第13話 鹿リブと遭難風骨酒(アルコールフリー)

今日は一変して南風が吹いた。

斜面の雪は日差しもあってどんどん解けていく。

どうやら自宅警備員は、朝の見回りに行っていたらしくドロドロである。


森の土は、上の腐葉土こそフカフカに見えるが、下はヌルヌルで良く滑る。

とても川に向かう斜面を降りられるとは思えなかった。

せっかくの晴れだが、今日はヤマメは無理だ。


諦めて支流の河原で鹿を捌く。

鹿をストレージから出して川で洗う。

まだ温かい。

劣化が無いのは解っていたが、温度も保持されるのか?


「部屋」から取り出したプラスチックの衣装ケースに水を入れてから、腹を割って内臓を出すと、ハツとレバーに切れ目を入れ、沈めた。


鹿の皮は剥きやすい。


流儀は色々だが、木の枝に掛けたロープで頭から吊るし、耳の後ろからぐるっと皮を切る

他の大型動物と同じように足先まで切れ目を入れて、ちょいちょいと皮と筋肉の間の膜を切っていく。

首と前足、それと腹側の皮が剥けたら力いっぱい下に引く。

するとバリバリと剥ける。

ある程度剥くと伸びた膜が邪魔になるので、それに刃を当てるようにするだけでまたバリバリと剥けるようになる。

慣れれば10~15分で剥けるようになる。

後ろ足の腱にハンガー状の金具を付けて逆さに吊した方がバラしやすい気もするが、無い物は仕方ない。

そこは猟師っぽく臨機応変なのだ。


・・・30分後、皮が剥けた。


それから後ろ足を外し、前足を外し、背ロースを外し、内ロースとリブを外す。


スネ肉は大体犬の餌とか言われるが、これは煮込むと味が深い。

首の肉はシチューやカレーにすると旨い。

塩とコショウしか無いが・・・


外しながらストレージに仕舞っていく。

・・・意外と手際はよい。

世話になっていた猟隊は、積極的に若手が獲物を捌くよう指導していた。

特に鹿は若手の仕事であった。

「鹿なんて30分有ったら大バラし出来んだろ」

「そっちから切ったらあぶねぇだろ、手ぇ切るぞ」

口は悪いがそばで見守っている。

いわゆるOJT、オンザジョブトレーニングである。


残った残滓はプロデターの映画みたいである。

木からぶら下がった脊椎がグロい・・・


衣装ケースのハツとレバーの様子をみて、水を入れ替える。

流水の方が良いかもしれないが、雪解け分だけ水量が増えているので流されてしまっては元も子もない。

一度流水でレバーをもんでから衣装ケースの水に戻す。


しゃがみながらの作業は腰が痛い。

腰を叩きながら脇に目を移すと、すぐ脇にキハダの木が一本、目に入った。

角鉈で皮をちょっとだけ剥ぐ。


一服することにした。

と言っても「部屋」にタバコが無かったのと、若返ってから一吸いしたら酷くむせたので、以来タバコは辞めている。

特に吸いたいという衝動も無い。

若返ったのが原因か、仕事のストレスが無いのが原因か、敢えて追求はしない。

おかげで山を歩いても息切れしない。


それはさておき、お茶である。

小枝を集めて焚火にし、コッヘルでお湯を沸かしキハダの皮を入れて軽く煎じた。


「ん~~苦げぇ!」 

高い温度でいれたお茶のように真っ黄色の液体であるが、キハダは苦い。

苦いものは胃の薬になる って落語家の人が言ってた。

教えてくれた猟の先輩も「肉食べ過ぎたときはこれが効くんだよ~」と言ってた・

・・・ホントかどうかは知らない。

・・・個人の感想です。効果には個人差があります。

でも一杯飲むと胃がすっきりしたような気がした。


一服したあと、衣装ケースのハツとレバーをストレージに仕舞った。


衣装ケースの水を流すと底に何か溜まってる。固まった血かな?


・・・槍型吸虫だった。


鉄砲で仕留めた方には寄生虫が居た。

肝臓に巣くう寄生虫で、肝臓に切れ目を入れて水に鎮めるとウニョウニョと出てくる。

グロくてキショイ。

まぁちゃんと熱を通して食べる分には全く問題ない。


もう一頭も捌いたが、こちらは寄生虫を認めなかった。

だが、生では喰いたくない。

見えないだけかもしれない。

見えないのも居るかもしれない。

例えばトキソプラズマ原虫等は血液や肉、尿や唾液にも居る場合がある。


冷凍もしてないような生肉を食うというのは自己責任ではなく単なる無知である。

昨今の猪増加に伴い、E型肝炎も増加傾向と聞く。

こちらは冷凍しても防止は出来ない。


「昔は肝炎なんて無かったからなぁ、平気で生肉喰ったなぁ」

・・・爺ぃの戯れ言である。

場末の特殊な風呂屋で非加熱調理喰ったけど病気は貰わなかった位の話しだ。

真似てさみしくなっても勧めた人は責任を取らない。


自己責任とは良く理解した上で、リスクを受け入れる事なのだ。

割に合わないリスクは回避するものだ。


と、言っている横でポチは骨に残った生肉をひたすらかぶり付いていた。


「ポチ・・・人畜共通感染症と言う物があってだな・・・」

馬耳東風である。オオカミだけど・・・


まるっと無視されて放置プレイである。

こうなったら人様はフライパンでリブを焼いて喰うしかない。

・・・前後関係は意味不明だが。


「こっちも負けずに喰ってやる。」


と、肋骨を片側取り出してバラす。

リブは骨と骨の中央でなく、片側の骨に刃を立てて滑らすように切っていく。

そうすると、肉が片側に付き、骨膜も切れるので食べやすい。


一本一本ばらしたら、塩コショウを先に振る。

熱くしたフライパンにリブを載せて蓋をする。

一分程したら水を大さじ二杯位いれる、再度蓋をしたら弱火で十五分間待つ

蓋を開けて三分。これで青臭さが飛ぶ。


後に残るのは旨みである。


背側には心持ち大き目の肉が付く。

大き目と言っても一口サイズだが。

ワイルドにかぶり付く。

ちょっと固いが噛むほどに旨い。

鼻に抜ける鹿っぽさも慣れれば旨い。

マトンと同じである。


薄くついた肉も骨膜も引きちぎるようにして食べる。

骨近くの肉が一番旨いと言う。確かに旨い。

むしゃぶりつくように食べる。ポチの事をとやかく言えない。

脂が口の周りに広がる、手もギトギトだ。


流石にリブは中々手に入らない。

そもそも流通経路が無い。

猟師を始めて良かったと思う。


食べ終わって、片付けを済ませた後、皮に塩をしてストレージに仕舞った。

喰うわけではない。

毛皮も毛が折れやすいので、余り使い物にならないと言われている。

だが一応取っておく。貧乏性なのである。


さて、まだ日は高い。

目の前の沢を見ながら残ったお茶を飲みつつ、ぼーっとする。脂ぎった口に苦味が心地よい。

日向ぼっこしていると暖かい。目の前の川は水量が少し多くなっているようだ。


ここは何か釣れないかな?


水があれば竿を出したくなる。 釣り人の性である。

餌を探すのも面倒なので、ポチの喰い残しの肉を長細く切ってミミズ代わりに使う。


水量が多くなっているとはいえ、ジャンプすれば対岸に渡れるような川だ。

岩の縁を探って上流に登っていく。


さお先が引き込まれた。

反射的に合わせをくれてやると掛かった。

フィッシュオン・・・である。


精悍な顔つきのイワナだ。 

こんな沢に・・・と思いつつ、夢中になると日暮れまで粘って3匹釣った。


小屋へ着くころには真っ暗になっていた。


ご飯を炊いた。おかずはイワナの塩焼きだ。

竈のメスティンから吹き出る湯気の臭いとイワナが焼ける香ばしい匂いに、否が応でも期待は高まる。

何度も自宅で練習していたので、炊飯には自信がある。

疲れて外出する気も起きない土日は、部屋でインドアキャンプを散々やっていた。

インドアキャンプは足りないものがあってもネットで通販出来るので非常に便利だった。


で、イワナを喰らう。

ヤマメより肉のキメが細かい。しっとりとした感じである。

噛みしめると淡白さと言うより旨みが目立つ。

日本酒が呑みたい・・・

イワナとご飯を平らげたが、微妙に食べ足りなかった。


「そうだ、この骨!」


イワナの骨を遠火で炙った。

骨は茶色くカリカリになった。

お湯をメスティンで沸かす。

焦げては居ないが薄く茶色に色着いた底はそのままである。


グラグラとわいた所でカリカリに焼けた骨を入れる。


じゅっ


暫く放置するとお湯がうっすらと琥珀色になって来る。

遭難風イワナの骨酒(アルコールフリー)である。

塩を入れて再度沸かしなおす。


琥珀色が少し濃くなった。

・・・浸透圧を使った抽出である。


旨い。


香ばしい匂いの中にうっすらと薫る煙の匂い、身の旨みを凝縮したような骨の旨み

何より暖かな汁物。

イワナの旨みが溶け込んだだし汁は、異世界に来てから初めての汁物だ。

また、イワナの骨と塩だけという、無駄な雑味が無い出汁はイワナの味を楽しむには究極の手法だ。

これ以上の贅沢はないであろう・・・



「味噌が欲しいなぁ・・・」  台無しである。

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