村の暮らしもサバイバル

第16話 サンデー猟師 八尾 猛(やお たける)の狩猟前夜

俺の名前は八尾 猛やお たける 歳は32 頭に0Xを付ければ未だハタチだ。

都内の某企業で働く企業戦士だ。・・・IT土方と人は言うが・・・

満員電車に揺られ、モニタを一日見続け、要点の無い問い合わせメールにエスパーする毎日を暮らしている。



大学時代在籍していた射撃部ではエアライフルを使っていた。

射撃用のエアライフルでは10m先の的を狙い、10点である0.5ミリの中心点に弾を撃ち込む。

拘束具のような射撃スーツをまとい、気を失っても立っていられるような底の広いブーツを履き、

体全体を台座として射撃するのだ。

競技は孤独で自分との闘いとなる。射台では誰も助けてくれない。

制限時間を一杯使い、ギリギリまで精神を集中して的に向かい合う。


同じ射撃系としてアーチェリーも誘われて数回やったが、同じタイプの競技と言うことと、

なによりサークルの雰囲気が自分に合わず、何時しか行かなくなっていた。

人混みは・・・人混みは昔から嫌いだった。

休みの日は天気が良ければオートバイに乗って釣りに行く、天気が悪ければ射場でエアライフルを撃つ。

車は持っていなかった。必要性を感じなかったし、駐車場代も馬鹿にならない。

車が必要な時はレンタカーで十分だった。


社会人になってからは銃砲検査の時に誘われてクレー射撃を始めた。

ライフル射撃の「静」に対しクレー射撃は「動」の射撃だ。

飛び出したクレーを0.5秒の間に捕捉して撃破する。

これが素晴らしく面白い。

暫くは夢中になってクレーを撃った。


クレー射撃は面白い。クレー射撃は確率なのだ と八尾は思った。


適当に・・・と言ったら言い過ぎだが、でたらめに撃っても中る時は中る。

ライフルと違いまぐれ当たりがあるのだ。

しかし本格的にスコアを上げるためには、失中するファクターを虱潰しにするしかない。

立ち位置の場所、足の配置や向き、腰の向き、肩の向き、銃の構え、肩付け位置

力配分、重心配分、頬付けの場所と顔の前後傾き、照星と中間照星の配置、照星の落とし先、

視線の固定位置、コールのタイミング、待ち、振りだし速度、指の配置

これに精神状態が加わってくる。

ダメな状態でも中る場合がある。これが精神状態を狂わす。何が正解か分からなくなるのだ。

精神状態が狂えば、コールタイミングと振りだすまでのタイミングが変わり、中らなくなる。


風の無いときは海。風が吹く時は川で釣りをし、射場の大会が入ってない日はクレーを撃った。

結局レンタカー代が高くつくようになったので、郊外へ引っ越してオンボロの軽自動車を買った。

土日は渋滞が半分だし、通勤は始発で座っていける。部屋代も安くて広くて快適だ。

車は色々と故障するけど、直せるものは直す。直すのに道具が要るなら買ってしまう。



・・・実は彼・・・器用貧乏なのである・・・それも重症な・・・。

なんでも追及して何でもやって、何でも出来てしまう・・・ソコソコの成績は残すのだが、

詰めへの道が見えるとそこで満足してしまうのである。



「八尾君は猟はしないの?」

射場で良く合うオジサンに話しかけられた。


「敷居が高いんですよね。自分某市に住んでますし伝手も無くて」

流石に住んでいる所は、郊外とはいえ住宅だらけで狩猟とか全く想像がつかない。


「いやぁ~最近人減っちゃってねぇ この辺りもイノシシ出まくってもう大変なんだよ

始める気があったら教えてよ、うちの猟隊来るなら俺の自動銃あげるからさ~」


のちに「散弾銃なんてタダで貰える」 と誤解が広まるのはこのような話である。

猟友会の偉い人が、たまに「狩猟免許取ったんで銃下さい」・・・と電話が掛かって来るとこぼしてた。


「猟・・・か・・・・」

ツーリングで行った伊豆半島で食べた猪が旨かった。

友人の結婚式で食べたカモのローストも旨かった。

ジビエか・・・・


でも〆られるだろうか? 

自問自答した。1カ月悩んだ。半矢にしてしまった鳥の首を絞める夢もみた。

普段から喰っている牛や豚や鳥や羊やら・・・みんな〆られて肉になる。

魚も氷詰めや神経締めなど、〆られて魚屋やスーパーに並ぶ。

結局のところ、釣った魚を締めているのと変わらないでは無いか、と思った。


捌けるだろうか?

何回か丸鶏を買ってきてオーブンで焼いてみた。

オーブンで焼いたローストチキンはテーブルナイフで簡単にさばけた。

Webを見ながら、ここが胸肉、奥はささみ、下がもも肉・・・旨かった。

ついでに言うとジャガイモを下に敷くとジャガイモがものすごく旨い。マジで旨い。

暫く癖になって何回も焼いた。


そしてその夏、狩猟免許を取得した。


地方によってはテキスト代だけだったり、先輩猟師が教えてくれたりするところもあるが、

東京都は講習会費1万円だった。

実技が難しいのだ。

隣の人を見ながら真似すれば・・・とか言う人もいる。

銃口を人に向けない、用心金の中には指を入れない。 それだけではない。

受け渡しや隊列を組んでの歩行、お作法が色々ある。

講習を受けていても隣を歩いている人に銃口をぶつけてしまったり、うっかり用心金を

触ってNGとなる人もいる。なにより団体行動の隊列行進やら川渡りとか知らなければ出来ない。

実技は講習に出ればOKなのだ。

半面、筆記は簡単だけどなめて掛かると落ちるのである。

車の免許と同じようなものである。

一つ違うことは・・・・夏と秋しか試験がないのだ。

最近人気が高く夏の試験が終わってからでは秋の試験は満員と言う事もあり、落ちたらまた来年ドーゾって事になってしまう。


で、・・・なんだっけ?


そーそー 結局銃は別に購入した。

だって、しがらみに縛られるより色々な所で猟をしてみたいじゃないか。


最初の一年はあちこちお邪魔させてもらった。横の繋がりも出来て良かった。

終わってみると足りない装備が山ほどでた。

猟期は一年のうち3カ月間しかない。

始まると土日はほぼ潰れる。買う暇なんてなかなか無い。

結局、次の猟期まで9カ月に、あれもこれもと不要なものまで色々と揃えてしまった。


明日は今猟期の一日目なんだけど、どの装備を置いていこう。

全部持っていくとリュックが二つ三つ居る・・・・

あぁもう午前2時だ、明日じゃなくて今日じゃないか。寝る暇がない!


・・・まるで遠足前の小学生であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る