第14話 猪鹿蝶と青短

そろそろ斜面も乾いて来たから、ヤマメを釣りに行こう。


森を行く。


倒木を見つけては角鉈で抉り、キクイムシ等の幼虫を探す。

樹皮を剥ぐとウニウニっとした後、「寒いっ」とばかりにまるまる。


ひょいっと摘まむと口臭止めのプラスチック容器に入れる。

数匹捕まえた所で寝屋に近づいてきた。


鹿は寝屋を変えたようで、雪解け以降の足跡は無かった。

そろそろと慎重に斜面を降り川岸に向かう。


フライロッドを出して針に幼虫を付ける。


さぁ、どこから攻めようか?


川面を見回すと上流にマガモが泳いでいる。


「マガモ様じゃ!青首様じゃ!」

心の中で叫ぶ。


マガモは鴨の王様である。ナボn・・・ゲフンゲフン

そっとその場に伏せた。距離は30mも無い。


「部屋」から取り出したのは、今は無き国産メーカーのポンプ式空気銃 エースハンター4.5mmだ。


元々はヒヨドリを撃つために先輩猟師から買取り所持していたのだが、、アンダーレバーは閉鎖時に気を付けないとパチンと音がする。

拍子木を叩いたような音だ。この音を出すのはまだまだ「とーしろ」の証拠だ。「ぷろ」は音を立てない。

別バージョンとしてサイドレバーというものがある。ポンプのレバーが横に付いている物だ。

こちらはポンプレバー閉鎖時に音が出にくい。しかも限定だがロングレバーと言うちょっと長いレバー付きがある。

何時かは買い換えようと思っていたのだが、某漫画で評判になった事から入手が難しくなると考え、サイドロングレバー、セットトリガ付きを新銃で購入したのだ。

ちなみに18万した。ちなみにFXのサイクロンは当時30万だった。それよりはかなり安い。だが当時870の新銃を2丁買っておつりが来る金額である。

中古であれば数万で買えてしまう。だが浸炭ロングレバーは魅力だった。

深夜に及ぶ残業が・・・休日もなかなか遊びに行けない環境が物欲を強めた。

気が付くと昼休みに電話で注文を入れてしまっていた。

古い方は手放す予定で売りに出しているが、プリチャージ流行りでなかなか売れない。

昨今の所持に関する規制強化で貰い手すらなかなか出ない。


高々30mの距離である。だが相手はマガモ。矢に強い。


キューッ、キューッっと8回ポンプして、そーっとレバーを押し込む。


ポンプの回数を増やせば、蓄気された空気の圧力が上がり、威力が上がる。

上げすぎても着弾点がばらけたり、レバーが曲がったりと良いことは無い。


スコープのフロントリングを回して距離を大体合わせる。


A Oアジャスタブルオブジェクトと言う、ピントを合わせると共に視差を減らす機能である。

きっちり合わせるとスコープを覗く目の位置がセンターからずれてもクロスはおよそ正しく狙いが定まる。


ボルトを開けて窪みに弾を置く。4.5mmの弾は小さい。慌てると前後逆になってしまう。

弾を確認してボルトを閉鎖する。


セットトリガのレバーを前に倒す。


エ-スハンターのトリガはポンプを重ねて圧力を強めると重くなる。

つまり引き金を強く引かないと発射出来ない。

セットトリガは引き金を落とすための機能が別になっており、非常に軽く引ける。

電気で言うところのトランジスタやリレーのようなものである。

これでいつでも発射可能だ。


狙いを付ける。


カモがスコープに大きく映る。

30mにしてはちょっと倍率が高すぎるので、手前のリングを回して9倍にした。


カモの頭にクロスが合う。

だが、30m8回ポンプである。弾はその位置だと計算上5~6センチ上に飛んでいるはずだ。

クロス中心をカモの頭の下、丁度クロス中心からメモリ3つ上に頭を合わせる。


カモは泳いでいる。

つまり動いているのだ。

着弾までの時間を見越して撃たなければならない。


ライフルの弾道は物理学の世界である。空気抵抗、流体力学も参加してくる。

さらに「とーしろ」には量子力学も加わる。猟師力学ではない。

「シュレーディンガーの猫」である。中るか外れるかは撃ってみないと判らない。


タイミングを見計らって、動きが少なくなるチャンスを狙う。


バしゅっっっっ・・・ トリガを引いた。


エースハンターの音は意外と大きい。

空気銃ではあるが、破裂音に近いものである。


バシュッ 

カモの後ろの水面の下・・・に、ひと筋の軌跡が走る。


外した・・・


カモは驚いて飛び立つ。 

が、なんだか判らないのであろう、近くの淵に降りた。

少し離れたところに居たメスがキョロキョロするだけで飛び立たなかったのも大きい。


メスを捕るか?

実はメスの方が旨い。だがオスは青首様なのだ。

青首様は狩猟者の誇りであり、トロフィーであり、自慢のネタである。

捕った時の満足感は一味違う。

そのまま匍匐前進して淵のオスに向かう。汚れても構わない。

その時、上流の石の上で昼寝をしている別のオスを見つけた。


また8回ポンプする。

高々20センチしか違わないが、ロングレバーはポンプが軽い。てこの原理バンザイ・・である。

今度は約40m、倍率を12倍に上げ、フロントリングを45フィートに合わせる。

弾の着弾点は大体クロス中心の3センチ上になるはずである。

このスコープは50mでゼロインしている。


弾を込め、トリガをセットして呼吸を整える。

心臓の鼓動に合わせて銃が上下する。

目の前の獲物に集中する。

ふと、力が抜ける。

スコープの中のカモが大きく見える。

カモは羽の中に嘴を埋めたまま動かない。


息を止める。指先をそっとトリガにかける。


バしゅっっっっ・・・


ポコン


手ごたえあり。

カモは石から落ちると動かなくなった。


「よし、捕ったぁぁぁぁ!」


銃をストレージにしまってから、獲物に駆け足で向かう。


・・・足がもつれて抜かるんでいる川べりの土に滑って川にダイブした。

・・・石に肋骨をしこたま打って青あざになった。

他のカモ達は騒ぎに驚いて皆一目散に飛んで行った。

まったく・・・浮かれたり焦ったりするとロクなことにならない。


誰も見てはいないが、痛みを堪えて何事もなかったの如く・・・獲物を拾い上げる。ずぶ濡れであるが・・・

カモは既に目を閉じて息絶えていて、首をつかむとだらりと垂れ下がる。

1キロちょっと位か?ずっしり重いような、見た目より軽いような不思議な感覚である。

弾を発射してから腸を抜くまでの時間は重い。罪悪感を感じる。

また、独特のフワッとした鼻腔をくすぐる匂いが獲物を殺した・・・と言う実感となる。


やり方は幾つかあるが、まず腹の下側を3センチ位、ナイフで切れ目を入れる。

そこから小枝を差し込み腸を抜く。

ずるずると切れないように出していく。

「うにょーん」と言う擬音が非常に合う。


僅かな抵抗感で最後に切れる。

指を突っ込んで砂肝とハツを抜く。 ・・・グロい

水で中を洗ってからストレージに仕舞った。


不思議なもので、羽を毟るともう肉である。

慣れてくると腸を抜いた段階で肉である。

大型の獣も腸を抜いた段階で肉と認識出来る。


獲物が手に入って嬉しい 罪悪感はいつの間にか収穫感に代わっている。

恐らく多分、パックに入ったスライス肉や魚の切り身しか見ていない人には、まだ鳥であり、獣なのであろう。

人の認識とは不思議で面白い。


何はともあれ、コレで猪鹿コンプリートである。 青タン付きで。


ヤマメ・・・は忘れてた。竿も河原に置きっぱなしだ。 

浮かれているとロクなことにならない・・・・

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