第15話 年が明けて 旅立ち

あれからまた罠をかけ、鹿と猪を数頭捕った。

カモもマガモ(様)を筆頭にカルガモ、キンクロハジロと結構捕れた。

なにより水を飲みに来ていたヤマドリとキジも取れたことは僥倖である。


もちろんあの釣竿フライロッドは翌日回収した。幸いなコトに折れたり流されたりしてなかった。


これで冬場の食料は何とかなる。

もしかすると四季は無いのかもしれないし、冬が長いかもしれないが。

異世界だしな・・・


・・・


年が明けて暫くすると寒さは一段と厳しくなり、獲物は脂の乗りが落ちた。

オス猪は繁殖期に入ったのか、匂いがキツイ 取れても喰えないので罠を掛けることを辞めた。


底冷えが厳しく、小屋は隙間風が吹き込み明け方には目が覚めてしまう。

そこで、夜明け前の薄暗い時間を使って、870を担いで鹿狙い・・・の忍び猟だ。それをすることにした。


異世界に狩猟法などない。まして一人だ。ポチすら付いてこない。

だが、一人での忍び猟はなかなか成果が上がらない。

なんらかの寄せ餌や強靭な足腰が必要なのだ。

数日間頑張ったが、獲物は中々捕れない。


それでも食生活は充実していた。

年越しソバは贅沢にカモ南蛮を奢った。ヌキだが・・・

正月には餅も喰った。うるち米をついて固めた・・・団子だが・・・

おせちは肉と米のみ、殺風景なので笹の葉のミドリで彩る。 


「なんだい?このロースを丸めて茹でてあるのは?」


「伊達巻と思ってお上がり」


「ん?この背ロースのスライスは?」


「カマボコだと思ってお食べ」


長屋の花見かっ!しかも一人である。

ポチは何でも旨いらしく、文句を言わずにひたすら喰っていた。 


罠の見回りがなくなり、時間が出来たので加工肉を作った。

ストレージに入れてしまえば、腐らないし味も変わらない。

よって保存食は必要ない。

だが保存食と言うのは保存出来る事だけが利点ではない。

旨くもなるのだ。


肉を塩漬けにした。

塩が回った所で塩抜きをして干す。

スライスして干せば、それだけで鹿ジャーキーが出来上がる。

鹿のモモ肉は塩を控えめに抜いてコンバック(CORND BUCK)にした。

加熱してないから生のコンバック、生コンである。

鹿肉はVenisonだが細かいことは気にしない


干した後、煙で燻す。

燻製器が無くても小屋に入れて竈で燻せば燻製が出来る。

囲炉裏で作るイブリガッコみたいなものである。

ジャーキーも燻すと更に旨くなる。

燻製のチップはサクラを使った。 

・・・サクラの木を切ったのは私です。 正直に言ったら大統領になれるかな・・・

チェーンソーの油を抜いてから切って山ほどチップを作った。 

猪ではベーコンとハムを作りまくった。


ベーコンは旨い。豚肉でも良い。

新鮮な奴を買ってきて岩塩の粒とコショウを擦り込み、冬の寒気に3日程干す。

脂が黄色くなってきたころ、なるべく低い温度でジックリと煙りを回すだけである。

大き目の段ボールでも出来る。

コツは濃い煙を掛けずジックリと時間を掛ける事ぐらいだろうか?

買ってきたスライスベーコンより絶対に旨い。

難点は塩を回していないのと加熱されてないので、調理するときに必ず中まで火を通す必要がある事位だ。



ベーコンをナイフで薄切りにし、フライパンで焼く。

ジュウジュウと焼ける。パチパチと脂が跳ねる。透明感のあった赤身が次第に白くなり縮む。

白かった脂はいつの間にか透明感を増し縁が茶色く焦げ存在感を増す。


炊きあがったごはんに乗せ、フライパンに残った脂も上から掛ける。


ベーコン丼だ。


ベーコンを一口噛みちぎる。

燻製の香と塩の味に脂の甘み。それに熟成された旨みが混ざる。

続けてご飯を口にいれる。ご飯の旨みも加わり、それによりベーコンの味もさらに引き立ってくる。

これ以上なにも要らない。ただひたすら食べる。陶然となる。至福である。



「これで卵があればなぁ・・・」  台無しである。



ポチは随分と大きくなってきた。

既に中型犬のサイズだ。ポチと言う名前は合わないような気がする。

手足の太さから推測すると、多分もっと大きくなると思う。

大きくなったら化粧マワシでも付けるか?

化粧マワシした大型犬・・・・でポチ・・・・。

やっぱり名前は変えた方が良いかなぁ・・・


朝晩の自主トレと言う名の一人散歩以外、ほぼ外に出ない。自宅警備員である。

狩りに行くときも釣りに行くときも余り付いてこない。

今もごはんに乗せた茹で肉をがっついている。

邪魔をすると唸って噛もうとする。こちらもムキになって邪魔をする。

噛もうとした瞬間、口に手を入れて舌を掴む。

アウアウ となって目を逸らす。ごめんなさい状態となって耳が垂れる。

「よしっ」 と全身モフモフしてから茹で肉を追加してやる。

躾は大事だ。

尻尾を千切れんばかりに振りながら、ごはんを食べる。ごはんを食べる。 

さらにお代わりを喰ったポチは腹を膨らまして仰向けに寝た。

実は犬なんじゃないか?こいつ? ポチで良いわ!ポチでっ!


・・・

そんな日常を過ごしていたところ、、、


「そろそろ他の場所に行ってみるか・・・」


ふと口に出た。独り言である。


面白いもので口に出てしまうともう思考は止まらない。

ただひたすら行ってみたくなる。 

言霊と言うものであろうか?

日常に飽きたのか、刺激が欲しかったのか、人恋しかったのか・・・

そぞろ神が両手を振ってウェルカムしている気がする。

思い立ったが吉日である。出かけることにした。



ほぼ道具はストレージに入れているとはいえ、小屋の中は干し肉やら洗濯物やらで一杯である。

荷物を手早くストレージに放り込む、靴の紐をキツく縛ると小屋を出た。

手荷物は背中に背負ったほぼ空のリュックと、腰の剣鉈、だけである。

ともすれば罠の見回りに行くときよりも軽装である。

だが、ポチは何か察したのであろうか、ひょいと立ち上がると足元に立った。

キビダンゴも上げていないのに、

鬼退治に行くわけでもないのに、

普段声かけても来ないのに・・・

キジはストレージに仕舞われて戦力外だった。


そして、一人と一匹は小屋を後にした。

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