない。

無我夢中の背面バサロである。リュックとポチは抱えたままだ。


流心付近で我に返り岸を見ると、オオカミは足まで川に浸かっているもののそれ以上は入らずひたすら吠えているだけだ。泳いでまでは来ない。

よしっ、一安心だ。リュックを抱え、背泳ぎで対岸を目指す。

ほっとすると急に水の冷たさを感じた。

体から熱が逃げるのが判る。

指が、、、耳が痛い。

中には1Lと500mlの空のペットボトルが良い具合に浮輪となり、体力の消耗を防いでいる。

上にはポチが乗っかってきた。慌てずにゆっくりと足を前後させて泳ぐ。

流れに逆らわず、ひたすら対岸へ向かう。


300メートル位流されたところで足が付いた。

ポチを抱え、リュックを担ぎ岸に向かって歩く。

浮力が重力に変わり、暫くすると足が攣った。

冷たい河原で四つん這いに成って足をマッサージしていると服に冷えた石が凍り付いた。

歯がガチガチと音をたてる。このままでは死んでしまう。


岸には流木がたくさん打ち上げられていた。

小枝を集めると上からライターオイルを掛けた。

早く火を付けたかった。

ライターで火を・・・火を・・・なかなかつかない。

手がかじかんで濡れたライターはなかなか点かない。

そう、手が濡れているのだ、濡れた手でやすり面を動かしても火はつかない。

手を岸辺の乾いた土で拭う。やすり部分は爪で動かすようにして、両手で初めて火がついた。

揮発性のオイルは盛大に燃えた。


一瞬で上がる炎、ゴぉ~っとオレンジ色の光で辺りを照らすと火は小さくなった。

幸い、服も髪も濡れていて、ちょっと驚いたぐらいで大事にはならなかった。


白い煙と共にメラメラとしたオレンジ色の控えめな炎が枝が燃えだした事を伝える。


そして徐々に燃え上がる。 パチパチと音を立てて。


たき火に向いた側からの服から湯気が出る。


対岸には悔しがって遠吠えをするオオカミの群れ。

70メートル程度はあるだろうか?


徐々に腹が立ってきた。

「畜生、人様をなめやがって」 ・・・いや齧ろうとしただけだが、

870を取り出すとオオカミのちょっと上に向けて三号弾を一発かました。


バンッ ボスが転がった ちょっと遅れて 「キャン」と言う悲鳴があがる。


「あ・・・中ったよ」 意外であった。


70メートル先で散弾は直径3メートルぐらいに広がる。

流石に殺傷能力はほぼ無い。オオカミの毛や皮を貫通するほどでもない。

また、広がった分、疎らとなり、折りたたんだハンカチ、約10センチ四方に一発の散弾が入る位である。

脅かせれば良い位に考えていたが、目にでも入ったのだろうか。


そして次に対岸に目をやったときには、何も居ない静かな河原に戻っていた。

消すことが出来なかったたき火だけがメラメラと火の粉を上げて燃えていた。

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